人工知能(AI)、ビッグデータ法務 著作権
AIと著作権【第17回】その行為に日本著作権法は適用されるか~準拠法の問題~
2025年7月にSTORIA法律事務所の柿沼・杉浦の共著で日本加除出版から書籍「AIと法 実務大全」を出版します。
本書は650頁超というボリュームでありながらも、AI開発や利活用に問題となる点を「網羅的」に解説するものではありません。あくまで、現場の方がAI開発や利活用を行う際に、法律的によく問題となる論点とその解決手法に照準を絞っています。その分個々の論点については、最先端の議論を下敷きにしつつ実務的に相当深掘りした記述となっています。
書籍の出版に先立ち、その一部である「第2章 生成AI開発・提供・利用と著作権」について日本加除出版からご了解を得て、ブログで連載記事として先行公開することとしました。
「一部」といっても記事合計13万字を越えるボリューム(ほぼ新書1冊分!)であり、ブログ公開を快諾いただいた日本加除出版には感謝しかありません。
この連載記事を読んで興味が湧いた方は是非書籍をお買い求めください!
連載「AIと著作権」全18回の目次を表示
- 第1回 プレイヤー・フェーズ・提供形態による法的整理
- 第2回 AI学習段階での著作物利用はどこまで許されるか?──著作権法第30条の4の射程
- 第3回 学習用データとして“何を使ってはいけないか”を見極める~学習対象の観点からの検討~
- 第4回 海賊版や学習禁止表示がされている著作物をAI学習に利用することができるか
- 第5回 開発・学習段階での著作権侵害行為が発生した場合、侵害者はどのような責任を負うか
- 第6回 生成・利用段階では何が問題になるのか?
- 第7回 類似AI生成物の「生成」における依拠性をどのように考えるか~複雑な論点を解きほぐす~
- 第8回 類似AI生成物の「生成」における行為主体性~ロクラクⅡ事件判決をベースに徹底的に考える~
- 第9回 生成された類似AI生成物を利用すると著作権侵害?
- 第10回 類似AI生成物の「送信」は誰の責任?──クラウド提供型AIにおける著作権侵害リスクを検証する
- 第11回 生成・利用段階で著作権侵害行為が認められた場合、権利者は何を請求できるのか
- 第12回 RAG・ロングコンテクストLLMと著作権侵害(前編)
- 第13回 RAG・ロングコンテクストLLMと著作権侵害(後編)
- 第14回 RAGシステムのための既存著作物の蓄積・入力などは著作権侵害になるのか
- 第15回 RAGとAI利用者の責任~入力・送信・出力のそれぞれで何が問われるか?~
- 第16回 AI生成物に著作権はあるのか?~著作物性と“創作的寄与”の最新実務論~
- 第17回 その行為に日本著作権法は適用されるか~準拠法の問題~
- 第18回 で、結局何に気をつければよいのか~AI開発者・AI提供者・AI利用者それぞれの注意事項~
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Contents
6 日本著作権法の適用範囲
ここまで説明してきたように、日本国著作権法30条の4が適用されると、AI開発のための著作物の利用行為が相当広い範囲で適法になります。
もっとも、AIの開発においては、国をまたいだ著作物の利用行為が行われることも多いため、どのような利用行為に日本国著作権法が適用されるのかというご相談をよくいただきます。
この問題を「準拠法」の問題といいます。
そこで、ここではいくつかの事例を用いて準拠法について検討します。
(1) 準拠法について
著作権侵害の準拠法については「差止請求」と「損害賠償請求」に分けて考える必要がありますが、いずれについても「対象著作物の利用行為地」(対象著作物が利用された場所)国の法律を準拠法とすると解釈されています1『AI と著作権』140 頁〔横山〕、新たな知財制度上の課題に関する研究会編「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」19 頁〜27 頁、「考え方」7頁 。
したがって、ある著作物の利用行為(コピーやウェブ上での公開)が、すべて日本国内に所在する行為者により日本国内で行われる場合には、それらの利用行為に日本の著作権法が適用されることは明らかです。
問題は、対象著作物の利用行為の一部が国外で行われる場合に、どこの国の法律が適用されるかです。
(2) 事例1(図93)
事例1:以下のケースにおけるAI開発者の行為①②③④に日本著作権法は適用されるか。
ⅰ クローリングプログラムを利用して、外国Aに所在するサーバーからWeb上で提供されている対象著作物をダウンロードする(行為①)。クローリングプログラムが存在するサーバと、対象著作物をダウンロードして保存するサーバは日本国内に所在する。
ⅱ 日本国内に所在するサーバで、①でダウンロードしたデータを用いた学習用データセットの作成及び学習を行う(行為②)。
ⅲ 日本国内に所在するサーバにおいて学習用データセット(行為③)及び学習済みモデル(行為④)を公開する。
ⅳ 上記①から④を行うAI開発者は日本国内の主体(企業や大学等)であり、実際に各作業を行う作業者は日本国内に所在する。

図93
まず、行為①においては、日本国内に所在するサーバ上で学習対象著作物が利用(複製)されていますので、当該著作物の利用行為地は日本であり、当該利用行為については日本著作権法が適用されます。なお、クローリング対象となった対象著作物がどこの国のサーバ上に所在していたかは準拠法の決定においては重視する必要はないため、事例1のように対象著作物が外国のサーバ上で提供されている場合でも結論は変わりません2『AI と著作権』143 頁〔横山〕、303 頁〔横山発言〕。「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」27 頁は、「コンテンツ提供サイト等の運営者の所在地や、利用するコンテンツが提供されているサイトのサーバー所在地は利用行為地の判断にあたり考噸されない」とする。 。
次に、行為②においては、当該行為(学習)の過程において学習対象著作物が利用(複製・翻案)されていますが、当該行為も日本国内のサーバ上で行われていますので、日本著作権法が適用されます。
行為③については、学習用データセットという、学習対象著作物を加工した二次的著作物が、日本国内のサーバ上から公衆送信されていることから、日本国著作権法が適用されます。
最後に行為④については、そもそも学習対象著作物の利用行為に該当しません。というのは、学習済みモデルの中には学習対象著作物の創作的表現が含まれいてるわけではないので、学習済みモデルは学習対象著作物の二次的著作物には該当せず、その利用行為について、学習対象著作物の著作権者が権利行使することはできないからです。
■ コラム:契約上の請求
なお、以上の結論は、Web上に散在する対象著作物を、特段の契約締結をすることなくクローリングして利用する場合を前提としていることに注意してください。
一方、Web上のデータについて何らかの利用規約に同意して取得した場合には当該規約に拘束されます。
その場合、例えば当該規約が、情報解析目的での著作物の利用を禁止しているにもかかわらず、そのような利用行為を行った場合には、著作権侵害には該当しませんが、当該規約(契約)違反には該当する可能性があります。
この場合、当該契約に基づく履行請求(利用停止請求や損害賠償請求)を受ける可能性がありますが、その場合の準拠法は、利用規約で準拠法の定めがある場合には当該国法(通則法7条)により、利用規約で準拠法の定めがない場合には、原則として、データを提供する事業者の所在地の法(同法8条1項、同2項)によります3「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」28 頁 。
(3) 事例2(図94)
事例2:以下のケースにおけるAI開発者の行為①②に日本著作権法は適用されるか。
ⅰ クローリングプログラムを利用してウェブ上に散在する対象著作物をダウンロードする(行為①)。クローリングプログラムが存在するサーバと、対象著作物をダウンロードして保存するサーバは外国Bに所在する。
ⅱ 外国Bに所在するサーバで、①でダウンロードしたデータを用いた学習用データセットの作成及び学習を行う(行為②)。
ⅲ 上記①②を行うAI開発者は日本国内の主体(企業や大学等)であり、実際に各作業を行う作業者は日本国内に所在する。

図94
日本国内の企業やアカデミアが大規模な学習済みモデルを開発する際、そのためのサ-バが日本国外でしか調達できないことがありますが、そのような場合が事例2です。
事例1と異なり、この事例2に日本著作権法が適用されるかははっきりしません。
事例2の行為①及び②においては、複製の「結果」は外国(外国B)で発生していますが、作業者が日本国内に所在して複製作業の指示・調整や実施を行っています。このように複製の主たる「行為」が日本国内で行われている場合、複製の「結果」と「行為」のどちらに重点を置いて利用行為地を判断するかが問題となります。
一般的に、複製について利用行為地を判断する際には複製の「結果」が重視されます。しかし、AI開発のための著作物の複製行為は、あくまで情報解析のために一時的に行われる複製行為であって、学習対象著作物を本来的な目的(享受目的)に利用するために行われているものではありません4 一方、享受目的(表現出力目的)があるAI モデル学習行為については、学習対象著作物を本来的な目的で利用するものなので、複製の「結果」が発生した場所(事例2でいえば外国B)が学習対象著作物の利用行為地と解釈することになると思われる(『AI と著作権』304 頁〔横山発言〕)。。
そのため、AI学習を目的とした複製行為については、複製の「結果」ではなく、複製という「行為」そのものが実質的に行われた地の法によって判断するのが妥当であると考えます5『AI と著作権』145 頁〔横山〕。また、「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」25 頁では「利用行為地は、利用行為(複製や加工(翻案))が行われるサーバーの所在地のみをもって決定すべきではないのではないか。複製等の指令を端末への入力等により行った地、その指令による結果を一義的に得た地、利用者の所在地が日本国内にある場合には、日本が利用行為地といえるのではないか。」と指摘されている。 。
これを前提とすると、学習対象著作物のダウンロードや学習が行われるサーバが外国(外国B)に所在する場合でも、事例2のように、日本国内の作業者が日本において実質的な学習(複製)作業を行っていれば、日本が利用行為地と捉えられ、日本の著作権法が準拠法として適用されることになると思われます。
したがって、事例2においては、行為①②について日本の著作権法が適用される可能性が高いと考えます。
(4) 事例3(図95)
事例3:以下のケースにおけるAI開発者の行為①②に日本著作権法は適用されるか。
ⅰ クローリングプログラムを利用して、外国AのサーバからWeb上で提供されている対象著作物をダウンロードする(行為①)。クローリングプログラムが存在するサーバと、対象著作物をダウンロードして保存するサーバは日本国に所在する。
ⅱ 日本国に所在するサーバで、①でダウンロードしたデータを用いた学習用データセットの作成及び学習を行う(行為②)。
ⅲ 上記①②を行うAI開発者は外国B内の主体(企業や大学等)であり、実際に各作業を行う作業者は外国Bに所在する。

図95
事例2で述べたことがそのままあてはまり、学習対象著作物のダウンロードや学習が行われるサーバが日本国に所在する場合でも、事例3のように、外国Bの作業者が外国Bにおいて実質的な学習作業を行っていれば、外国Bが利用行為地と捉えられ、外国Bの著作権法が準拠法として適用されることになると思われます6 『AIと著作権』303頁〔横山発言〕。
したがって、事例3においては、行為①②について外国Bの著作権法が適用される可能性が高いと考えます。
(5) 事例4(図96)
事例4:以下のケースにおけるAI提供者及びAI利用者の行為に日本著作権法は適用されるか。
ⅰ AI提供者は外国Aにおいて生成AIサービスを提供している。
ⅱ 日本国内のAI利用者が当該AIサービスを利用して既存著作物の類似AI生成物を生成し(行為①)、AI提供者は当該類似AI生成物をAI利用者に送信した(行為②)
ⅲ AI利用者は受信した類似AI生成物を日本国内で利用(販売等)した(行為③)

図96
たとえば、日本国内のAI利用者が、OpenAIが提供する画像生成AIサービスDALL-E 3(米国内にサービス提供用のサーバがあるものとします)を利用して画像を生成する場合などです。
まず、AI利用者による類似AI生成物の利用行為(行為③)は、AI利用者により日本国内で行われているので日本著作権法が適用されることは明らかです。
一方、行為①②については、AI利用者とAI提供者のどちらが行為主体に該当するかで分けて検討する必要があります。
行為①②についてAI提供者が行為主体に該当する場合(例えば、AI提供者が特化型モデルを提供している場合など)には、AI提供者が類似AI生成物を生成してAI利用者に送信していることになります。
この点については、インターネットにおける著作物の送信が行われた場合の当該著作物の利用行為地を受信地とする有力な見解を前提としたうえで、行為①②における既存著作物の利用行為地は、類似AI生成物を受信するAI利用者の所在地(事例4でいえば日本)であるとする見解が主張されており7 『AI と著作権』146 頁〔横山〕、筆者も賛同します。
したがって、この場合AI提供者による行為①②については日本著作権法が適用されると考えます。
一方、行為①②についてAI利用者が行為主体に該当する場合(例えば、既存著作物に類似するAI生成物を生成する意図で具体的な指示を繰り返した場合など)は、AI利用者自身が類似AI生成物を生成してダウンロードしていることとなるため、行為①②における既存著作物の利用行為地は、AI利用者の所在地(事例4でいえば日本)であると考えます。したがって、この場合もAI利用者による行為①②については日本著作権法が適用されると考えます。
なお、事例4及び後述する事例5に関しては、利用する生成AIサービスの利用規約において準拠法が定められているのが通常ですが、当該利用規約はあくまでサービス提供者とサービス利用者との間の法律関係にしか適用されません。著作権侵害が問題となるのは、著作権者とサービス利用者、あるいは著作権者とサービス提供者の間においてですから、利用規約内の準拠法の定めがどうなっているかは無関係です。
(6) 事例5(図97)
事例5:以下のケースにおけるAI提供者及びAI利用者の行為に日本著作権法は適用されるか。
ⅰ AI提供者は日本において生成AIサービスを提供している。
ⅱ 外国A内に所在するAI利用者が当該AIサービスを利用して既存著作物の類似AI生成物を生成し(行為①)、AI提供者は当該類似AI生成物をAI利用者に送信した(行為②)
ⅲ AI利用者は受信した類似AI生成物を外国A内で利用(販売等)した(行為③)

図97
事例5は事例4の逆のパターンですから、行為①②③いずれについても外国Aの著作権法が適用されることになります。
■ コラム:著作権者が外国企業かは無関係
「利用対象の著作物の著作権者が外国企業(あるいは外国の個人)の場合でも、当該著作物の利用行為は著作権法30条の4が適用され適法になるのか」という質問もよく受けます。
本文で説明したように、準拠法の問題は、あくまで「利用行為地」が日本国内か否かの問題であって、当該著作物の著作権者が日本の企業なのか外国の企業なのかは無関係です。
したがって、外国の企業(あるいは個人)が著作権を有する著作物についても、当該著作物の利用行為地が日本国内であれば著作権法30条の4は適用され、適法となります。
脚注一覧
- 1『AI と著作権』140 頁〔横山〕、新たな知財制度上の課題に関する研究会編「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」19 頁〜27 頁、「考え方」7頁
- 2『AI と著作権』143 頁〔横山〕、303 頁〔横山発言〕。「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」27 頁は、「コンテンツ提供サイト等の運営者の所在地や、利用するコンテンツが提供されているサイトのサーバー所在地は利用行為地の判断にあたり考噸されない」とする。
- 3「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」28 頁
- 4一方、享受目的(表現出力目的)があるAI モデル学習行為については、学習対象著作物を本来的な目的で利用するものなので、複製の「結果」が発生した場所(事例2でいえば外国B)が学習対象著作物の利用行為地と解釈することになると思われる(『AI と著作権』304 頁〔横山発言〕)。
- 5『AI と著作権』145 頁〔横山〕。また、「新たな知財制度上の課題に関する研究会報告書」25 頁では「利用行為地は、利用行為(複製や加工(翻案))が行われるサーバーの所在地のみをもって決定すべきではないのではないか。複製等の指令を端末への入力等により行った地、その指令による結果を一義的に得た地、利用者の所在地が日本国内にある場合には、日本が利用行為地といえるのではないか。」と指摘されている。
- 6『AIと著作権』303頁〔横山発言〕
- 7『AI と著作権』146 頁〔横山〕
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