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人工知能(AI)、ビッグデータ法務 著作権

【連載】生成AIと著作権~文化審議会著作権分科会法制度小委員会「考え方」を踏まえて~第4回

柿沼太一 柿沼太一

Contents

【連載】生成AIと著作権~文化審議会著作権分科会法制度小委員会「考え方」を踏まえて~

 本連載は、2024年3月15日に文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」(以下「考え方」」といいます)が公表されたことを受けて、2024年4月時点でのAIと著作権に関する法的論点とその基本的な考え方について網羅的に整理したものです。
 本連載の作成にあたっては、文化庁の「考え方」をベースに、関連する各書籍や論文等を参照し、かつ私自身が実務で経験したことを最大限盛り込んでいます。
 特に「上野達弘・奥邨弘司(編)「AIと著作権」勁草書房、2024年」は、2024年時点の最新の論点について、理論的・実務的な観点から極めて詳細な検討がされている書籍であり、本連載作成に際しても大いに参考にしています。
 本連載では、網羅的、かつ最新の知見を盛り込みつつも、学説の対立の紹介は最小限にとどめて、できるだけ一般的な結論を記載するようにしています。
 もっとも、連載の中での「通説」「一般的」という表現は、あくまで筆者の個人的な見解ですので、そのつもりでお読み下さい。

■ 連載目次
1 AIと著作権法に関する全体像
(1) 分析の視点
(2)「開発・学習」段階と「生成・利用」段階の意味
(3) 誰が、どのような行為に対して、どのような責任を負う可能性があるのか
(4) 開発・学習段階と生成・利用段階を分けて検討する意味
【以上第1回】
2 開発・学習段階
(1)分析の視点
(2)学習目的による制限
【以上第2回】
(3)学習対象による制限
ア はじめに
イ 情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物
ウ 海賊版等の権利侵害複製物
【以上第3回】
エ 学習禁止意思が付されている著作物
オ 学習を防止するための機械可読方法による技術的な措置が付されている著作物
カ 情報解析用DB著作物以外の著作物のうちライセンス市場が形成されている(すでにライセンス・販売されている)もの
(4)開発・学習段階での著作権侵害行為について権利者はどの範囲で差止請求等ができるか
(5)生成・利用段階における情報解析と30条の4
(6)30条の4と47条の5の役割分担
【以上第4回】
3 生成・利用段階
(1)検討の視点
(2)依拠
【以上第5回】
(3)行為主体性
(4)入力
(5)生成
(6)送信
(7)利用
【以上第6回】
4 結局、著作権者は誰に何を請求できるのか
5 AI開発者・AIサービス提供者・AI利用者は著作権侵害とならないために何をすれば良いのか
6 RAGと著作権侵害についての整理
7 AI生成物の著作物性について
8 日本著作権法の適用範囲

2 開発・学習段階

(3) 学習対象による制限

ウ 学習禁止意思が付されている著作物

① 著作権侵害には該当しない

 例えば「AI学習禁止」など、著作権者の学習禁止意思が付されている著作物がありますが、権利制限規定の趣旨及び30条の4の立法趣旨からすると、そのような意思表示があることによって30条の4の適用がない(あるいは30条の4柱書但書に該当する)と解釈することはできません(「考え方」25頁~26頁)。
 また、そのような一方的な意思表示だけで、著作権者とAI学習者との間で何らかの契約が締結されたと解釈することもできません。
 したがって、著作権者の学習禁止意思が付されている著作物をAI学習のために利用したとしても著作権侵害には該当しません。また、学習禁止意思が付されているからといって30条4柱書但書に該当する可能性が高まるわけでもありません1 パブコメ207参照

② 契約違反の可能性はある

 一方、著作権者とAI学習者との間で「対象データをAI学習に利用しない」「利用する場合には所定の対価を支払う」という契約が真正に成立している場合は、著作権侵害とは別の論点として、当該契約違反になるかという問題が生じます2諸外国では、このような契約を定めても法的強制力を持たないことを明文で定めている例もある(「AIと著作権法」上野先生・46頁、同56頁。英国CDPA第29A条5項、欧州指令7条1項、シンガポール著作権法187条1項)。
 この点については、以下の2点が問題となります。

① そもそも著作権法上「著作権者の承諾なく行える」とされている行為を契約で制限することはできるのか
② ①が可能だとしてどのような場合に「契約が成立した」といえるのか

 詳細は、以前のブログ記事で解説したのでそちらをご参照ください。
 ①の論点については、「有効説」と「無効説」があり、「無効説」も、「情報解析を禁じる契約は一律無効」とする説と「AI学習等のための著作物の利用行為を制限するオーバーライド条項は、その範囲において無効」とする説があります。
 ①の論点については、どちらかというと「有効説」を唱える学者さんが多いという印象です3「AIと著作権法」座談会247頁~255頁が、実務的には、むしろ②の論点の方が問題になる可能性が高いように思います。
 まず、著作権者とAI開発者が個別に交渉して契約を締結した場合には「契約が成立した」と言えることは明らかです。
 一方、単にウェブサイトに利用規約が表示され、そこに一方的に禁止条項が記載されているというだけでは「契約が成立した」と言えない可能性が高いと思われます。
 難しいのは、そのような利用規約に同意ボタンが付され、当該同意ボタンをクリックしないと当該ウェブサイトが利用できない、というケースです。
 この点については、単に同意ボタンをクリックしたというだけで契約が成立したと自動的に解釈することはできず、30条の4の立法趣旨や、利用規約の性質(一方当事者が作成して交渉の余地もない)、本来自由な(著作権法で禁止されていない)行為についてあえて契約で禁止するという契約であることから、本当にそのような内容の契約が成立したのかは慎重に検討する必要があり、ケースバイケースであるとする意見が学者さんの中でも多いように思います4「AIと著作権法」座談会・谷川先生・前田先生・250頁~252頁

③ 著作権侵害に該当するかと契約違反に該当するかは全く別問題

 なお、言うまでもないですが、仮に②の論点において有効に契約が成立しているとしても、それに違反した場合は単に債務不履行(契約違反)となるだけであって、著作権侵害になるわけではありません。
 

エ 学習を防止するための機械可読方法による技術的な措置が付されている著作物

① robots.txtやペイウォールのような技術的措置

 考え方26頁では、「AI 学習のための著作物の複製等を防止するための、機械可読な方法による技術的な措置」として、以下のような措置を紹介しています。

(例)ウェブサイト内のファイル”robots.txt”への記述によって、AI 学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置
(例)ID・パスワード等を用いた認証によって、AI 学習のための複製を行うクローラによるウェブサイト内へのアクセスを制限する措置

 諸外国の立法例では、「オンラインで公衆に利用可能とされるコンテンツのため機会により読み取り可能となる手段のような適切な方法で、同項にいう著作物や他の保護他対象物の使用を明示的に留保」している場合は権利制限の対象とならないとするものがあります(欧州DSM施令4条、ただし、研究組織または文化遺産機関による学術研究目的の情報解析については対象外)。
 日本の著作権法30条の4にはこのような限定はないことから、上記の様な技術的措置を回避して行われる情報解析も権利制限の対象となります5 「AIと著作権」上野先生・66頁、同座談会・奥邨先生発言・266頁~ 6「これも非常に難しいところではありますけれども、権利制限規定を技術的な措置で適用がないようにするという、それ自体は権利制限規定が強行法規、強行規定でなくて任意規定というように、解釈されるのだと思いますので、それはいいと思うんですけども、さらにそれを回避して複製した場合はどうなのかというのは、これはなかなか難しい問題ではあるとは思いますが、例えば47条の5のインターネット検索のURLを提示するようなところでは、それなりにそういう技術については、それを回避してはいけないような規定になっておりますので、そういう規定がない限りはちょっとこれもただし書には該当しないんじゃないかなと個人的には考えております」(早稲田委員第4回小委員会発言)「(前略)③の技術的な措置の回避については、これまでの著作権法の中でも例えば30条の私的複製の例外や47条の5のrobot.txtの例で、回避をしたら権利制限の対象外という規定がわざわざ設けられています。④の海賊版に関しても、30条や47条の5の1項のただし書で違法なものを用いるケースは権利制限の対象外ということは明記されているところです。そのため、法体系全体の整合性からすると、特にそういった明記のない30条の4については、③、④の事情があるという一事をもってただし書に当たらないということにはならないのではないかと考えております。」(澤田委員第4回小委員会発言、発言の文脈からすると「当たらない」ではなく「当たる」の誤記ではないかと思われる)
 なお、学習を防止するための機械可読方法による技術的な措置が付されている著作物について当該措置を回避して学習を行うことが著作権侵害になるか、という点について「考え方」内に明確な記載はないようです。
 「情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物」のところで説明したように、上記の様な技術的措置が付されていることが「情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が将来販売される予定があること」を推認させる一事情にはなり得ますが、当該技術的措置の回避自体が30条の4柱書但書に該当するわけではありません。

② コピーコントロール/アクセスコントロール

 技術的措置のうち、コピーコントロール/アクセスコントロールのような技術的措置については、著作権法上「技術的保護手段」(著作権法2条1項20号)「技術的利用制限手段」(同21号)として特別な保護を与えられています。
 例えば、「技術的利用制限手段」の回避(例:マジコンを用いたゲームのプレイ)については、原則として著作権侵害となります(法113条6項)。
 ただし「技術的利用制限手段に係る研究又は技術の開発の目的上正当な範囲内で行われる場合その他著作権者等の利益を不当に害しない場合」は適用外とされているため、情報解析のために行われる回避行為は基本的にこれに当たる場合が多いと思われます7「AIと著作権法」上野先生・67頁、前田健「⽣成AIにおける学習⽤データとしての利⽤と著作権」(有斐閣オンライン)8パブコメ213では「著作権法第30条の4ただし書きへの該当しうるケースとして、ゲームソフト等に施されている技術的手段に関しては特段の検討がなされていないことに鑑みるに、従来より技術的保護/利用制限手段に該当すると考えられてきたゲームソフト等に施されている技術的手段に関しては、それを回避等して行われる複製等が本条によって直ちに制限されるものではなく、ただし書きに該当する可能性が極めて高いと評価されているものと思料。本素案において、これを明記していただくとともに、現時点では技術的保護/利用制限手段に該当するかどうかは判然としない技術的手段であっても、権利者の意思を尊重し、著作物に施される技術的な制限を超えて、学習データとして収集されることのないよう、また、AIに活用されることの是非を明確に権利者が意思表示できるよう、当該技術ができる限り技術的保護/利用制限手段と評価されることを期待し、技術的保護/利用制限手段に関する議論を進めていただくよう要望する。」という意見に対して「法第30条の4の適用の有無と、技術的保護手段又は技術的利用制限手段該当性とは別個の問題であると考えられます。技術的保護手段又は技術的利用制限手段が施されている場合に、情報解析に活用できる形で整理されたデータベースの著作物が将来販売される予定があることが一定の蓋然性をもって推認されるか否かは、個別具体的な事案に応じて検討すべきものと考えられます。本考え方では、AI学習のための複製を防止する技術的な措置が技術的保護手段又は技術的利用制限手段に該当するか否かについては、今後の技術の動向も踏まえ検討すべきものとされています」と回答している。
 一方、このような「技術的保護手段」や 「技術的利用制限手段」に該当しない技術的措置については、前述のようにそれを回避したからといって著作権侵害になることはありません。
 考え方26頁では、以下のような記載がされており、①の技術的な措置が「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」には該当しないことを明記しています。

 なお、上記のような技術的な措置が、著作権法に規定する「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」に該当するか否かは、現時点において行われている技術的な措置が、従来、「技術的保護手段」又は「技術的利用制限手段」に該当すると考えられてきたものとは異なることから、今後の技術の動向も踏まえ検討すべきものと考えられる。

オ 情報解析用DB著作物以外の著作物のうちライセンス市場が形成されている(すでにライセンス・販売されている)もの

 現行法の下で、30条の4柱書但書が適用され、著作権侵害となる学習対象としては、既にライセンス・販売されている「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物」(情報解析用DB著作物)しかありません。
 もっとも、情報解析用DB著作物以外の著作物でも、現実にライセンスや販売されている著作物は多数あります。
 たとえば、情報解析用DB著作物に該当しない、新聞社の過去記事DBや、印刷用やウェブサイトに利用するためのイラストや画像で構成されるDB著作物などもその一例です。
 そのような、「情報解析用DB著作物」には該当しないが、ライセンス市場が形成されている(すでにライセンス・販売されている)著作物の学習についても、30条の4柱書但書に該当する可能性があるのでしょうか。
 この点については一部肯定する説もありますが9松田政行 編『著作権法コンメンタール別冊 平成30年・令和2年改正解説』(勁草書房、2022年)32頁、「AIと著作権」・座談会・今村先生発言239頁一般的には否定されています10「AIと著作権法」愛知先生・27頁,同座談会238頁~242頁、前田健「柔軟な権利制限規定の設計思想と著作権者の利益の意義」(田村善之編著・「知財とパブリックドメイン第2巻著作権法篇」208頁)
 情報解析用DB著作物に該当しない著作物については、本来30条の4によって自由に利用できるのですから、その点についてライセンス市場が形成されているとしても、それを著作権法で保護する(ライセンス違反が著作権侵害を構成する)ことにはならないからです11パブコメ208で以下の応答がされていることからすると、文化庁も「情報解析用DB著作物」以外の著作物のうち、すくなくとも享受目的のライセンス市場が形成されているに過ぎない著作物の学習については、30条の4柱書但書に該当しないと考えていると思われる。
【意見】ただし書については、「(1)AI 学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、(2)楽曲その他の著作物のライセンス市場が構築され、又は構築される予定があることが推認される場合は、(3)この措置を回避して、当該ウェブサイト内に掲されている多数の楽曲等のデータを収集することにより、当該ウェブサイトから AI 学習のための複製等をする行為」の場合も既存のライセンス市場と衝突しうることについてご検討いただきたい。
【回答】本考え方では、従来から法第30条の4ただし書の該当例として示している「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が販売されている場合に、当該データベースを情報解析目的で複製等する」場合についての考え方を示しています。この場合については、享受目的の販売(ライセンス)市場があることではなく、情報解析目的での販売がされていることが必要と考えられます。

 したがって、たとえば、報道機関が自社の記事の網羅的な記事DB(「情報解析用DB著作物」に該当しないDB)を販売していた場合において、AI開発者が、ウェブ上の記事を収集して、結果的に当該DBに類似する学習用データセットを作成して学習のために利用しても、30条の4柱書但書には該当せず適法ということになります。詳細は第3回記事を参照してください。

(4) 開発・学習段階での著作権侵害行為について権利者はどの範囲で差止請求等ができるか

 ア 著作権侵害が生じた場合に、権利者が侵害者に対して民事上請求できる内容

 まず一般論からいきましょう。
 著作権侵害が生じた場合に、権利者が侵害者に対して民事上請求できる内容は以下のとおりです。

 ① 損害賠償請求(民法第 709 条)

 文字通り、権利者が被った損害について賠償することを求めるものです。損害賠償請求が認められるには、侵害者の故意・過失が必要です。

 ② 差止請求(侵害行為の停止又は予防の請求)(法第 112 条第1項)

 侵害停止請求(現に行われている侵害行為の停止を求める)と、侵害予防請求(侵害のおそれのある場合に侵害行為の予防を求める)の2つがあります。
 侵害者の故意・過失は必要ありません。

 ③ 侵害の停止又は予防に必要な措置の請求(同条第2項))

 ②の差止請求に付随して行うことができます。
 具体的には、侵害の行為を組成した物、侵害の行為によって作成された物(たとえば、無断で複製された書籍そのもの)又は専ら侵害の行為に供された機械若しくは器具(たとえば、無断複製を行うためのネガフィルム、写真用原版など)の廃棄その他の措置を請求することができます。

イ 開発・学習段階での著作権侵害行為について権利者はどの範囲で差止請求等ができるか

 この点は、権利者にとっては非常に重要なポイントとなります。
 仮に開発・学習段階での著作権侵害行為が発生したとしても差止請求等ができる範囲が狭ければ、一網打尽とは行かないためです。
 開発・学習段階での著作権侵害行為が発生した場合、通常は既存著作物の収集・蓄積・学習行為は既に完了していると思われます。
 そこで、考え方29頁~30頁、及び同30頁脚注39では、権利者による3種類の差止請求等の可否について以下のように整理をしています。

① 将来の AI 学習に用いられる学習用データセットからの除去の請求

 著作権侵害の対象となった当該著作物が、将来において AI 学習に用いられることに伴って、複製等の侵害行為が新たに生じる蓋然性が高いといえる場合は、当該 AI 学習に用いられる学習用データセットからの当該著作物の除去が、将来の侵害行為の予防に必要な措置の請求として認められ得る。

② 学習済みモデルの廃棄請求

 通常、AI 学習により作成された学習済モデルは、学習に用いられた著作物の複製物とはいえず、かつAI 学習により作成された学習済モデルは、学習データである著作物と類似しないものを生成することができる。
 したがって、学習済モデルについての廃棄請求は、通常は認められない。
 もっとも、表現出力目的で学習するなど特殊な学習が行われることによって当該学習済モデルが、学習データである著作物と類似性のある生成物を高確率で生成する状態にある等の場合は、当該モデルの廃棄請求が認められる場合もあり得る。

③ 学習に用いられた特定の著作物による学習済モデルへの影響を取り除く措置の請求(例えば特定の学習データを学習用データセットから除去した状態で再度学習済モデルの作成を行うなど)

 現時点では、その技術的な実現可能性や、技術的に可能としてもこれに要する時間的・費用的負担の重さ等(例えば特定の学習データを学習用データセットから除去した状態で再度学習済モデルの作成を行う場合、当初の学習と同程度の時間的・費用的負担が生じると考えられる。)から、通常、このような措置の請求は認められないと考えられる12「考え方」41頁

図で整理すると下図のようなイメージですかね。
 

 差止請求等は、ある特定の著作権侵害行為の差止請求ですから、当該著作権侵害に関係のない行為を差し止めることはできません。
 したがって、仮に、あるサービスにおいて、AIモデル開発・学習段階での著作権侵害行為が発生したとしても、原則として当該サービス全体の差止請求はできません。。後述するロクラクⅡ事件においても、原告が求め(て裁判所が認め)た差止請求等の具体的な内容は「被告らが著作権あるいは著作隣接権を有する個々の番組を、被告が運営するサービスにおいて複製の対象としてはならない」というものでした。

(5) 生成・利用段階における情報解析と30条の4

 ここまで、「開発・学習段階」における著作物の利用行為(学習行為)について30条の4が適用されるかという視点から、「学習目的による制限」と「学習対象による制限」について説明してきました。
 もっとも、「学習目的による制限」「学習対象による制限」の話は、開発・学習段階における学習行為だけではなく、生成・利用段階における入力・生成行為において「入力目的による制限」「入力対象による制限」として、そのままあてはまります。
 というのは、30条の4第2号の条文では「開発・学習」ではなく「情報解析」という概念が用いられているため、正確には、「開発・学習段階における情報解析」と「生成・利用段階における情報解析」の双方を問題にする必要があるからです。

 そこで以下、生成・利用段階における情報解析に関して「入力目的による制限」と「入力対象による制限」について検討します。基本的に開発・学習段階で説明したことがそのまま当てはまります。

ア 入力目的による制限

 「学習目的による制限」と同様、既存著作物の表現出力目的で既存著作物を生成AIに入力する行為や、同入力目的で蓄積する行為については、30条の4は適用されません(ただし47条の5第2項は適用される余地があります)(「考え方」22頁、同37頁)。
 具体的には、画像生成AIにおけるi2iにおいて既存著作物の加工物を出力する目的で入力する行為(i2i)や、RAGにおいて既存著作物の創作的表現の全部又は一部を、生成 AI を用いて出力させることを目的として既存著作物をベクトルDB化する行為(「考え方」20頁、同22頁)などです。
 そして、開発・学習段階においては、学習対象著作物と類似するAI生成物が生成されるという事実のみから必ずしも表現出力目的が推認されるとは限らないとされていますが(「考え方」21頁)、生成・利用段階においては、開発・学習段階よりAI生成物の生成に、より「近い」段階での行為であるため、既存著作物の入力行為に表現出力目的が推認されることが、より多くなると思われます。

イ 入力対象による制限

 「学習対象による制限」と同様、「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物」(「情報解析用DB著作物」)を生成AIに入力する行為や同入力する目的で蓄積する行為については、30条の4但書が適用され、他の権利制限規定の適用がない限り著作権侵害となります。
 一方、「海賊版等の権利侵害複製物」「生成AIへの入力禁止意思が付されている著作物」「生成AIへの入力を防止するための機械可読方法による技術的措置が付されている著作物」「情報解析用DB著作物以外の著作物のうちライセンス市場が形成されている(すでにライセンス・販売されている)もの」を生成AIに入力する行為については、開発・学習段階と同様、入力目的による制限に引っかからなければ、30条の4が適用され、著作権侵害には該当しません。

(6) 30条の4と47条の5の役割分担

ア 情報解析に関する著作権法上の規定

 著作権法上、AIの「開発・学習」や「AI生成物の生成・利用」のような「情報解析」に関する権利制限規定には、30条の4に加えて47条の5が存在します。
 この2つの権利制限規定は、2018年の著作権法改正で同時に導入されました。
 では両者のそれぞれの役割は何でしょうか。
 一言で言うと「情報解析の対象となった入力の類似物を出力する目的がない場合が30条の4」「情報解析の対象となった入力の類似物を出力する目的がある場合が47条の5」という役割分担が想定されています 13 前田健「生成AIの利用が著作権侵害となる場合」(法学教室⽣成№523・29頁)

① 30条の4の適用場面

 30条の4が適用される典型的な場面は、開発・学習段階において、下記図のように開発・学習の対象となった著作物の創作的表現と類似する出力の目的がない(開発・学習段階における情報解析の場合は通常そのような目的はありません)場合です。


 また、生成・利用段階において、下記図のように、入力対象となった著作物の創作的表現と類似する出力の目的がない場合にも30条の4は適用されます(「考え方」22頁、37頁)。

② 47条の5の適用場面

 一方、47条の5の適用場面は、情報解析の対象となった著作物の類似物を出力する目的がある場合です。
 典型的なパターンは、下記図のように、生成・利用段階において、入力対象となった著作物の情報解析目的に加えて、入力(情報解析)の対象となった著作物の創作的表現と類似する出力の目的がある場合です。

 このパターンにおいては、情報解析の結果提供に付随した著作物の利用行為(47条の5第1項2号)及び著作物の利用行為の準備のために行われる著作物の利用行為(同条2項)が行われます(ただし同条の要件を満たすかは、別の問題です)。

 なお、下図は文化庁資料ですが、生成AIにおける法30条の4と法47条の5の適用例を示したものです。

 「開発・学習段階」「生成・利用段階」の意味が(おそらく)本連載とは異なるため、本記事とは若干異なる整理になっていますが、基本的には同じことを示していると思われます。

イ 30条の4と47条の5の要件の比較

 30条の4と47条の5の役割分担は上記の通りですが、では、それぞれの要件の違いはどのようになっているのでしょうか。
 30条の4が適用される場面は著作物の非享受目的利用であるのに対して、47条の5が適用される場面は著作物の(軽微な)享受目的利用であるため、47条の5の方が適用要件が格段に厳しくなっています
 詳細は以前私が書いたブログ記事(「LLM技術と外部データ活用による検索・回答精度向上手法(ファインチューニング、セマンティック検索、In-Context Learning、RAG)と著作権侵害」)をご参照下さい。

ウ 検討の順番

 このように、30条の4の方が要件が緩いので、「情報解析」のための既存著作物の利用可否を検討する場合には、まずは30条の4の適用可否を検討し、同条が適用されない場合には、47条の5の適用可否を検討するという順番で検討するとよいでしょう。 
 もちろん、それらの条文が適用されない場合でも、私的利用目的複製(30条1項)、学校その他の教育機関における複製等(35条)等他の権利制限規定(「考え方」31頁)の適用があれば適法です。
 以下が検討のフローチャートです。

エ 47条の5は使い道があるのか

 もっとも、30条の4が適用できない場合に47条の5が適用可能だとしても、特に画像生成AIのようなコンテンツ生成AIの場合は、47条の5が適用されて適法となる可能性は非常に低いと思われます。
 というのは、画像生成AIについては、特に47条の5の要件のうちの「付随性」を満たすことが困難と思われるからです。
 AIを用いた情報解析について、47条の5第2項及び同条第1項2号の構造をごく簡単に示すと以下のとおりとなります。

 つまり、①AIを用いた情報解析を行い、その情報解析結果を提供することが前提となっており、当該結果提供に必要と認められる限度で著作物を利用(軽微利用)することができ(47条の5第1項2号)、②その準備のために必要な限度で著作物を利用できる(同条2項)という構造です。
 このような構造から、47条の5第1項及び同2項が適用されるためには、条文上「付随性」が必要とされています。

 このような「付随性」の要件が要求されるのは、情報解析の主たる目的はあくまで情報解析の結果提供行為にあり、著作物利用行為は、当該「結果」がユーザーの求める情報であるか否か容易に確認することができるようにするために限定的に許容されているに過ぎないためです。
 付随性を満たすためには、① 情報解析結果の提供行為(結果提供行為)と、当該提供に伴う解析対象となった既存著作物の一部を表示する行為(著作物利用行為)の区分可能性、及び② 前者が「主」、後者が「従」の関係になければなりません。
 つまり、結果提供行為と著作物利用行為が一体化している場合(情報解析の対象となったコンテンツの提供サービスのような場合)については、区分可能性がなく、また著作物の利用が主たる目的であることも多いと考えられるため「付随して」の要件を満たさないことが多いと思われます。
 これを前提とすると、画像生成AIのようなコンテンツ生成AIの出力について47条の5が適用される可能性は非常に低いと思われます(「考え方」22頁脚注25)14「AIと著作権法」・愛知先生・22頁、同座談会・242頁~247頁
 情報解析結果(AI生成物)に、情報解析対象著作物(学習に利用された著作物や入力に利用された著作物)の創作的表現が含まれている場合、生成されたAI生成物の中に、元の著作物の創作的表現と情報解析の結果が渾然一体となっているためです。
 一方、テキスト生成AI(たとえばRAG)の場合は、見せ方次第では付随性・軽微性を満たすことも十分考えられますから、47条の5の適用を検討する意義は大きいでしょう(「考え方」22頁)15「AIと著作権法」・愛知先生・24頁,前田健「⽣成AIにおける学習⽤データとしての利⽤と著作権」(有斐閣オンライン)

【第5回記事】へ続く

【脚注】

  • 1
    パブコメ207参照
  • 2
    諸外国では、このような契約を定めても法的強制力を持たないことを明文で定めている例もある(「AIと著作権法」上野先生・46頁、同56頁。英国CDPA第29A条5項、欧州指令7条1項、シンガポール著作権法187条1項)。
  • 3
    「AIと著作権法」座談会247頁~255頁
  • 4
    「AIと著作権法」座談会・谷川先生・前田先生・250頁~252頁
  • 5
    「AIと著作権」上野先生・66頁、同座談会・奥邨先生発言・266頁~
  • 6
    「これも非常に難しいところではありますけれども、権利制限規定を技術的な措置で適用がないようにするという、それ自体は権利制限規定が強行法規、強行規定でなくて任意規定というように、解釈されるのだと思いますので、それはいいと思うんですけども、さらにそれを回避して複製した場合はどうなのかというのは、これはなかなか難しい問題ではあるとは思いますが、例えば47条の5のインターネット検索のURLを提示するようなところでは、それなりにそういう技術については、それを回避してはいけないような規定になっておりますので、そういう規定がない限りはちょっとこれもただし書には該当しないんじゃないかなと個人的には考えております」(早稲田委員第4回小委員会発言)「(前略)③の技術的な措置の回避については、これまでの著作権法の中でも例えば30条の私的複製の例外や47条の5のrobot.txtの例で、回避をしたら権利制限の対象外という規定がわざわざ設けられています。④の海賊版に関しても、30条や47条の5の1項のただし書で違法なものを用いるケースは権利制限の対象外ということは明記されているところです。そのため、法体系全体の整合性からすると、特にそういった明記のない30条の4については、③、④の事情があるという一事をもってただし書に当たらないということにはならないのではないかと考えております。」(澤田委員第4回小委員会発言、発言の文脈からすると「当たらない」ではなく「当たる」の誤記ではないかと思われる)
  • 7
    「AIと著作権法」上野先生・67頁、前田健「⽣成AIにおける学習⽤データとしての利⽤と著作権」(有斐閣オンライン)
  • 8
    パブコメ213では「著作権法第30条の4ただし書きへの該当しうるケースとして、ゲームソフト等に施されている技術的手段に関しては特段の検討がなされていないことに鑑みるに、従来より技術的保護/利用制限手段に該当すると考えられてきたゲームソフト等に施されている技術的手段に関しては、それを回避等して行われる複製等が本条によって直ちに制限されるものではなく、ただし書きに該当する可能性が極めて高いと評価されているものと思料。本素案において、これを明記していただくとともに、現時点では技術的保護/利用制限手段に該当するかどうかは判然としない技術的手段であっても、権利者の意思を尊重し、著作物に施される技術的な制限を超えて、学習データとして収集されることのないよう、また、AIに活用されることの是非を明確に権利者が意思表示できるよう、当該技術ができる限り技術的保護/利用制限手段と評価されることを期待し、技術的保護/利用制限手段に関する議論を進めていただくよう要望する。」という意見に対して「法第30条の4の適用の有無と、技術的保護手段又は技術的利用制限手段該当性とは別個の問題であると考えられます。技術的保護手段又は技術的利用制限手段が施されている場合に、情報解析に活用できる形で整理されたデータベースの著作物が将来販売される予定があることが一定の蓋然性をもって推認されるか否かは、個別具体的な事案に応じて検討すべきものと考えられます。本考え方では、AI学習のための複製を防止する技術的な措置が技術的保護手段又は技術的利用制限手段に該当するか否かについては、今後の技術の動向も踏まえ検討すべきものとされています」と回答している。
  • 9
    松田政行 編『著作権法コンメンタール別冊 平成30年・令和2年改正解説』(勁草書房、2022年)32頁、「AIと著作権」・座談会・今村先生発言239頁
  • 10
    「AIと著作権法」愛知先生・27頁,同座談会238頁~242頁、前田健「柔軟な権利制限規定の設計思想と著作権者の利益の意義」(田村善之編著・「知財とパブリックドメイン第2巻著作権法篇」208頁)
  • 11
    パブコメ208で以下の応答がされていることからすると、文化庁も「情報解析用DB著作物」以外の著作物のうち、すくなくとも享受目的のライセンス市場が形成されているに過ぎない著作物の学習については、30条の4柱書但書に該当しないと考えていると思われる。
    【意見】ただし書については、「(1)AI 学習のための著作物の複製等を防止する技術的な措置が講じられており、かつ、(2)楽曲その他の著作物のライセンス市場が構築され、又は構築される予定があることが推認される場合は、(3)この措置を回避して、当該ウェブサイト内に掲されている多数の楽曲等のデータを収集することにより、当該ウェブサイトから AI 学習のための複製等をする行為」の場合も既存のライセンス市場と衝突しうることについてご検討いただきたい。
    【回答】本考え方では、従来から法第30条の4ただし書の該当例として示している「大量の情報を容易に情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物が販売されている場合に、当該データベースを情報解析目的で複製等する」場合についての考え方を示しています。この場合については、享受目的の販売(ライセンス)市場があることではなく、情報解析目的での販売がされていることが必要と考えられます。
  • 12
    「考え方」41頁
  • 13
    前田健「生成AIの利用が著作権侵害となる場合」(法学教室⽣成№523・29頁)
  • 14
    「AIと著作権法」・愛知先生・22頁、同座談会・242頁~247頁
  • 15
    「AIと著作権法」・愛知先生・24頁,前田健「⽣成AIにおける学習⽤データとしての利⽤と著作権」(有斐閣オンライン)