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【スタートアップ資本政策連載・第7回】 大学とのライセンス契約交渉

アバター画像 柿沼太一

*本記事は「【連載】ストーリーを通じて学ぶスタートアップのための資本政策と資金調達手法」の第7回目の記事です。

 ディープテックスタートアップ(DTSU)のうち、大学発スタートアップでは、大学で発明された基本特許等の知的財産権を大学からライセンスしてもらうのが通常です。
 また、ライセンスの対価の一部を金銭ではなく、新株予約権を付与する方法により支払うケースも近時増えてきました。
 第7回「大学とのライセンス契約交渉」では、スタートアップが大学とライセンス交渉をする際の注意事項や、大学に新株予約権を付与する際の基本的な考え方について解説します。

▼ 背景
 EmoTechは、感情認識技術を駆使して人々のメンタルヘルスを支援するサービスを開発中ですが、川崎の出身大学であるA大学の研究室が保有する「高度な生体信号分析ハードウェア技術」の技術が必要不可欠です。
 この技術は、リアルタイムで人間の複数の生体信号を高精度に検出し、個人のストレスや不安状態を解析することが可能です。川崎の恩師である三島教授が主宰する研究室の技術であるため、まずは三島教授に直接会い、EmoTechとのライセンス契約について打診することにしました。

▼ 社内にて
大山:「川崎さん、A大学の生体信号分析技術、これは我々が進めている感情解析に不可欠な要素だよね。我々がEmoTechを創業したときから、いずれはこの技術を我々のサービスに組み込むべきだと思ってたんだけど、特にメンタルヘルス領域において、この技術は他の競合と差別化するための鍵になることは確実だと思う。大学からこの技術のライセンスを受けることで、さらに精度の高い感情認識ができるようになり、多くの人々に寄り添えるサービスが提供できるんじゃないかな。」

川崎:「同感。私が三島先生の研究室で得た知見や、先生が長年培ってきた技術を応用することで、EmoTechが目指している目標に確実に近づけると思っています。三島先生は、単なる技術者というよりも、この技術に込めた想いが非常に強い方で、社会貢献を意識して研究を進めてきた経緯もあるの。先生にとってもEmoTechの理念には共感してもらえるはず。」

佐々木:「それなら、きっと三島先生も我々のビジョンに賛同してくれるんじゃないか?今回の面会では、EmoTechがどう社会に貢献しようとしているのかをしっかり伝える必要があるね。先生の研究成果をどう活かして、どんな新しい価値を生み出そうとしているのか、具体的に説明しよう。」

【解説】
 ディープテック・スタートアップ(DTSU)においては、大学発の技術(特許権)を基礎技術として利用することも多くあります。その場合、当該大学の特許権の譲渡を受けたり、独占的なライセンスを受ける必要があります。
 どのような条件で大学から特許権のライセンス等を受けるかは、DTSUにとってその後の研究開発の進め方や、事業計画、利益計画に非常に重要な影響を及ぼします。また、有利な内容のライセンス契約であればDTSUの企業価値の大きさに直結しますし、当該ライセンス契約の内容はDTSUが将来上場する際の上場審査にも影響します。
 したがって大学とのライセンス契約交渉はDTSUにとっては非常に重要な契約交渉と言えるでしょう。
 通常、大学には産学連携本部(名称は大学によって様々です)があり、企業との間の契約交渉は当該連携本部が窓口になって対応しますが、EmoTechのように、当該技術の発明者である大学の先生とつながりがあるDTSUの場合、まずはつながりがある先生にコンタクトをとることがスムーズです。

▼ 三島教授との会話

川崎:「三島先生、お久しぶりです。実は、私も創業者の一人であるEmoTechで感情認識技術を用いた新しいサービスを開発しており、人々のメンタルヘルスを支援するという目標のもと、プロジェクトを進めています。三島先生の研究室でのご指導のおかげで、私はハードウェア技術の深い知識を得ることができました。今回のご相談は、先生の研究で開発された生体信号解析の特許について、ライセンスをぜひ受けたいと思っております。先生の技術を使うことで、私たちが提供できるサポートは飛躍的に向上し、必要とされる人に届くサービスにできるはずです。」

三島教授:「川崎君、成長したね。君がEmoTechでこんなに素晴らしい事業を立ち上げていると聞いて、とても誇らしい気持ちだよ。私の研究が、社会に実際の価値として還元されることが何よりの喜びだ。技術者として、やはり自分の研究が実生活の中で役立っていると実感できる瞬間が、最高の報酬だからね。ただ、この特許は発明者は私だが、特許権の名義は大学なので、今後のライセンス交渉については、産学連携担当の黒田さんが対応することになる。もちろん、川崎さんの会社だから私もできるだけサポートさせて貰いますよ。」

川崎:「ありがとうございます!。先生が私に教えてくれた知識や姿勢を、こうしてEmoTechという形で社会に貢献できるようにするのが私の夢でした。大学と良い関係を築きながら進めていけるよう、しっかり取り組みます。」

【解説】
 幸い三島先生はEmoTechに協力的なようです。
 今後、特許のライセンス交渉は産学連携担当の方と行うことになります。
 もっとも、ある技術をベースにDTSUが研究開発や社会実装を進めていく場合、当該技術に関する特許のライセンスを受けるだけでは不十分なことがあります。
 特許化されている(特許明細に記載されている)技術は、実は技術の一部分に過ぎず、実際には、当該技術をよく理解している発明者からのサポートやノウハウ提供がないと、当該技術を完全には実施できないと言うことは良くあるためです。
 そのような場合には、当該技術の発明者である研究者との間でノウハウ提供契約や技術指導契約を締結しサポートをして貰う必要があります。
 今回は、EmoTechと三島先生との間ではそのような契約は結ばないのですが、実際には研究者の方との間でそのような契約を締結することもよくありますので、留意してください。

▼ A大学の産学連携担当者黒田氏と大山との交渉

大山:「黒田さん、改めて私たちEmoTechの取り組みについてお話させていただきたいと思います。私たちは人々の感情を理解し、適切なサポートを提供することで、メンタルヘルスの改善に貢献することを目指しています。そのためには三島先生の特許が非常に重要です。もし可能であれば、上場を見据えた形で当該特許権の譲渡を受けることで、会社としての基盤を強固にし、さらなる信頼性を得られると考えています。」

黒田:「大山さん、素晴らしい取り組みですね。EmoTechのビジョンにも非常に共感しますし、大学側も産学連携を通じて社会に価値を還元することを目指しています。しかし、残念ながらA大学では特許権の譲渡には基本的に対応していません。大学の知的財産は将来的にも広く社会に貢献するための財産と考えているため、現在はライセンス契約を前提とした形でのみ対応しております。」

大山:「そうですか。譲渡が難しいのは承知しました。では専用実施権の設定はいかがでしょうか。」

黒田:「専用実施権・・・・?うちの大学では、通常は独占的通常実施権しか設定しておらず、専用実施権を設定したことはないのですが。。。大学にとってどのようなメリット/デメリットがあるか教えて貰えますか。」

【解説】 
 大学の技術をDTSUが利用する場合、DTSUとして第一の選択肢となるのは、大学の特許権を譲り受けることです。 
 たとえば、「2024新規上場ガイドブック(グロース市場編) 」(東京証券取引所)の「VI 上場審査に関するQ&A」Q52には、「他者が保有する特定の知的財産権を契約により独占的に利用して主要な事業が行われている企業については、当該知的財産権にかかる契約が解除された場合には事業の継続が困難になる等の理由から、上場に際しては、原則として、当該知的財産権を保有先から譲り受け、自社で保有することが望まれます。」とされています。
 もっとも、実際には、同QAにも記載があるように、DTSUが大学から大学保有特許(大学単独帰属特許や、共有特許の大学持分)を譲り受けるのには非常に高いハードルがあるのが実情であり、たとえば東京大学は、特許権は譲渡しないポリシーのようです1参考:内閣府 知的財産戦略推進事務局での議論(https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/startup/dai3/siryou4.pdf)
「東京大学は、特許は譲渡しないポリシー。理由は単純で、確実に事業化するなら譲渡してもいいが、事業化しなかったら死蔵化してしまうため。これは結構クリティカルな問題であるというのは、御理解いただければ。我々は専用実施権を設定してもいいのではないかと考えている。譲渡しているのとほぼ同じ意味合いになるし、第三者が特許侵害したときに差止請求権も持てる。」

 特許権の譲受けが難しいのであれば、独占ライセンス(実施権)交渉を行うことになります。
 独占ライセンスの種類は、専用実施権(特許法77条)と独占的通常実施権に分かれます。両者の相違点はいくつかありますが(専用実施権の設定には登録が必要等)、最大の相違点は、「専用実施権を設定すると、専用実施権者(ライセンシー)自身が自己の名前で特許侵害に対して権利行使(差止請求や損害賠償請求等)をすることができる」という点です。
 この点は非常に大きな相違点です。
 つまり、ある特許権についてライセンス契約を締結した後、第三者が当該特許権の侵害行為を行った場合、独占的通常実施権の場合、ライセンシーはライセンサーに対して権利行使をすることを要請するところまでしかできないのです2ただし、独占的通常実施権の場合でも債権者代位権の転用によって、ライセンシー自身がライセンサーが有する差止請求権等を代位行使できるという説もあります。
 特に、大学が単独保有する特許権のライセンスを受けた場合にこの問題が大きな問題となります。
 一般的に言って、日本の大学は仮に特許権侵害が生じたとしても、権利行使をすることに対して非常に消極的だからです。つまり、DTSUがせっかく苦労して大学との間で独占的通常実施契約を締結したとしても、結局「侵害され放題」ということになりかねないのです。
 先ほど紹介した「2024新規上場ガイドブック(グロース市場編)」「VI 上場審査に関するQ&A(2)大学発ベンチャーについて」Q52で、特許権の譲渡を受けられない場合には「専用実施権の付与を受けることにより、申請会社が排他的に当該知的財産権を利用でき、また、申請会社自身が特許等侵害に対抗できるような契約になっていますか。」と記載されているのは、このような趣旨からです。
 そのため、DTSUとしては、大学から特許権の譲渡を受けられず独占ライセンスを受ける際には、独占的通常実施権ではなく専用実施権の設定を受けることを目指すべきです3平成20年特許法の改正により、出願後設定登録をされるまでの特許を受ける権利(特許出願)について、「仮専用実施権」を設定できるようになりました。仮専用実施権を設定した場合、設定登録前には独占的効力などはありませんが、設定登録された場合には専用実施権となるべき権利についての対抗力を取得することができます。

▼ A大学産学連携担当者黒田氏と大山との交渉

大山「専用実施権を設定していただくことで、EmoTechは安心して事業を進めることができます。というのも、専用実施権であれば、EmoTech自身が特許侵害に対して権利行使できるからです。実は、これがEmoTechにとって非常に重要なんです。」

黒田「なるほど、権利行使ですか。しかし、EmoTechが自身が権利行使を行うとなると、大学側に迷惑がかかる可能性もあるのではないでしょうか?」

大山「いえ、そんなことはありません。むしろ、専用実施権を設定することで、大学側にとってもメリットがあります。例えば、第三者が特許侵害を行った場合、専用実施権を競って頂いていればEmoTechが直接権利行使を行うことができ、大学側の負担を軽減することができます。一方、独占的通常実施権ですと、通常はEmoTech自身が権利行使をすることは出来ず、大学に権利行使をお願いすることになります。」

黒田「なるほど、大学が特許権侵害者に対して訴訟提起を行うことは確かに現実的ではないですからね。。。。専用実施権を設定することで、大学側にもメリットがあることがわかりました。仮に専用実施権を設定する場合、具体的にはどのような経済的条件をお考えですか」

大山「大学側が当該特許の取得に要した実費を一時金としてお支払いし、以後売上高に応じたロイヤリティをお支払いすることを考えています。」

黒田「なるほど。そうしましたら、大学としては、一時金として、大学が当該特許の取得に要した実費である500万円を頂戴し、あとは売上高の10%をランニングロイヤリティとしてお支払いいただくことを考えております。」

大山「500万円に、売上高の10%ですか。。。。。かなり高いですね。正直言ってうちにとっては非常に厳しいです。一度社内で検討し、改めてご連絡させていただきます。」

【解説】
 なんとか専用実施権の設定には納得して貰ったのですが、次に対価をどう設定するかが大きな問題として立ちはだかりました。
 そこで大山は藤本さんにアドバイスを貰うことにしました。

大山「藤本さん、なんとか専用実施権の設定には大学側も納得してくれたのですが、対価として一時金500万円、ランニングロイヤリティ売上高の10%を要求されてしまいました。EmoTechの資金状況では、とても支払える金額ではありません。何か良い方法はないでしょうか?」

藤本「なるほど、かなり高額だね。一時金やランニングロイヤリティの支払いのためにをEmoTechの新株予約権を大学に付与することを検討してみてはどう?」

大山「新株予約権ですか?」

藤本「そう。大学に新株予約権を付与することで、大学側はEmoTechの将来的な成長によるキャピタルゲインを得られる可能性があるよね。大学側にとって魅力的な提案となるはずだよ。」「大学側との交渉では、新株予約権のメリットをしっかりと説明することが重要。特に、大学側が得られる追加的な利益(アップサイド)について、強調するといいね。」

大山「追加的な利益(アップサイド)ですか?」

藤本「うん。通常の現金によるランニングロイヤリティ支払いでは、大学はEmoTech自身が事業から直接得る売上の一定割合を受け取るだけだよね。一方、新株予約権を付与した場合、EmoTechの企業価値の増加は大学にとっても直接的な利益となる。EmoTechが全体として成長し、企業価値が上昇すると、新株予約権の価値も増加し、それによって大学が得る金銭的利益も増加することなるんだよね。」

大山「なるほど。つまり、新株予約権を付与することで、大学はEmoTechの成功によるアップサイドを享受するチャンスを得られるということですね。」

藤本「その、そのとおり。この点を大学側に説明することで、新株予約権の採用が単なるEmoTech側の都合ではなく、大学の収益増加にも寄与する戦略的選択であることを強調することができんじゃないかな。」

大山「ありがとうございます、藤本さん。新株予約権の付与について、大学側と交渉してみます。」

【解説】
 DTSU(特に大学発スタートアップ)の場合、一時金やランニングロイヤリティの一部を、新株予約権(ストックオプション)を大学に割り当てる方法で支払うケースが増加しています。
 これは、特に創業間もなく現金が乏しい大学発スタートアップが大学から大学知財のライセンスを受けるに際しての資金負担を軽減し、スタートアップの成長につなげるために行われるものです。
 大学にとってもロイヤリティの一部を新株予約権で受け取ること(SOスキーム)には大きなメリットがあります。概要は藤本が解説しているとおりですが、もう少し補足します。

① メリット1:DTSUの成長による企業価値向上全体を享受できる

 ある特定の大学知財に関するライセンス契約は、当該大学知財を実施することのライセンスですので、当該ライセンス契約におけるRRを現金で支払う場合、RRの計算式としては「当該大学知財を実施することで得られた売上(利益)×●%」という契約を結びます。
 しかし、DTSUの成長過程においては、当該大学知財を実施する事業自体が不振に陥る、あるいはDTSのピボットにより、当該大学知財を利用する事業を行わなくなるという事態が生じ得ます。その場合、「当該大学知財を実施することで得られた売上(利益)×●%」という計算式でRRを定めている場合、大学が得られるRRは大幅に減少したり、場合によっては0になることがあります。
 一方、SOスキームの場合、「DTSUの特定の事業から生じる売上(利益)に対する一定のパーセンテージ」に応じた実施料ではなく「DTSU全体の成長に伴うDTSUの企業価値上昇」に応じた実施料を受領していることになります。つまり、SOスキームは、DTSU全体が成長している限り、DTSUにおける特定の事業の好調・不調、あるいはピボットの有無の影響をうけないということになります。
これを別の言葉で言い換えると、SOスキームは大学にとってリスク分散の観点から有利だということです。
 従来のランニングロイヤリティベースの契約では、その特定の技術・知財を利用した事業が市場で成功するかどうかに大きく依存していますが、SOスキームではDTSの全体的な成功に焦点を当てるため、一つの技術や製品に依存するリスクを軽減できるのです。

② メリット2:大学側が得られる追加的な利益(アップサイド)

 加えて、RRを現金でのみ支払う場合とSOスキームとを比較すると、前者では大学側が得られる追加的利益(アップサイド)が限定されるという点が重要です。
 通常の現金によるランニングロイヤリティ支払いでは、大学はDTSU自身が事業から直接得る売上の一定割合をDTSUから受け取るだけです。
 このスキームは、DTSUの事業が成功して売上が増加すれば、それに応じてロイヤリティ収入も増加するという直接的な関連がありますが、DTSUの企業価値の全体的な増加に伴う追加的な利益(アップサイド)を大学側が享受することはできません。
 DTSUが事業の拡大や戦略的な投資によって企業価値を高めた場合、その価値の増加分はロイヤリティ計算には反映されないためです。そのため、RRを現金でのみ支払う場合、大学はDTSUの成功から生じる潜在的な追加収益を逃すことになります。
 対照的に、SOスキームを採用した場合、DTSUの企業価値の増加は大学にとっても直接的な利益となります。DTSUが全体として成長し、企業価値が上昇すると、SOの価値も増加し、それによって大学が得る金銭的利益も増加することになります。
 このように、SOスキームは、大学にとってDTSUの成功によるアップサイドを享受するチャンスを提供し、より大きな収益を見込むことができるのです。
 この点を大学側に説明することで、SOスキームの採用が単なるDTSU側の都合(SO発行時の資金不足の解決策)ではなく、大学の収益増加にも寄与する戦略的選択であることを強調することができると思われます。

大山「黒田さん、専用実施権の対価についてですが、EmoTechとしては、一時金は現金で支払わせていただきます。ただし、ランニングロイヤリティについては、現金ではなく新株予約権で支払いたいと考えています。」

黒田「新株予約権ですか?それは、どういうことでしょうか?」

(大山:大学が新株予約権の付与を受けるメリットを説明)

黒田「わかりました。新株予約権の付与は、大学にとってもメリットがあることですね。ただ、一時金については大学がこれまで特許権の取得、維持に要した部分なので、現金支払いでないと受け入れが出来ません。新株予約権の付与が可能なのはランニングロイヤルティ部分だけですが、具体的にランニングロイヤリティとして新株予約権を何個付与していただけるのでしょうか?」

大山「うちはまだ創業間もない会社ですし、新株予約権の価格を現時点で正確に算定することは困難です。そのため、現時点で具体的な付与個数を決定するのは難しいのですが、EmoTechは近い将来VCから投資を受ける予定ですので、その段階で、新株予約権の価格とA大学への付与個数を決定させていただけないでしょうか? VCによる企業価値評価に基づいて、A大学にとって合理的な条件を提示できると考えています。」

黒田「なるほど。VCによる企業価値評価に基づいて新株予約権の価格と個数を決定するというのは、合理的ですね。その提案であれば、大学側としても受け入れ可能です。」

大山「ありがとうございます!そうしたら、ライセンス契約においては、一時金は現金でお支払いすることとし、ランニングロイヤリティは新株予約権を大学に付与することで支払う旨の合意をさせていただければと思います。新株予約権の付与個数は、後日当方がVCから投資を受ける段階で大学と改めて交渉・合意させていただければと思います。」

【解説】
 DTSUが新株予約権でライセンス料を支払う交渉をする場合、もっとも難航するのは「ライセンス料として大学に新株予約権を何個付与するか」です。
 未公開企業の新株予約権の公正価値の評価は困難であり、それを正確に見積もるには、金融工学的なモデルを用いて専門家が検討を行う必要があります。ただ、そのような専門家に依頼して新株予約権の価値評価を行うためには多額の費用が必要であることから、実際にはそのような検討が行われるケースはほとんどありません。
 そのため、実際によく用いられる手法は、新株予約権の価格算定のタイミングを後回し(VC等による増資を経たタイミング)にする方法です。具体的には「ライセンス契約締結時に対価として新株予約権を付与することのみ合意し、付与個数については、VC等による増資を経た後のタイミングで個数を決定する」という方法です4経済産業省「大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き」p25
 DTSUがVCから投資を受ける際には、通常DTSUの企業価値(=株価)を簡易的に算定・合意し、当該株価を元に投資条件を合意しますので、そこで第三者であるVCと合意した株価を、ライセンス契約における新株予約権の発行個数算定にも使うということです。
 今回もそのような条件で合意が成立しそうです。
 なお、今回のように、付与個数についてVC等による増資を経た後のタイミングで個数を決定する場合の、ライセンス契約における具体的な契約条項例は以下のとおりです5特許庁オープンイノベーションモデル契約書Ver2.1(大学編:大学・大学発ベンチャー)・ライセンス契約書(大学編:大学・大学発ベンチャー)第5条

第5条 甲は、乙に対し、第2条に基づく専用実施権【独占的通常実施権】の設定、第3条に基づく実施許諾および前条に基づく第三者への実施許諾の対価として以下の各号に定める対価による支払いをなすものとする。
① ●円
② 新株予約権(新株予約権1個の目的である株式の数は1株とし、新株予約権の個数については甲が外部の投資機関より最初に投資を受けた時点で、その内容を受けて決定する。●年●月末日までに投資を受けなかった場合は、乙が●個の新株予約権を●年●月末日までに受け取るものとする。)
2 前項1号の対価は、本契約締結後30日以内に支払うものとする。
3 甲、乙に対し、本条第1項1号の対価を乙が指定する銀行口座振込送金の方法により支払う。これにかかる振込手数料は乙が負担するものとする。
4 本条の対価の遅延損害金は年14.6%とする。

 上記ライセンス契約書の契約条項例は、筆写も関与した特許庁オープンイノベーションモデル契約書Ver2.1(大学編:大学・大学発ベンチャー)・ライセンス契約書(大学編:大学・大学発ベンチャー)の第5条です。
 特許庁は、オープンイノベーションポータルサイトで、DTSU向けのモデル契約書やマナーブックなど各種資料を公開しています。
 具体的なシナリオをベースにした、非常に詳細な解説付きのモデル契約書であり、定期的にアップデートされて現時点での最新の知見が盛り込まれていますので、DTSUのみなさんは是非参照してみてください。

【参考】
特許庁オープンイノベーションポータルサイト