インターネット 著作権 裁判例
「ブラックジャックによろしく」などで有名な佐藤秀峰氏が自身の新作に関する記事を著作権侵害と指摘。その指摘は正しいのか?
「海猿」や「ブラックジャックによろしく」で有名な漫画家・佐藤秀峰氏が「おたくま経済新聞」の記事を著作権侵害と指摘したとして話題になっています。
記事の下に1話載せました
佐藤秀峰の最新作は現代まんが道 『Stand by me 描クえもん』1巻発売 https://t.co/cTWV2ChNYF pic.twitter.com/kyMkMoeKKd
— おたくま経済新聞 (@otakumatch) 2017年3月31日
(https://twitter.com/otakumatch/status/847753192037208067を引用)
今回はこの話題をネタに、「メディアがプレスリリースを元に記事配信する際に、どこまでネタ元を確認しなければならない法的な義務があるのか」を考えます。
参考になる裁判例なども紹介しながら、私なりの結論を出したいと思います。
Contents
■ 事実関係の流れ(一部推測が入っています)
1 『ブラックジャックによろしく』『海猿』などのミリオンセラー漫画家、佐藤秀峰氏の最新作『Stand by me 描クえもん』第1巻が、リイド社のレーベル「トーチコミックス」から4月1日に発売
2 それに先立つ3月31日にリイド社広報室が『Stand by me 描クえもん』第1巻発売についてのプレスリリース
3 リイド社のプレスリリースの中に作品の第1話が画像掲載されていたが、リイド社と佐藤氏の間の契約においては当該画像は第三者への転載使用をすることが許されていなかった(推測)
4 リイド社のプレスリリースの提供を受けた「おたくま経済新聞」は、作品の第1話の画像を含んだ記事を配信
5 佐藤氏が「おたくま経済新聞」の当該記事について著作権侵害との指摘
宣伝してくれるのはありがたいけど、いわゆる引用の範囲を超えた作品の使用があり、ストレートに言うと著作権侵害記事ですね〜…。 https://t.co/taFItRFj0Q
— 佐藤秀峰 (@shuho_sato) 2017年3月31日
詳細はこのまとめを参照してください。
■ 何が問題なのか
この話題、論点がいくつかあります。
一つは、侵害が発覚した後の「おたくま経済新聞」の対応がこれでよかったのかという問題。
要するに問題発覚後の「おたくま経済新聞」の事後対応が正しかったのかという点ですね。
この点に関しては、「著作権侵害であることは事実なのだからリイド社から配信されたなどと言い訳せずにすぐ素直に直接謝るべきだった」という考えや「プレスリリースをそのまま流すことが著作権侵害になるなんて普通は思わないから、おたくま新聞の対応に間違いはない。むしろ佐藤氏の方が傲慢」など、様々な考えがあると思うのでここではコメントしません。
ここで取り上げたいのは、もっと限定された法的な論点、「メディアがプレスリリースを元に記事配信する際に、どこまでネタ元を確認しなければならない法的な義務があるのか」という点です。
これはあらゆるメディアにとって、とても重要な問題です。
今回佐藤氏が仮に「おたくま経済新聞」を著作権侵害を理由に訴えた場合(訴えないと思いますし、訴えたとしても請求できる損害がどれほどあるかという問題はありますが)、佐藤氏は勝訴できるのでしょうか。
「まさかプレスリリースの中に著作権侵害画像が含まれているとは思わないだろうから、リイド社にその点をいちいち確認する義務を「おたくま経済新聞」に課すのは酷。したがって著作権侵害の責任は認められない」
という主張と
「いかにプレスリリースを元にした記事だとしても、メディアとして記事にする以上著作権侵害がないかどうか確認するのは当然。したがって著作権侵害の責任はある。」
という主張の両方が考えられます。
で、結論を先取りすると本件では
・ 今回の件で「おたくま経済新聞」が損害賠償責任を負うか否かは、「おたくま経済新聞」に「過失」があったか否かがポイント。
・ これまでの裁判例からすると、メディアがプレスリリースをそのまま利用したからと言って必ず「過失なし」とされるとは限らない。
・ したがってプロのメディアである「おたくま経済新聞」にはそれなりに重い調査義務が課され、原則として過失ありとされるのではないか。
・ ただし、本件記事が出版者自身のプレスリリースを元にした記事であるという特殊性は非常に大きなポイント。出版業界の契約慣行や、本件の契約が特殊であったことを「おたくま経済新聞」が裁判官に納得させられれば過失なしとされる可能性もある。
ではないかと考えています。
■ まず基礎知識
プレスリリースがされた後の情報の流れはこのようになります。
本件の場合は、プレスリリースの情報が客観的には著作権侵害コンテンツだったわけです。
この場合に、リイド社が法的な責任を負うことは当然な訳ですが、果たしておたくま新聞社も法的責任を負うかです。
■ 「著作権侵害」かと「著作権侵害に基づいて損害賠償責任を負うか」は別問題
著作権侵害があった場合に著作権者が取り得る法的な手段は大きく分けると「差止請求」と「損害賠償請求」です。今回は既にコンテンツは削除されているので損害賠償についてだけ検討します。
実は「著作権侵害」かと「著作権侵害に基づいて損害賠償責任を負うか」は別問題です。ここは今回の問題の結構大きなポイントです。
著作権者が、侵害者に対して損害賠償請求をするためには
1 客観的に著作権侵害があること(つまり著作権者の許諾を得ないでコンテンツがコピーされていること)
2 侵害者に「故意・過失」があること
の2つが必要なのです(ちなみに、差し止め請求をする場合は1だけでOKで2は不要です。ですので、本件では差止請求は問題なく認められます)
図に示すとこんな感じです。
1は客観的な事実の問題、2は侵害者の認識の問題ですね。
今回の問題では、「1 客観的に著作権侵害があること(つまり著作権者の許諾を得ないでコンテンツがコピーされていること)」は明白な事実です。
問題になっているのは「2 侵害者に過失があるか」です。
たとえば、「フリー素材」としてウェブで公開されている画像を自分でダウンロードして利用したが実際には著作権侵害画像だった、という場合には、ほぼ間違いなく過失は認めらます。
しかし、今回のように、他社から提供を受けたコンテンツが実は著作権侵害コンテンツだった、という場合に過失が認められるかどうかは、簡単な問題ではありません。
今回はメディアの責任が問題となっていますが、同様の問題はいくらでも起こります。
たとえばこんなケースです。
サイト制作会社にウェブサイトの制作を発注したところ、制作会社が下請に制作を再委託し、当該下請業者が無断で画像をコピーしてサイトを制作して納品、当該サイトを公開して運用していたところ著作権侵害の指摘を受けた。
この場合に、下請業者が真っ黒なことは間違いないのですが、果たしてウェブサイトを発注した人にも「過失」はあるのでしょうか。
このようにコンテンツが転々流通するパターンの著作権侵害における「過失」というのは簡単に言うと「自らどこまで調査をすべきか、コンテンツの提供元をどこまで信頼することが許されるか」です。
■ 裁判例では、プロには「過失」が認められることが多い。
今回のように、他社から提供を受けたコンテンツが実は著作権侵害コンテンツだった、という場合に過失が認められるかどうかが争われた裁判例はいくつかあります。
そのような裁判例での結論は、大まかな傾向として
・ 一般的には、プロである出版者や放送局などには重い責任を課し、過失を認めるものがほとんど
・ そうでないケース(侵害者がプロではない場合)では過失が否定される場合もある
というものです。
また、メディアの責任については、非常に参考になる最高裁判例があります。
著作権侵害のケースではありませんが「報道機関が定評ある通信社から配信された記事をそのまま掲載したが、当該記事には名誉毀損表現が含まれていた。その場合に報道機関は責任を負うか」が問題になったケースです(最高裁平成14年1月29日判決、最高裁平成14年3月8日判決)。
名誉毀損のケースなので「過失」が直接問題になっているのではないのですが、本件と同じような構造の問題です。
この事件では最高裁は結論として
掲載記事が一般的に定評があるとされる通信社から配信された記事に基づくものであるという理由によっては報道機関は免責されない
として報道機関の責任を認めました(ただし、反対意見も付されています)。
今回のケースにも参考になる判断だと思います。
これらの裁判例を前提とすると、一般論として言えば、プロであるメディアにはそれなりの重さの調査義務が課され、プレスリリースをそのまま利用したからと言って免責されるとは限らない、ということになるのではないかと思います。
■ 「おたくま経済新聞」に過失はあるか
さて本件です。
はたして「おたくま経済新聞」に過失はあるのか。
これまでの裁判例の流れからすると、プロのメディアである「おたくま経済新聞」にもそれなりに重い責任(いいかえれば重い調査義務)が課されるのではないかと思います。
しかも、今回は、1カットであればともかく、1話まるごとがプレスリリースに掲載されたようですので、「おたくま経済新聞」は、より慎重に許諾の範囲を確認すべきだった、したがって、その点の調査を怠った「おたくま経済新聞」には原則として過失あり、という主張は説得力を持ちます。
もっとも、今回のケースは「ネット上に落ちていた画像を利用した」という単純なケースではありません。
「おたくま経済新聞」の記事は、単行本の出版者であるリイド社が出したプレスリリースに基づく記事です。これは非常に大きいポイントです。
「おたくま経済新聞」は以下のようにコメントしていますが、これは法的にはともかく、実情・慣行としてはそのとおりであると思います。
リリース配信された画像は記事にて使用可能というのが通例です。使用禁止の場合はそもそも配信されません。そのため今回のケースは初であり、今後につきましても受信する側では制御・対策の難しいところであります。
また、出版者と著者との間の契約では、今回のような広告宣伝目的でのコンテンツの利用は第三者への転載も含め無償許諾されていることがあるのではないかと思います。そのような許諾があれば、おたくま経済新聞の行為は当然許諾の範囲内になるので著作権侵害とはなりません。
しかし、今回はリイド社によると「著者から第三者への転載使用許諾を得ていない画像を掲載しておりました。」ということなので、リイド社と佐藤氏との間の契約が「リイド社自身が広告宣伝目的で当該画像を使用することはできるが、第三者に使用させることはできない」という契約内容だったのではないかと思います(推測ですが)。
「出版業界の契約慣行上、今回のような契約は特殊である」と言えるのであれば、「プレスリリースに特段の注意事項が記載されていない以上、それ以上の調査義務なし。」したがって「『おたくま経済新聞』に過失なし」という判断に傾くでしょう。
ですので、実際に裁判になった場合には、
原則、プロのメディアである「おたくま経済新聞」には過失あり。
ただし、本件記事が出版社自身のプレスリリースを元にした記事であるという特殊性は非常に大きなポイント。出版業界の契約慣行や、本件の契約が特殊であったことを「おたくま経済新聞」が裁判官に納得させられれば過失なし。
ということになるのではないかと思います。
■ まとめ
・ 今回の件で「おたくま経済新聞」が損害賠償責任を負うか否かは、「おたくま経済新聞」に「過失」があったか否かがポイント。
・ これまでの裁判例からすると、メディアがプレスリリースをそのまま利用したからと言って必ず「過失なし」とされるとは限らない。
・ したがってプロのメディアである「おたくま経済新聞」にはそれなりに重い調査義務が課され、原則として過失ありとされるのではないか。
・ ただし、本件記事が出版社自身のプレスリリースを元にした記事であるという特殊性は非常に大きなポイント。出版業界の契約慣行や、本件の契約が特殊であったことを「おたくま経済新聞」が裁判官に納得させられれば過失なしとされる可能性もある。
(弁護士柿沼太一)