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人工知能(AI)、ビッグデータ法務 著作権

【連載】生成AIと著作権~文化審議会著作権分科会法制度小委員会「考え方」を踏まえて~第2回

アバター画像 柿沼太一

【連載】生成AIと著作権~文化審議会著作権分科会法制度小委員会「考え方」を踏まえて~

 本連載は、2024年3月15日に文化審議会著作権分科会法制度小委員会「AIと著作権に関する考え方について」(以下「考え方」」といいます)が公表されたことを受けて、2024年4月時点でのAIと著作権に関する法的論点とその基本的な考え方について網羅的に整理したものです。
 本連載の作成にあたっては、文化庁の「考え方」をベースに、関連する各書籍や論文等を参照し、かつ私自身が実務で経験したことを最大限盛り込んでいます。
 特に「上野達弘・奥邨弘司(編)「AIと著作権」勁草書房、2024年」は、2024年時点の最新の論点について、理論的・実務的な観点から極めて詳細な検討がされている書籍であり、本連載作成に際しても大いに参考にしています。
 本連載では、網羅的、かつ最新の知見を盛り込みつつも、学説の対立の紹介は最小限にとどめて、できるだけ一般的な結論を記載するようにしています。
 もっとも、連載の中での「通説」「一般的」という表現は、あくまで筆者の個人的な見解ですので、そのつもりでお読み下さい。

■ 連載目次
1 AIと著作権法に関する全体像
(1) 分析の視点
(2)「開発・学習」段階と「生成・利用」段階の意味
(3) 誰が、どのような行為に対して、どのような責任を負う可能性があるのか
(4) 開発・学習段階と生成・利用段階を分けて検討する意味
【以上第1回】
2 開発・学習段階
(1)分析の視点
(2)学習目的による制限
【以上第2回】
(3)学習対象による制限
ア はじめに
イ 情報解析に活用できる形で整理したデータベースの著作物
ウ 海賊版等の権利侵害複製物
【以上第3回】
エ 学習禁止意思が付されている著作物
オ 学習を防止するための機械可読方法による技術的な措置が付されている著作物
カ 情報解析用DB著作物以外の著作物のうちライセンス市場が形成されている(すでにライセンス・販売されている)もの
(4)開発・学習段階での著作権侵害行為について権利者はどの範囲で差止請求等ができるか
(5)生成・利用段階における情報解析と30条の4
(6)30条の4と47条の5の役割分担
【以上第4回】
3 生成・利用段階
(1)検討の視点
(2)依拠
【以上第5回】
(3)行為主体性
(4)入力
(5)生成
(6)送信
(7)利用
【以上第6回】
4 結局、著作権者は誰に何を請求できるのか
5 AI開発者・AIサービス提供者・AI利用者は著作権侵害とならないために何をすれば良いのか
6 RAGと著作権侵害についての整理
7 AI生成物の著作物性について
8 日本著作権法の適用範囲

2 開発・学習段階

(1)分析の視点

 開発・学習段階における著作権侵害の有無を検討する際に、「考え方」においては、【「非享受目的」に該当する場合について】(19頁以下)と【著作権者の利益を不当に害することとなる場合について】(22頁以下)という2つの視点で分析をしています。
 後者は30条の4柱書但書の文言に忠実な視点ですが、私は、開発・学習段階における著作物利用行為については、「学習目的による制限」「学習対象による制限」に分けて考えるとすっきりするのではないかと考えています。
 このうち、「学習目的による制限」が問題となるのは、主として、画像・音楽・動画等のコンテンツ生成AIです。それらのコンテンツ生成AIにおいては、特定の著作者の表現や作風・画風などを再現するニーズがあるためです。一方、LLMのようなテキスト生成AIにおいては、そのようなニーズは通常ないため「学習目的」による制限を考える必要はほとんどありません。
 一方、「学習対象による制限」については、コンテンツ生成AIだけではなく、LLMのようなテキスト生成AIの開発・学習にも影響が大きいといえます。
 なお、ここでは「開発・学習段階における著作物利用行為のうち、どのような行為が著作権侵害に該当するのか」を検討していますが、実は「情報解析における著作物利用行為のうち、どのような行為が著作権侵害に該当するか」という問いの方が問題の全体像を捉えています。
 というのは、30条の4第2号や47条の5の条文では「開発・学習」ではなく「情報解析」という定義が用いられているため、正確には、「開発・学習」だけではなく、「開発・学習段階における情報解析」と「生成・利用段階における情報解析」の双方を問題にする必要があるからです。
 「開発・学習段階における情報解析と著作物利用行為」及び「生成・利用段階における情報解析と著作物利用行為」を図示すると以下のとおりです。

 その意味で、本当は、「開発・学習段階及び生成・利用段階における情報解析に際しての著作物利用行為のうち、どのような行為が著作権侵害に該当するのか」を問題にし、「どのような目的で情報解析するか(情報解析目的)」と「何を情報解析するか(情報解析対象)」とするほうが正確な問いといえます。
 もっとも、本連載では、わかりやすくするために、まずは「開発・学習段階」にしぼって検討し、「生成・利用段階」についてもそれが当てはまることについて、後の「(4) 生成・利用段階における情報解析と30条の4」で後述することとします1愛知先生は「なお, 30条の4などが適用され得る「情報解析」は,機械学習の場面(LoRAなどによる追加学習のケースも含む)のみならず,機械学習を経た学習済みモデルに著作物等のデータを入力し, コンテンツ等を生成させるという 「推論」段階でも行われる. 30条の4などの適用の可否は,学習段階・推論段階それぞれ個別に判断されることは言うまでもない.総じて,推論段階の方がAIによるコンテンツ生成により近い場面となるとは言えるが, 30条の4など権利制限規定適用の可否については基本的に同様と考えられるため,以下では,原則両者を区別することなく, かつ。学習段階を主な対象として検討を進める)とする(「AIと著作権」13頁)。

(2) 学習目的による制限

ア 表現出力目的

① 原則

 法第 30 条の4柱書では、「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」と規定し、その上で、第2号において「情報解析(……)の用に供する場合」を挙げていることから、AI 学習のために行われる著作物利用行為は、原則として同条により適法となります。

② 表現出力目的とは

 もっとも、学習対象著作物の利用に際して、「学習」という「情報解析」の目的に加えて当該著作物の享受目的が併存(享受目的併存)している場合には、30条の4は適用されません(この点は「考え方」を含めた通説ではないかと思われます)。
 この「享受目的併存」にはいろいろなタイプがあるのですが2享受目的が併存している利用行為には、「享受」の時点に応じて二種類ある。
1つは対象著作物の利用行為と「同時に」対象著作物の享受が行われるパターンである。文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方」8頁で挙げられている例(家電量販店等においてテレビの画質の差を比較できるよう市販のブルーレイディスクの映像を常時流す行為(上映)、漫画の作画技術を身につけさせることを目的として,民間のカルチャー教室等で手本とすべき著名な漫画を複製して受講者に参考とさせるために配布したり,購入した漫画を手本にして受講者が模写したり,模写した作品をスクリーンに映してその出来映えを吟味してみたりするといった行為)はいずれもこのパターンである。
もう一つは、対象著作物の利用行為の「後」で対象著作物の享受が行われるパターンである。「生成AIにおける表現出力目的の学習」の問題はこのパターンである。生成AIの学習段階における著作物の「情報解析」のための利用行為の際に、その「後」の生成・利用段階で生じる享受行為の目的があるかを問題とするためである。
後者のパターンの場合、前者と異なり、利用行為の適法性を判断するに際して、当該利用行為の「後」の享受行為(つまりまだ発生していない享受行為)を問題にするので、「目的」の認定が難しい。
、生成AIの学習においては、たとえば以下のような場合が想定されます(「考え方」20頁)

既存の学習済みモデルに対する追加的な学習(そのために行う学習データの収集・加工を含む)のうち、意図的に、学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、著作物の複製等を行う場合。
(例)AI 開発事業者又は AI サービス提供事業者が、AI 学習に際して、いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合

 したがって、このような「表現出力目的」での学習3 もちろん、表現出力目的での「生成」にも30条の4は適用されない(「考え方」22頁、37頁)。表現出力目的での「情報解析」に30条の4が適用されないためである。 には30条の4は適用されず、他の権利制限規定が適用されない限り著作権侵害に該当します。
 なお、「情報解析」目的に加えて享受目的が併存している場合に30条の4が適用されないという上記通説には、条文の規定ぶり(30条の4柱書の「その他の」)等を根拠とした有力な反対説があります4「AIと著作権」愛知先生(15頁以下)
 この反対説によると、「情報解析」に該当すれば、享受目的が併存していても30条の4本文が適用されることになりますが、同説は、享受目的(表現出力目的)が併存している場合には、30条の4柱書但書に該当するとする5「AIと著作権」愛知先生(21頁)、同座談会(208頁以下)ため、結論にはあまり相違はありません。

③ どのような場合に「表現出力目的」が認められるのか

 では、どのような場合に「表現出力目的」があると言えるのでしょうか。
 「考え方」は、具体例として、上記したとおり「(例)AI 開発事業者又は AI サービス提供事業者が、AI 学習に際して、いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合」を挙げます(「考え方」20頁)。
 これは例えば、以下のようなケースを指しています6享受目的には、自らが享受する目的だけでなく、第三者に享受させる目的も当然含む。7表現出力「目的」の情報解析が30条の4の適用外なので、理論的には学習対象となった既存著作物が実際に出力されなくても当該「目的」が認定される可能性もあるが、実際には後述のように当該出力が頻発しないと「目的」が認定される可能性はないと思われる。
 
 このケースは、AI開発者が、AI利用者において学習対象データと同一・類似のAI生成物を出力させる目的で、AI 学習に際して過学習を意図的に行うものです。
 また、AIサービス提供者が、AI利用者において学習対象データと同一・類似のAI生成物を出力させる目的で、AI の追加学習に際して過学習を意図的に行うケースもあります。

 このケースは、AIサービス提供者が、AI利用者において学習対象データと同一・類似のAI生成物を出力させる目的で、AI の追加学習に際して過学習を意図的に行うものです。
 さらに、「考え方」には記載されていませんが、AI利用者自身の追加学習において表現出力目的があるケースも当然想定されます。たとえば、以下のようにAI利用者自身が表現出力目的で過学習を意図的に行う場合です。
 
 もっとも、この「目的」を余りに広く捉えると、情報解析が過度に制限され30条の4の趣旨が没却されかねません。そのため、汎⽤的な⽣成AIにおいて、学習⽤データと類似性の認められる出⼒物が結果として出⼒される可能性を認識・認容していたという程度であれば、享受⽬的は認められないと考えます8前田健「生成AIの利用が著作権侵害となる場合」(法学教室№523・29頁)

④ 「表現出力目的」の立証方法

 上記の様に「表現出力目的」がある場合には30条の4は適用されませんが、後述のように、47条の5は適用可能です。しかし、47条の5が適用されるには「付随性」「軽微利用」などの非常に厳しい要件を満たす必要があり、現実に47条の5が適用される場面はかなり限られていると思われます。
 したがって、結局のところ「表現出力目的」の有無が、学習段階における著作物の利用行為の適法性判断のための重要なメルクマールとなります9前田健「生成AIの利用が著作権侵害となる場合」(法学教室№523・29頁)は「享受目的の有無が、学習用データとしての利用が認められるかどうかを分かつ、重要なメルクマールとなる。」とする。
 もっとも「表現出力目的」というのは主観的な要素であることと、「開発・利用段階」より「後」の段階である「生成・利用段階」における目的(つまり、まだ生じていない表現出力行為を行う目的があったか)を問題にするため、一般的にはその立証が難しいといえます。
 そのため、実際には「表現出力目的」の存在を推認させるような客観的な事実(間接事実)があるかを検討することになります(「考え方」20頁脚注23)。
 このように、直接の立証が難しい場合に、それを間接的に裏付ける客観的な事実(間接事実)から推認するという手法は、民事訴訟においける一般的な手法であり、「表現出力目的」だけでなく、後述する「依拠性」の認定の際にも用いられます。
 具体的には以下のとおりです。
 まず、生成・利用段階において、学習対象著作物と創作的表現が共通した生成物が生成される事例があるという事実だけでは、開発・学習段階における享受目的の存在を推認することまではできません(「考え方」21頁))。生成AIの技術的な特質から、そのような事態を完全に防止することは困難であり、そのような事態が生じたとしても、「表現出力目的」がないこともあるからです。
 一方、生成・利用段階で「学習された著作物と創作的表現が共通した生成物の生成が著しく頻発するといった事情」があれば、「表現出力目的」が推認されます(「考え方」21頁)。
 ただし、当該頻発が、生成 AI の利用者が既存の著作物の類似物の生成を意図して生成 AI に入力・指示を与えたこと等に起因するものである場合は、このような事情があったとしても、AI 学習を行った事業者の享受目的の存在を推認させる要素とはならないと考えられます(「考え方」21頁脚注24)。
 さらに、事業者が、学習対象著作物の表現がそのまま出力されやすいような特殊な学習手法(特定の作品や特定の著作者の作品のみを集中的に学習させていること)を採用している場合、表現出力目的を推認させる間接事実となりえます。
 一方、侵害物の生成を抑止するための実効的な技術的手段を講じている場合、当該事業者の行う AI 学習のための複製が、非享受目的である(=表現出力目的がない)ことを推認させる事情となりえます(「考え方」20頁脚注22)10パブコメ165参照。表現出力目的があるのであれば、そのような技術的手段を講じるはずがないからです。
 このような様々な要素を総合的に検討しながら「表現出力目的」の有無が判断されることとなります11前田先生は、非享受目的について、要件事実的に言えば、規範的要件のようなところがあるとする(「AIと著作権」座談会233頁))

⑤ 情報解析の際に表現出力目的がある場合には、必ず著作権侵害になるのか

 このように、情報解析の際に表現出力目的がある場合には、当該情報解析のための著作物利用行為には30条の4が適用されませんが、この場合でも、他の権利制限規定が適用されれば適法となります。
 たとえば以下のような権利制限規定です。
(ⅰ)47条の5
 まず、30条の4と同じく情報解析行為に関する権利制限規定である47条の5が適用される可能性があります(「考え方」22頁)。
 同条は、①「情報解析を行い、情報解析の結果を提供」するに際しての著作物の軽微利用(同条1項2号)、及び② その準備のための著作物利用行為(学習等)について権利制限の対象としているからです。
 もっとも、実際には、後述のように画像生成AIのようなコンテンツ生成AIにおける情報解析(学習や生成)について、47条の5が適用される場面はかなり限定的と思われます。
 一方、RAGのような、テキスト生成AIを用いたサービスの場合は、サービス内容をきちんと設計すれば、47条の5はかなり使える規定だと思います。詳細は後の「30条の4と47条の5の役割分担」をご参照ください。
(ⅱ) それ以外の権利制限規定
 また、それ以外にも、私的使用目的の複製(法第 30 条第1項)、学校その他の教育機関における複製等(法第 35 条)が適用されれば適法となります(「考え方」31頁)。
 したがって、例えば、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において既存著作物をAI 学習のために使用する目的で行う場合、AI 学習のための学習データの収集に伴う複製は、たとえ表現出力目的があるとしても適法に行うことができます(ただしこの場合は「複製」しかできませんので、学習用データセットの譲渡などはできません(「考え方」31頁脚注40)。
 また、学校その他の教育機関において、教師や生徒が授業の過程における利用に供することを目的とする場合など、35条の要件を満たせば、たとえ表現出力目的がある情報解析であっても、適法に行うことができます。なお、35条の適用を受ける場合は、先ほどの私的使用目的複製とは異なり、複製だけでなく公衆送信、公の伝達行為も行うことができます(ただし一部の行為については補償金を支払う必要があります)。

イ 作風模倣目的

 次に「特定のクリエイターの作品である少量の著作物のみを学習データとして追加的な学習を行うことで、当該クリエイターの「作風」を模倣する目的で学習を行うこと」はどうでしょうか。
 このような、ある著作者の作風を模倣したAI生成物を生成することができる生成AIを「特化型AI」ということもあります12「AIと著作権」愛知先生29頁、同座談会221頁。ので、本記事でもそれに倣います。なお、「考え方」においては、まだ「特化型AI」の意味がはっきりしていないからか、「特化型AI」という用語は用いられていません。

① 基本的な考え方

 著作権法の保護対象はあくまで「表現」であって、「アイデア」ではありません。そして通常は「作風」「画風」は「アイデア」に属するものと考えられています。
 したがって作風を模倣する目的の学習行為(情報解析行為)については、表現の享受目的が併存しているとは言えないため、30条の4が適用され著作権侵害に該当しません(「考え方」20~21頁)13「AIと著作権」座談会221頁~227頁。ただし、愛知先生は、特定の著作権者の作風を備えたコンテンツを生成するために、その著作物の全てあるいはこれを大量に学習・推論に利用する行為は、著作権者の利益を不当に害することとなるとして、30条の4柱書但書に該当するとする(「AIと著作権」愛知先生・30頁)。もっとも、それは「直接的」に「作風」を保護しようというものではなく、「結果的に作風の間接的な保護に至るに過ぎない(同37頁、同座談会・上野先生発言(同237頁)

② 実際には当該「作風」が「アイデア」なのか「創作的表現」なのかは区別が非常に難しい

 しかし、実際には、模倣の対象となっている「作風」が「アイデア」に該当するのか「表現」に該当するのかは、非常に区別が難しいといえます(考え方21頁、同24頁)。
 模倣の対象となっている「作風」が「アイデア」に該当するのか「表現」に該当するのかは、これまでの著作権侵害訴訟においては、元の著作物と被疑侵害著作物との間に「類似性」があるかという形で問題になってきました。
 したがって、「作風模倣目的」が「表現出力目的」に該当して30条の4の適用外となるのか、あるいは「アイデア模倣目的」に該当して30条の4により適法となるかは、完全にケースバイケースでしょう。
 ちなみに、愛知先生は、作風模倣目的の学習は30条の4但書に該当するという説を提唱されていますが、座談会の中で「作風」について「非常に高い具体性を持つ、表現との高い近接性を持つ、そういったものです。ここまで言うのであれば、端的に、もう「アイデア」じゃなくて「表現」だと言ってしまって良いのかもしれませんけども」と発言されています14「AIと著作権」座談会222頁
 それを受けて、奥邨先生は冗談めかして「さっきもご自身でおっしゃっていたんですけど、あと一言、愛知先生が「アイデア」「画風」とおっしゃっているところを「表現」だとおっしゃっていただければと思うんです(笑)」と発言しています15「AIと著作権」座談会224頁が、このようなやりとりからも「表現」と「アイデア」の区別が難しいことがうかがわれます。

ウ アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて

 「考え方」には、「アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて」についての記載(「考え方」23頁)があるので、その内容についても検討します。

① 学習対象著作物とは異なる著作物とアイデア等が類似するものが大量に生成される場合

 この場合は30条の4柱書但書に該当しないことは明確なので、著作権侵害にはなりません。
 考え方23頁に「本ただし書において「当該著作物の」と規定されているように、著作権者の利益を不当に害することとなるか否かは、法第 30 条の4に基づいて利用される当該著作物について判断されるべきものと考えられる。(例)AI 学習のための学習データとして複製等された著作物」と記載されているのはこの意味です。

② 学習対象著作物とアイデア等が類似するものが大量に生成される場合

 この場合でも、「作風模倣目的」の部分で説明したように、「アイデア」は著作権法上保護されないため、30条の4柱書但書は適用されず著作権侵害にはなりません。
 もっとも、考え方23頁には以下の記載があります。

他方で、この点に関しては、本ただし書に規定する「著作権者の利益」と、著作権侵害が生じることによる損害とは必ずしも同一ではなく別個に検討し得るといった見解から、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。

 
 確かに、「特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる」可能性はあるかもしれませんが、だからといって、そのような事態が生じることが、現行の著作権法の下で著作権侵害に該当するか、というと否定せざるを得ないと思われます。
 実際に、小委員会における検討では、「著作権法が保護する利益は、実際に創作された著作物の利用による利益であり、具体的な創作的表現となっていない作風については、著作権者が権利を有するものではないことから、生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の『著作権者の利益を不当に害することとなる場合』には該当しない」と考える意見が多数を占めています16パブコメ169~176参照

エ 小括

 
 以上のとおり、「学習目的による制限」の関係では、「表現出力目的」の場合のみ30条の4が適用されず、そのような目的がなければ、学習対象著作物の利用には30条の4が適用され適法に行える、ということになります。
 「学習目的による制限」については、「作風模倣目的」や、「アイデア等が類似するにとどまるものを大量に生成する目的」について激しい議論が巻き起こっています。
 しかし、この点が、実際に問題となるのは、画像・動画・音楽・音声生成AIのようなコンテンツ生成AIに限定されるでしょう。そのようなコンテンツ生成AIの学習においては、特定のクリエイターの表現・作風再現を目的とすることがあるからです。
 一方、LLMのようなテキスト生成AIの学習においては、そのような目的を有することは通常はありませんので「学習目的による制限」は問題とならないと思われます。
 愛知先生も「ChatGPTのような文章生成AIが特定著作権者の競合作品を生成する目的で活用される場面は、画像生成AIよりも少ないとはいえよう」としています17「AIと著作権」愛知先生・40頁

【第3回記事】へ続く
【脚注】

  • 1
    愛知先生は「なお, 30条の4などが適用され得る「情報解析」は,機械学習の場面(LoRAなどによる追加学習のケースも含む)のみならず,機械学習を経た学習済みモデルに著作物等のデータを入力し, コンテンツ等を生成させるという 「推論」段階でも行われる. 30条の4などの適用の可否は,学習段階・推論段階それぞれ個別に判断されることは言うまでもない.総じて,推論段階の方がAIによるコンテンツ生成により近い場面となるとは言えるが, 30条の4など権利制限規定適用の可否については基本的に同様と考えられるため,以下では,原則両者を区別することなく, かつ。学習段階を主な対象として検討を進める)とする(「AIと著作権」13頁)。
  • 2
    享受目的が併存している利用行為には、「享受」の時点に応じて二種類ある。
    1つは対象著作物の利用行為と「同時に」対象著作物の享受が行われるパターンである。文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方」8頁で挙げられている例(家電量販店等においてテレビの画質の差を比較できるよう市販のブルーレイディスクの映像を常時流す行為(上映)、漫画の作画技術を身につけさせることを目的として,民間のカルチャー教室等で手本とすべき著名な漫画を複製して受講者に参考とさせるために配布したり,購入した漫画を手本にして受講者が模写したり,模写した作品をスクリーンに映してその出来映えを吟味してみたりするといった行為)はいずれもこのパターンである。
    もう一つは、対象著作物の利用行為の「後」で対象著作物の享受が行われるパターンである。「生成AIにおける表現出力目的の学習」の問題はこのパターンである。生成AIの学習段階における著作物の「情報解析」のための利用行為の際に、その「後」の生成・利用段階で生じる享受行為の目的があるかを問題とするためである。
    後者のパターンの場合、前者と異なり、利用行為の適法性を判断するに際して、当該利用行為の「後」の享受行為(つまりまだ発生していない享受行為)を問題にするので、「目的」の認定が難しい。
  • 3
    もちろん、表現出力目的での「生成」にも30条の4は適用されない(「考え方」22頁、37頁)。表現出力目的での「情報解析」に30条の4が適用されないためである。
  • 4
    「AIと著作権」愛知先生(15頁以下)
  • 5
    「AIと著作権」愛知先生(21頁)、同座談会(208頁以下)
  • 6
    享受目的には、自らが享受する目的だけでなく、第三者に享受させる目的も当然含む。
  • 7
    表現出力「目的」の情報解析が30条の4の適用外なので、理論的には学習対象となった既存著作物が実際に出力されなくても当該「目的」が認定される可能性もあるが、実際には後述のように当該出力が頻発しないと「目的」が認定される可能性はないと思われる。
  • 8
    前田健「生成AIの利用が著作権侵害となる場合」(法学教室№523・29頁)
  • 9
    前田健「生成AIの利用が著作権侵害となる場合」(法学教室№523・29頁)は「享受目的の有無が、学習用データとしての利用が認められるかどうかを分かつ、重要なメルクマールとなる。」とする。
  • 10
    パブコメ165参照
  • 11
    前田先生は、非享受目的について、要件事実的に言えば、規範的要件のようなところがあるとする(「AIと著作権」座談会233頁))
  • 12
    「AIと著作権」愛知先生29頁、同座談会221頁。
  • 13
    「AIと著作権」座談会221頁~227頁。ただし、愛知先生は、特定の著作権者の作風を備えたコンテンツを生成するために、その著作物の全てあるいはこれを大量に学習・推論に利用する行為は、著作権者の利益を不当に害することとなるとして、30条の4柱書但書に該当するとする(「AIと著作権」愛知先生・30頁)。もっとも、それは「直接的」に「作風」を保護しようというものではなく、「結果的に作風の間接的な保護に至るに過ぎない(同37頁、同座談会・上野先生発言(同237頁)
  • 14
    「AIと著作権」座談会222頁
  • 15
    「AIと著作権」座談会224頁
  • 16
    パブコメ169~176参照
  • 17
    「AIと著作権」愛知先生・40頁