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令和2年著作権法改正で捗るライセンス契約(当然対抗制度)

杉浦健二 杉浦健二

令和2年6月5日、「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律」が成立しました(「著作権法改正 海賊版ダウンロード規制を拡大」日本経済新聞)。

令和2年著作権法改正では、リーチサイト対策や侵害コンテンツのダウンロード違法化などの海賊版対策が注目を集めていますが、今回はライセンス契約やAI開発契約において実務上重要な改正となる著作物ライセンスの当然対抗制度の導入(令和2年10月1日より施行予定)について取り上げます。

参考:令和2年通常国会 著作権法改正について(文化庁ウェブサイト

現行著作権法では、利用者は著作権の譲受人に対抗できない

現行著作権法では、著作物の利用許諾契約(ライセンス契約)において、著作権者(ライセンサー)が著作権を第三者に譲渡した場合、利用者(ライセンシー)は譲受人に対して、利用権を対抗することができませんでした。
すなわち、利用者(ライセンシー)の著作物を利用できる権利(利用権)は、あくまで著作権者(ライセンサー)に対して主張できるのであって、著作権者が著作権を第三者に譲渡した場合、利用者(ライセンシー)はこの第三者(譲受人)に対して利用権を主張することができないとされていました。

文化庁「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律 御説明資料」P31より https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r02_hokaisei/pdf/92359601_02.pdf

その結果、
・ライセンス契約後に、M&Aや事業譲渡によって第三者に著作権が譲渡された場合、利用者(ライセンシー)は著作物の利用ができなくなる
・著作権者(ライセンサー)が破産した場合、破産管財人からライセンス契約が解除されるおそれがある
などの事態が生じ得るため、著作物ライセンス契約における利用者(ライセンシー)の地位は不安定であるとの問題が以前から指摘されていました。

AIソフトウェア開発契約等における従来の問題点

たとえばAIソフトウェア等の開発契約において、プログラム等の著作物に関する利用許諾条項を含めようとする場合、プログラム等の著作権はベンダに帰属させたうえで、具体的な利用条件をベンダ・ユーザ間で交渉することになります。

しかしプログラム等の利用許諾を受ける利用者(ライセンシー)であるユーザの立場からすれば、
・著作権者(ライセンサー)であるベンダが、事業譲渡等に伴い著作権を譲渡したり、倒産したりすれば、著作権の譲受人や破産管財人に対して、利用者(ライセンシー)であるユーザは利用権を対抗できず、その結果、プログラム等の使用差止請求や損害賠償請求を受けるリスクがある。そこで利用許諾契約ではなく、あくまで著作権譲渡契約(ユーザに著作権が譲渡される契約)にしてほしい
と考えるのも自然であり、その結果、利用条件に関する具体的な交渉に入る手前の「権利帰属の段階」(ユーザとベンダ、どちらに著作権を帰属させるか)で揉めることも少なくありませんでした。

利用者(ライセンシー)を保護するために従前取られていた対策

このような問題点を解決するための対策として、従来のソフトウェア等ライセンス契約においては、

①「著作権の譲渡を禁止する」旨の条項を入れたり「譲渡する場合は事前にライセンシーから同意を得る」旨の条項を入れておく

②「ライセンサーが第三者に著作権を譲渡した場合は、ライセンサーは同時にライセンシーにも著作権を無償で譲渡する」旨の条項を入れておく

③「ライセンサーが破産申立てをした場合は、ライセンシーに著作権を無償で譲渡する」旨の条項を入れておく

④対象納入物の範囲にソースコードを明記しておいたり(ソースコードの引渡義務を明記しておく)、ライセンサーの倒産時にソースコードや関連ドキュメントの開示や交付が可能になるエスクロウ契約を締結しておく((財)ソフトウェア情報センター(SOFTIC)におけるソフトウェア・エスクロウ制度

といった契約上の対策がとられる場合がありましたが、いずれについても、以下のような理由で利用者(ライセンシー)の保護として必ずしも万全とは言えませんでした。

▼①譲渡禁止特約は、債権的効果(著作権者に対してのみ主張できる)を有するにとどまり、契約違反が生じたとしてもライセンシーは譲受人に対抗できない(著作権者に対して損害賠償請求ができるにとどまる)

▼②については、ライセンサーは、第三者とライセンシーに対して著作権を二重に譲渡した状態となるところ、先に著作権の登録(著作権法第77条)をした側が優先することになるが、相手方に先に登録されてしまうとどうしようもない。登録手続きも煩雑である。

▼③については、経済産業省・特許庁「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0」の条項例でも取り上げられていますが(共同研究開発契約書(新素材)の7条6項但書)、ライセンサーが破産申立てをする等の危機時期における譲渡は、詐害行為取消(否認権行使)の対象となる可能性が否定できない。

▼④については、エスクロウ契約等によりソースコードの開示を受けられたとしても、破産管財人からライセンス契約を解除(破産法53条)された場合、利用権がなお存続する法的根拠が必ずしも明らかでない。

当然対抗制度で、利用者(ライセンシー)は譲受人に対抗できることになる

令和2年著作権法改正により導入される当然対抗制度(新設される著作権法63条の2)では、著作権が第三者に譲渡されても、著作物の利用者(ライセンシー)は、譲受人に対して、登録等の何らの手続きをすることなく自らの利用権を対抗することができます。つまり著作権者(ライセンサー)が著作権を譲渡したり、破産したりしても、利用者(ライセンシー)は、ライセンス契約に基づいて著作物の利用を継続できることとなります。

文化庁「著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律 御説明資料」P31より https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/hokaisei/r02_hokaisei/pdf/92359601_02.pdf

著作権法
(著作物の利用の許諾)
第六十三条 著作権者は、他人に対し、その著作物の利用を許諾することができる。
2 前項の許諾を得た者は、その許諾に係る利用方法及び条件の範囲内において、その許諾に係る著作物を利用することができる。
3 利用権(第一項の許諾に係る著作物を前項の規定により利用することができる権利をいう。次条において同じ。)は、著作権者の承諾を得ない限り、譲渡することができない。
4・5 (略)
(利用権の対抗力)→令和2年改正により新設
第六十三条の二 利用権は、当該利用権に係る著作物の著作権を取得した者その他の第三者に対抗することができる。

なお、特許法・実用新案法・意匠法では、すでに当然対抗制度が導入されていますので、著作権法もこれらに倣ったこととなります(これに対して商標権は、登録しないと対抗できない旨が定められています(商標法31条4項)。

令和2年10月1日以前に締結したライセンス契約も、当然対抗制度の対象になる(経過措置)

令和2年著作権法改正に伴い導入される当然対抗制度は、令和2年10月1日から施行されます。
ただ当然対抗制度については経過措置が設けられており、施行日である令和2年10月1日以前に締結したライセンス契約について、施行日後に著作権が譲渡された場合であっても適用されます(著作権法及びプログラムの著作物に係る登録の特例に関する法律の一部を改正する法律・附則第8条)。
これに対して、施行日前に著作権が譲渡された場合は当然対抗制度は適用されない点には留意を要します。

※なお、平成23年の特許法改正において通常実施権の当然対抗制度が導入された際も、今回の著作権法改正と同様に「(当然対抗制度を定めた規定は)この法律の施行の際現に存する通常実施権にも適用する」と定められています(特許法等の一部を改正する法律・附則2条11項。文化審議会著作権分科会報告書(2019年2月)P150)。

当然対抗制度の導入で、ライセンス契約は更に締結しやすくなる

当然対抗制度の導入により、利用者(ライセンシー)の不安定な地位が解消されることになるため、著作物ライセンス契約や、プログラム等の著作物ライセンス条項を含むAI開発契約などは、特にライセンシーの立場になることが多いユーザ側にとって、これまで以上に締結しやすくなると考えられます。

著作権者(ライセンサー)側としても、当然対抗制度が導入されたところで不利になるわけではなく、むしろ利用者(ライセンシー)側から「ライセンス契約だと法的地位が不安定だから譲渡契約しか無理」といった反論がなされるケースが減少することが期待されます。

当然対抗制度によって利用者(ライセンシー)の地位が保護されることにより、著作権をユーザ・ベンダいずれに帰属させるかというデッドロックになりがちな議論に拘泥することなく、具体的な利用条件に関する建設的な交渉に更に臨みやすくなるのではないでしょうか(権利帰属にこだわらず利用条件で実をとる。過去記事「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」に学ぶAI開発契約の8つのポイント参照)。

ただ当然対抗制度の導入により、ライセンシーが著作物の利用権を対抗できる結果、ライセンシーと第三者との間に、従前に著作権者との間で締結したライセンス契約が承継されるのか否かという問題は、今回の改正では明らかにされませんでした(特許法における通常実施権でも同様の問題あり)。
この点については、たとえば従前のライセンス契約が、譲受人に法律上当然に承継されるという制度も考えられますが(前記報告書P124以下参照)、令和2年著作権法改正ではそのような当然承継制度は導入されませんでしたので、具体的な処理は今後の実務の集積を待つことになります。(弁護士杉浦健二

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