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人工知能(AI)、ビッグデータ法務 著作権

AIと著作権【第2回】AI学習段階での著作物利用はどこまで許されるか?──著作権法第30条の4の射程

アバター画像 柿沼太一


 2025年7月にSTORIA法律事務所の柿沼・杉浦の共著で日本加除出版から書籍「AIと法 実務大全」を出版します。
 本書は650頁超というボリュームでありながらも、AI開発や利活用に問題となる点を「網羅的」に解説するものではありません。あくまで、現場の方がAI開発や利活用を行う際に、法律的によく問題となる論点とその解決手法に照準を絞っています。その分個々の論点については、最先端の議論を下敷きにしつつ実務的に相当深掘りした記述となっています。
 書籍の出版に先立ち、その一部である「第2章 生成AI開発・提供・利用と著作権」について日本加除出版からご了解を得て、ブログで連載記事として先行公開することとしました。
 「一部」といっても記事合計13万字を越えるボリューム(ほぼ新書1冊分!)であり、ブログ公開を快諾いただいた日本加除出版には感謝しかありません。
 この連載記事を読んで興味が湧いた方は是非書籍をお買い求めください!

連載「AIと著作権」全18回の目次を表示
  1. 第1回 プレイヤー・フェーズ・提供形態による法的整理
  2. 第2回 AI学習段階での著作物利用はどこまで許されるか?──著作権法第30条の4の射程
  3. 第3回 学習用データとして“何を使ってはいけないか”を見極める~学習対象の観点からの検討~
  4. 第4回 海賊版や学習禁止表示がされている著作物をAI学習に利用することができるか
  5. 第5回 開発・学習段階での著作権侵害行為が発生した場合、侵害者はどのような責任を負うか
  6. 第6回 生成・利用段階では何が問題になるのか?
  7. 第7回 類似AI生成物の「生成」における依拠性をどのように考えるか~複雑な論点を解きほぐす~
  8. 第8回 類似AI生成物の「生成」における行為主体性~ロクラクⅡ事件判決をベースに徹底的に考える~
  9. 第9回 生成された類似AI生成物を利用すると著作権侵害?
  10. 第10回 類似AI生成物の「送信」は誰の責任?──クラウド提供型AIにおける著作権侵害リスクを検証する
  11. 第11回 生成・利用段階で著作権侵害行為が認められた場合、権利者は何を請求できるのか
  12. 第12回 RAG・ロングコンテクストLLMと著作権侵害(前編)
  13. 第13回 RAG・ロングコンテクストLLMと著作権侵害(後編)
  14. 第14回 RAGシステムのための既存著作物の蓄積・入力などは著作権侵害になるのか
  15. 第15回 RAGとAI利用者の責任~入力・送信・出力のそれぞれで何が問われるか?~
  16. 第16回 AI生成物に著作権はあるのか?~著作物性と“創作的寄与”の最新実務論~
  17. 第17回 その行為に日本著作権法は適用されるか~準拠法の問題~
  18. 第18回 で、結局何に気をつければよいのか~AI開発者・AI提供者・AI利用者それぞれの注意事項~

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2 開発・学習段階における著作物利用行為と著作権侵害

(1)問題となる場面

 開発・学習段階における著作物利用行為と著作権侵害が問題となるパターンは以下の3つです(図17)。
 

図17

図 17
 パターン1は、AI(学習済みモデル)生成のために既存著作物を収集・加工等する行為、パターン2は学習用データセットを公開・譲渡する行為、パターン3は学習済みモデルを公開・譲渡する行為です。
 以下パターン1から3について説明します。

(2) 学習済みモデル生成のための既存著作物の利用(パターン1)

ア 原則

 AI開発者の開発・学習段階における著作物利用行為と著作権侵害が問題となる最も典型的なパターンは、このパターン1です(図18)。
 

図18

 具体的には、学習済みモデルを生成するための学習用データセットとして用いるべく、既存の著作物を収集・複製する行為です。
 よく知られているように、AIの開発・学習行為のような「情報解析」のための著作物の利用行為については、平成30年の著作権法改正で導入された権利制限規定である著作権法30条の4第2号が適用されます。
 

(著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用)
 第三十条の四 著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
 一 著作物の録音、録画その他の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験の用に供する場合
 二 情報解析(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うことをいう。第四十七条の五第一項第二号において同じ。)の用に供する場合
 三 前二号に掲げる場合のほか、著作物の表現についての人の知覚による認識を伴うことなく当該著作物を電子計算機による情報処理の過程における利用その他の利用(プログラムの著作物にあつては、当該著作物の電子計算機における実行を除く。)に供する場合

 法第 30 条の4柱書では、「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には」と規定し、第2号において「情報解析(略)の用に供する場合」を挙げていることから、AI 学習のような「情報解析」のために行われる著作物利用行為は、原則として同条により適法となります(図19)。
 

図19

 たとえば、AIの開発・学習行為のために必要であれば、WEBサイトのクローリング、書籍のデジタル化、録音・録画などあらゆる手段の著作物の複製行為に同条が適用されますし、また作成された学習用データセットを公開することについても同条が適用されて適法となるため(詳細は後述します)、法第 30 条の4はAIの開発・学習行為に関して非常に広く適用される条文となっています。
 また、既に説明したとおり、このような「開発・学習行為」はAI開発者のみが行うのではなく、AI提供者やAI利用者が行うこともありますが、その場合でも当該「開発・学習行為」に必要な著作物利用行為には30条の4が適用され、原則として適法となります(AI提供者について図20、AI利用者について図21)。
 

図20

 

図21

 もっとも、AIの開発・学習行為のために必要であれば、ありとあらゆる著作物の利用行為が許容されるわけではありません。
 重要な例外が2つあります。
 1つは「学習目的による制限」で、もう1つは「学習対象による制限」です。
 前者は、著作物の利用に際して、AIの開発・学習目的だけではない他の目的が併存している場合には30条の4が適用されないことがある(他の権利制限規定が適用されない限り著作権侵害になる)、という問題です。
 後者については、特定のカテゴリーの著作物については、たとえAIの開発・学習目的のためであっても30条の4に基づく利用ができない(他の権利制限規定が適用されない限り著作権侵害になる)という問題です。

イ 学習目的による制限

(ア) 表現出力目的

 (ⅰ) 表現出力目的とは
 学習対象著作物の利用に際して、「学習」という「情報解析」の目的に加えて当該著作物の享受目的が併存(享受目的併存)している場合には、30条の4は適用されません1奥邨弘司「生成AI と著作権に関する米国の動き―AI 生成表現の著作物性に関する著作権局の考え方と生成AIに関する訴訟の概要」コピライト63 巻747 号(2023)46 頁、前田健「柔軟な権利制限規定の設計思想と著作権者の利益の意義」田村善之編著『知財とパブリック・ドメイン第2巻著作権法篇』(勁草書房、2023)206 頁。2文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第30 条の4、第47 条の4及び第47 条の5関係)」8頁  この「享受目的併存」にはいろいろなタイプがある3享受目的が併存している利用行為には、「享受」の時点に応じて2種類ある。1つは対象著作物の利用行為と「同時に」対象著作物の享受が行われるパターンである。文化庁著作権課・前掲注7)8頁で挙げられている例(家電量販店等においてテレビの画質の差を比較できるよう市販のブルーレイディスクの映像を常時流す行為(上映)、漫画の作画技術を身につけさせることを目的として、民間のカルチャー教室等で手本とすべき著名な漫画を複製して受講者に参考とさせるために配布したり、購入した漫画を手本にして受講者が模写したり、模写した作品をスクリーンに映してその出来映えを吟味してみたりするといった行為)はいずれもこのパターンである。もう1つは、対象著作物の利用行為の「後」で対象著作物の享受が行われるパターンである。「生成AI における表現出力目的の学習」の問題はこのパターンである。生成AI の学習段階における著作物の「情報解析」のための利用行為の際に、その「後」の生成・利用段階で生じる享受行為の目的があるかを問題とするためである。後者のパターンの場合、前者と異なり、利用行為の適法性を判断するに際して、当該利用行為の「後」の享受行為(つまりまだ発生していない享受行為)を問題にするので、「目的」の認定が難しい。のですが、生成AIの学習においては、たとえば以下のような場合が想定されます(「考え方」20頁、以下このような目的を本書では以下「表現出力目的」といいます)。
 

既存の学習済みモデルに対する追加的な学習(そのために行う学習用データの収集・加工を含む)のうち、意図的に、学習データに含まれる著作物の創作的表現の全部又は一部を出力させることを目的とした追加的な学習を行うため、著作物の複製等を行う場合。
 (例)AI 開発事業者又は AI サービス提供事業者が、AI 学習に際して、いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合

 したがって、このような「表現出力目的」での学習4「表現出力目的」がある場合、もちろん、「学習」だけでなく、RAG などの場合において、表現出力目的での「入力」、表現出力目的での「入力のための蓄積行為」にも30 条の4は適用されない(「考え方」22 頁、37 頁)。「学習」に限らず、表現出力目的が併存する「情報解析」のための著作物利用行為に30 条の4が適用されないためである。や学習用データの収集・加工には30条の4は適用されず、他の権利制限規定が適用されない限り著作権侵害に該当します。
 なお、「情報解析」目的に加えて享受目的が併存している場合に30条の4が適用されないという上記通説には、条文の規定ぶり(30条の4柱書の「その他の」)等を根拠とした有力な反対説があります510)『AI と著作権』15 頁以下〔愛知〕、髙部眞規子「著作権侵害訴訟における主張立証と『AI と著作権に関する考え方』について」ジュリスト1599 号(2024)83 頁
 この反対説は、「情報解析」目的が存在すれば、享受目的(表現出力目的)が併存していても30条の4本文が適用されるとしますが、同時に同説は、享受目的(表現出力目的)が併存している場合には、当該著作物の利用行為は30条の4柱書但書に該当する等とするため6愛知・前掲注10)20 頁、『AI と著作権』208 頁以下〔愛知発言〕。なお、愛知先生は、表現出力目的がある場合のみならず、本文で後述するように、「作風」を再現する目的がある場合も30 条の4柱書但書に該当するとする。、「著作物利用行為に際して、情報解析目的に加えて表現出力目的が併存する場合には30条の4による権利制限がなされない」という結論にはあまり違いはありません。
 (ⅱ)どのような場合に「表現出力目的」が認められるのか
 では、どのような場合に「表現出力目的」があると言えるのでしょうか。
 「考え方」は、具体例として、先述のように「(例)AI 開発事業者又は AI サービス提供事業者が、AI 学習に際して、いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合」を挙げます(「考え方」20頁)。
 これは例えば、以下のようなケースを指しています(図22、図23)7なお、享受目的には、自らが享受する目的だけでなく、第三者に享受させる目的も当然含む(30 条の4柱書は
「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」とする)。
8表現出力「目的」の情報解析が30 条の4の適用外なので、理論的には学習対象となった既存著作物が実際に出力されなくても当該「目的」が認定される可能性もあるが、実際には後述のように当該出力が頻発しないと「目
的」が認定される可能性はないと思われる。

 

図22

 図22は、AI開発者が、AI利用者において学習対象データと同一・類似のAI生成物を出力させる目的で、AI 学習に際して過学習を意図的に行うパターンです。
 

図23

 図23は、AI提供者が、AI利用者において学習対象データと同一・類似のAI生成物を出力させる目的で、AI の追加学習に際して過学習を意図的に行うものです。
 また、AI利用者自身の追加学習において表現出力目的があるケースも当然想定されます。たとえば、以下のようにAI利用者自身が表現出力目的で過学習を意図的に行う場合です(図24)。
 

図24

 図24のパターンは、学習(追加学習)を行っている者(=AI利用者)と、AI生成物の生成を行っている者(=AI利用者)が同一であるため、他の2つのパターンより表現出力目的が認定されやすいと思われます。
 もっとも、この「表現出力目的」をあまりに広く捉えると、情報解析をはじめとする著作物の非享受目的利用行為を権利制限の対象とした30条の4の趣旨が没却されかねません。
 そのため、学習対象著作物と創作的表現が共通した生成物が生成される事例があるという事実だけでは、開発・学習段階における享受目的の存在を推認することまではできません(「考え方」21頁))。
 また、汎用的な生成AIにおいて学習用データと類似性の認められる出力物が結果として出力される可能性を認識・認容していたという程度であれば、享受目的(表現出力目的)は認められないと考えます9前田健「生成AI の利用が著作権侵害となる場合」法学教室523 号(2024)29 頁
 (ⅲ) 「表現出力目的」の立証方法
 上記の様に情報解析のための著作物の利用行為に際して「表現出力目的」が併存している場合には30条の4は適用されませんが、その場合でも後述のように47条の5は適用可能です。
 もっとも47条の5が適用されるには「付随性」「軽微利用」などの非常に厳しい要件を満たす必要があり、現実には47条の5が適用される場面はかなり限られていると思われます。
 したがって、結局のところ「表現出力目的」の有無が、学習段階における著作物の利用行為の適法性判断のための重要なメルクマールとなります10前田・前掲注14)29 頁は「享受目的の有無が、学習用データとしての利用が認められるかどうかを分かつ、重要なメルクマールとなる。」とする。
 しかし、「表現出力目的」というのは主観的な要素であることと、「開発・利用段階」より「後」の段階である「生成・利用段階」における著作物の利用目的(開発・学習段階ではまだ生じていない表現出力行為を行う目的)を問題にするため、一般的にはその立証が非常に困難です。
 そのため、対象著作物の利用について30条の4の適用がないと主張する側(通常は著作権者でしょう)が、「表現出力目的」を立証するためには、「表現出力目的」の存在を推認させるような客観的な事実(間接事実)を立証することになります(「考え方」20頁脚注23)。
 このように、直接の立証が難しい場合に、それを間接的に裏付ける客観的な事実(間接事実)から推認するという手法は、「表現出力目的」だけでなく、後述する「依拠性」の認定の際にも用いられます。
 まず、先ほど説明したように、生成・利用段階において、学習対象著作物と創作的表現が共通した生成物が生成される事例があるという事実だけでは、開発・学習段階における享受目的の存在を推認することまではできません(「考え方」21頁))。生成AIの技術的な特質から、そのような事態を完全に防止することは困難であり、そのような事態が生じたとしても、AI学習に際して「表現出力目的」がないこともあるからです。
 一方、生成・利用段階で「学習された著作物と創作的表現が共通した生成物の生成が著しく頻発するといった事情」があれば、「表現出力目的」が推認されます(「考え方」21頁)11ただし、当該頻発が、生成AI の利用者が既存の著作物の類似物の生成を意図して生成AI に入力・指示を与えたこと等に起因するものである場合は、このような事情があったとしても、AI 学習を行った事業者の享受目的の存在を推認させる要素とはならないと考えられる(「考え方」21 頁脚注24)。
 さらに、事業者が、学習対象著作物の表現がそのまま出力されやすいような特殊な学習手法(例:特定の作品や特定の著作者の作品のみを集中的に学習させるなど)を採用している場合、表現出力目的を推認させる間接事実となりえます。
 一方、侵害物の生成を抑止するための実効的な技術的手段を講じている場合、当該事業者の行う AI 学習のための複製が、非享受目的である(=表現出力目的がない)ことを推認させる事情となりえます(「考え方」20頁脚注22)12「考え方」に関するパブコメ165 参照。表現出力目的があるのであれば、そのような技術的手段を講じるはずがないからです。
 このような様々な要素を総合的に検討しながら「表現出力目的」の有無が判断されることとなります(図25)13前田先生は、非享受目的について、要件事実的にいえば、規範的要件のようなところがあるとする(『AI と著作権』233 頁)
 

図25

 なお、先ほど、表現出力目的が認められる典型的なケースとして「AI 学習に際して、いわゆる「過学習」(overfitting)を意図的に行う場合」を紹介しましたが、AI開発者が大規模な事前学習を行う場合に、そのような「過学習」を行うことは通常ありません。
 一方、AI提供者やAI利用者が追加学習やファインチューニングを行う場合、「過学習」を行うことは十分考えられる(そのようなニーズがあるため)ため、「表現出力目的」が問題になるのは、専らAI提供者やAI利用者による追加学習等のみと思われます。
 (ⅳ) 情報解析のための著作物利用行為に表現出力目的が併存している場合には、必ず著作権侵害になるのか
 このように、情報解析のための著作物利用行為に表現出力目的が併存している場合には、当該著作物利用行為には30条の4が適用されませんが、この場合でも、他の権利制限規定が適用されれば適法となります。
 ① 47条の5第2項
 まず、30条の4と同じく情報解析行為に関する権利制限規定である47条の5第2項が適用される可能性があります(「考え方」22頁)。
 同項は、「情報解析を行い、情報解析の結果を提供」するに際しての著作物の軽微利用(同条1項2号)の準備のための著作物利用行為(学習等)について権利制限の対象としているからです。
 もっとも、実際に47条の5第2項が適用されるかは、AIの種類によってもかなり相違があります。
 たとえば、画像生成AIのようなコンテンツ生成AIにおける情報解析(学習や生成)について、47条の5が適用される場面は後述のようにかなり限定的と思われます。一方、RAGのような、テキスト生成AIを用いたサービスの場合は、サービス内容をきちんと設計すれば、47条の5が適用されるケースはかなり多いと考えます。
 ② それ以外の権利制限規定
 また、それ以外にも、私的使用目的の複製(法第 30 条第1項)、学校その他の教育機関における複製等(法第 35 条)などの権利制限規定が適用されれば適法となります14「考え方」31 頁
 したがって、例えば、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において既存著作物をAI 学習のために使用する目的で行う場合、AI 学習のための学習用データの収集に伴う複製は、たとえ表現出力目的があるとしても適法に行うことができます(ただしこの場合は「複製」しかできませんので、30条の4が適用されて適法化する場合と異なり学習用データセットの譲渡などはできません)15「考え方」31 頁脚注40
 また、学校その他の教育機関において、教師や生徒が授業の過程における利用に供することを目的とする場合など、35条の要件を満たせば、たとえ表現出力目的が併存している情報解析であっても、適法に行うことができます。なお、35条の適用を受ける場合は、先ほどの私的使用目的複製とは異なり、複製だけでなく公衆送信、公の伝達行為も行うことができます(ただし一部の行為については補償金を支払う必要があります)。

(イ) 作風模倣目的

 (ⅰ)基本的な考え方
 著作権法の保護対象はあくまで「表現」であって、「アイデア」ではありません。そして通常は「作風」「画風」は「アイデア」に属するものと考えられています。
 したがって作風を模倣する目的の学習行為(情報解析行為)については、表現出力目的(享受目的)が併存しているとは言えず、30条の4が適用され著作権侵害に該当しません1621)『AI と著作権』221 頁〜227 頁。ただし、愛知先生は、特定の著作権者の作風を備えたコンテンツを生成するために、その著作物の全てあるいはこれを大量に学習・推論に利用する行為は、著作権者の利益を不当に害することとなるとして、30 条の4柱書但書に該当するとする(同30 頁〔愛知〕)。もっとも、それは「直接的」に「作風」を保護しようというものではなく、「結果的に作風の間接的な保護に至るに過ぎない」(同37 頁、同237 頁〔上野発言〕)。
 (ⅱ)実際には当該「作風」が「アイデア」なのか「創作的表現」なのかは区別が非常に難しい
 しかし、実際には、模倣の対象となっている「作風」が「アイデア」に該当するのか「表現」に該当するのかは、非常に区別が難しいといえます(考え方21頁、同24頁)。
 模倣の対象となっている「作風」が「アイデア」に該当するのか「表現」に該当するのかは、これまでの著作権侵害訴訟においては、元の著作物と被疑侵害著作物との間に「類似性」があるかという争点の中で(ほぼ)常に問題になってきました。
 したがって、「作風模倣目的」が「表現出力目的」に該当して30条の4の適用外となるのか、あるいは「アイデア模倣目的」に該当して30条の4により適法となるかは、完全にケースバイケースでしょう。

(ウ) アイデア等が類似するにとどまるものを大量に生成する目的

 「考え方」には、「アイデア等が類似するにとどまるものが大量に生成されることについて」についての記載(「考え方」23頁)があるので、その内容についても検討します。
 (ⅰ)学習対象著作物とは異なる著作物とアイデア等が類似するものが大量に生成される場合
 この場合は30条の4柱書但書に明確に該当しませんので、著作権侵害にはなりません。
 考え方23頁に「本ただし書において「当該著作物の」と規定されているように、著作権者の利益を不当に害することとなるか否かは、法第 30 条の4に基づいて利用される当該著作物について判断されるべきものと考えられる。(例)AI 学習のための学習データとして複製等された著作物」と記載されているのはこの意味です。
 (ⅱ)学習対象著作物とアイデア等が類似するものが大量に生成される場合
 この場合でも、「作風模倣目的」の部分で説明したように、「アイデア」は著作権法上保護されないため、30条の4柱書但書は適用されません。
 もっとも、考え方23頁には以下の記載があります。
 

他方で、この点に関しては、本ただし書に規定する「著作権者の利益」と、著作権侵害が生じることによる損害とは必ずしも同一ではなく別個に検討し得るといった見解から、特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる場合、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し得ると考える余地があるとする意見が一定数みられた。

 確かに、「特定のクリエイター又は著作物に対する需要が、AI 生成物によって代替されてしまうような事態が生じる」可能性はあるかもしれませんが、だからといって、そのような事態が生じることが、現行著作権法の下で著作権侵害に該当するか、というと否定せざるを得ないと思われます。
 実際に、小委員会における検討では、「著作権法が保護する利益は、実際に創作された著作物の利用による利益であり、具体的な創作的表現となっていない作風については、著作権者が権利を有するものではないことから、生成物が学習元著作物の創作的表現と共通しない場合には、著作権法上の『著作権者の利益を不当に害することとなる場合』には該当しない」と考える意見が多数を占めています17パブコメ169 〜176 参照

(エ) 小括

 以上のとおり、「学習目的による制限」の関係では、例外的に「表現出力目的」(享受目的)が併存している場合のみ30条の4が適用されず、そのような目的がなければ、AI学習のためであれば、学習対象著作物の利用には30条の4が適用され適法に行える、ということになります。
 「学習目的による制限」については、「作風模倣目的の学習」や、「アイデア等が類似するにとどまるものを大量に生成する目的の学習」について激しい議論が巻き起こっています。
 しかし、この点が、実際に問題となるのは、画像・動画・音楽・音声生成AIのようなコンテンツ生成AIに限定されるでしょう。そのようなコンテンツ生成AIの学習においては、特定のクリエイターの表現・作風再現を目的とすることがあるからです。
 一方、LLMを用いたテキスト生成AIの学習においては、そのような「表現出力目的」「作風模倣目的」を有することは通常はないため、学習目的による制限が問題となる場面はほとんどないと思われます18愛知先生も「ChatGPT のような文章生成AI が特定著作権者の競合作品を生成する目的で活用される場面は、画像生成AI よりも少ないとはいえよう」としている(『AI と著作権』40 頁〔愛知〕)。

脚注一覧

  • 1
    奥邨弘司「生成AI と著作権に関する米国の動き―AI 生成表現の著作物性に関する著作権局の考え方と生成AIに関する訴訟の概要」コピライト63 巻747 号(2023)46 頁、前田健「柔軟な権利制限規定の設計思想と著作権者の利益の意義」田村善之編著『知財とパブリック・ドメイン第2巻著作権法篇』(勁草書房、2023)206 頁。
  • 2
    文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方(著作権法第30 条の4、第47 条の4及び第47 条の5関係)」8頁
  • 3
    享受目的が併存している利用行為には、「享受」の時点に応じて2種類ある。1つは対象著作物の利用行為と「同時に」対象著作物の享受が行われるパターンである。文化庁著作権課・前掲注7)8頁で挙げられている例(家電量販店等においてテレビの画質の差を比較できるよう市販のブルーレイディスクの映像を常時流す行為(上映)、漫画の作画技術を身につけさせることを目的として、民間のカルチャー教室等で手本とすべき著名な漫画を複製して受講者に参考とさせるために配布したり、購入した漫画を手本にして受講者が模写したり、模写した作品をスクリーンに映してその出来映えを吟味してみたりするといった行為)はいずれもこのパターンである。もう1つは、対象著作物の利用行為の「後」で対象著作物の享受が行われるパターンである。「生成AI における表現出力目的の学習」の問題はこのパターンである。生成AI の学習段階における著作物の「情報解析」のための利用行為の際に、その「後」の生成・利用段階で生じる享受行為の目的があるかを問題とするためである。後者のパターンの場合、前者と異なり、利用行為の適法性を判断するに際して、当該利用行為の「後」の享受行為(つまりまだ発生していない享受行為)を問題にするので、「目的」の認定が難しい。
  • 4
    「表現出力目的」がある場合、もちろん、「学習」だけでなく、RAG などの場合において、表現出力目的での「入力」、表現出力目的での「入力のための蓄積行為」にも30 条の4は適用されない(「考え方」22 頁、37 頁)。「学習」に限らず、表現出力目的が併存する「情報解析」のための著作物利用行為に30 条の4が適用されないためである。
  • 5
    10)『AI と著作権』15 頁以下〔愛知〕、髙部眞規子「著作権侵害訴訟における主張立証と『AI と著作権に関する考え方』について」ジュリスト1599 号(2024)83 頁
  • 6
    愛知・前掲注10)20 頁、『AI と著作権』208 頁以下〔愛知発言〕。なお、愛知先生は、表現出力目的がある場合のみならず、本文で後述するように、「作風」を再現する目的がある場合も30 条の4柱書但書に該当するとする。
  • 7
    なお、享受目的には、自らが享受する目的だけでなく、第三者に享受させる目的も当然含む(30 条の4柱書は
    「次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」とする)。
  • 8
    表現出力「目的」の情報解析が30 条の4の適用外なので、理論的には学習対象となった既存著作物が実際に出力されなくても当該「目的」が認定される可能性もあるが、実際には後述のように当該出力が頻発しないと「目
    的」が認定される可能性はないと思われる。
  • 9
    前田健「生成AI の利用が著作権侵害となる場合」法学教室523 号(2024)29 頁
  • 10
    前田・前掲注14)29 頁は「享受目的の有無が、学習用データとしての利用が認められるかどうかを分かつ、重要なメルクマールとなる。」とする。
  • 11
    ただし、当該頻発が、生成AI の利用者が既存の著作物の類似物の生成を意図して生成AI に入力・指示を与えたこと等に起因するものである場合は、このような事情があったとしても、AI 学習を行った事業者の享受目的の存在を推認させる要素とはならないと考えられる(「考え方」21 頁脚注24)。
  • 12
    「考え方」に関するパブコメ165 参照
  • 13
    前田先生は、非享受目的について、要件事実的にいえば、規範的要件のようなところがあるとする(『AI と著作権』233 頁)
  • 14
    「考え方」31 頁
  • 15
    「考え方」31 頁脚注40
  • 16
    21)『AI と著作権』221 頁〜227 頁。ただし、愛知先生は、特定の著作権者の作風を備えたコンテンツを生成するために、その著作物の全てあるいはこれを大量に学習・推論に利用する行為は、著作権者の利益を不当に害することとなるとして、30 条の4柱書但書に該当するとする(同30 頁〔愛知〕)。もっとも、それは「直接的」に「作風」を保護しようというものではなく、「結果的に作風の間接的な保護に至るに過ぎない」(同37 頁、同237 頁〔上野発言〕)。
  • 17
    パブコメ169 〜176 参照
  • 18
    愛知先生も「ChatGPT のような文章生成AI が特定著作権者の競合作品を生成する目的で活用される場面は、画像生成AI よりも少ないとはいえよう」としている(『AI と著作権』40 頁〔愛知〕)。
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