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バイオ・機械等技術系企業法務 ヘルスケア スタートアップ

研究開発型スタートアップ・大学発スタートアップが押さえておくべき政府系ガイドライン・報告書・モデル契約(2022.5時点)

アバター画像 柿沼太一

ご存じの方も多いと思うのですが、政府は、研究開発型スタートアップ・大学発スタートアップ向けのガイドライン・手引き・報告書・モデル契約などを精力的に作成・公表しています。
現場の声を丹念に拾い上げたもの、高い専門性を持つ有識者が精魂込めて作成したもの、行政としてかなり踏み込んだ見解を記載したものなど様々です。

ただ、残念なのは、各省庁がバラバラに(私が知らないだけかもしれませんが)公表しているが故に、それらを一元的に確認することが難しい点です。
誰かがまとめてくれないかなと思っていましたが、ゴールデンウィークで時間があったので、自分でまとめてみました。
時間をかけて、できる限り網羅的に調査をしましたが、もしかしたら漏れがあるかもしれません。
「これ漏らしちゃダメでしょ」と思う方は、そっと教えてください。

Contents

1 全体像

全体像は以下の図のとおりです。

(1) 分類軸

分類の軸は「スタートアップの交渉相手が事業会社・VCか、大学か」と「スタートアップの交渉領域が取引(共同開発・ライセンス等)か、出資・新株予約権等か」の2軸です。
つまり以下の4つの領域があることになります。

・ 交渉相手:事業会社・VC × 交渉領域:取引
・ 交渉相手:事業会社・VC × 交渉領域:出資・新株予約権等
・ 交渉相手:大学     × 交渉領域:取引
・ 交渉相手:大学     × 交渉領域:出資・新株予約権等

このうち「交渉相手:大学×交渉領域:出資・新株予約権等」については「そんな領域あるの?」と思われる方がおられるかもしれませんが、大学発スタートアップが大学保有の知財についてのライセンスを受ける際、ライセンスフィーの一部を現金ではなく新株予約権で支払うという実例が近時増加しており、その点に関する資料です。 

(2) 調査・整理方針

・ 調査時点:2022年5月1日
・ 概ね2017年以降に公表された、スタートアップ向け、特に研究開発型スタートアップ・大学発スタートアップ向けの政府系ガイドライン・手引き・報告書・モデル契約を調査対象としました(ただしスタートアップ全般向けのものも含まれています。)
・ 調査したものの中から重要と思われるものを14個ピックアップして冒頭の図にプロットし、さらに独断により、重要度で各ガイドライン等を色分けをしました。濃い色のものほど重要だと考えております1ちなみに、自分が作成に関与したものが全て濃い色になっているのはご容赦ください
・ 領域が複数にまたがっているものはそれが判るように冒頭の図にプロットしてあります。
・ 特定の技術領域(モノづくり・AI等)を対象としたものは別にまとめてあります。最後の「技術分野別ガイドライン等」をご覧下さい。

では早速1つ1つ見ていきましょう~

■ 事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携のための手引き(初版)(2017、経済産業省)

*初版~第三版まで発行されていますが、第二版、第三版はどちらかというと事業会社向けの内容なので、初版について紹介します。

【リンク】

 手引き本体

【ポイント】

・ 事業会社と研究開発型ベンチャー企業の連携について、「戦略策定~オープンディスカッションまで」「契約交渉」「契約開始から次フェーズの意思決定まで」「事業シナジー発揮/再チャレンジ」の各フェーズに分解してそれぞれのフェーズで注意すべき事項を列挙している。
・ 事業会社側と研究開発型スタートアップ側の双方の視点からのポイントをそれぞれ列挙しているが、どちらかというと事業会社側視点のポイントが多い印象。以下、研究開発型スタートアップにとって重要と思われるポイントを紹介する。
  ① 「戦略策定からオープンディスカッションまで」
 研究開発型ベンチャー企業は、中長期的な事業展開を見据えて連携すべき事業会社を選別することが重要となるが、先行企業としてPFN(Preferred Networks)が事業領域(モビリティ、産業用ロボット等)ごとに異なるパートナーと連携している例が紹介されており参考になる(P41)
  ② 「契約交渉」
 先行企業の取り組みとして「短期資金獲得だけでなく将来の事業化を見据えた権利交渉のポイント」のスライド(P54)がアライアンスのバリエーションを複数紹介しており参考になる。
  ③ 「契約開始~次フェーズの意思決定」
 特になし。
  ④ 「事業シナジー発揮/再チャレンジ」
 事業展開フェーズに関する各種契約(ライセンス契約、共同事業契約、販売代理店契約等)では、「事業がうまくいくことを前提にした条項」だけでなく、「事業がうまく行かなかった場合の条項」も重要。「一度開始した連携プロジェクトの成功の見込みが薄くなった場合の対処」として、連携内容の見直しを可能とする契約上の規定(リカバリープランの策定、転換条項、契約解除条項)を複数紹介しており(P67)参考になる。

■ 研究開発型ベンチャー企業と事業会社の連携加速に向けた調査報告書(2020.03)

【リンク】

 調査報告書本体

【ポイント】

・ 研究開発型ベンチャー企業のうち、AI、ロボティクス、素材、バイオ・創薬・医療機器の各領域を対象にした調査報告書。
・ NDA、PoC契約、共同研究開発契約の各契約締結交渉においてスタートアップに不利な契約条項が交渉相手から提示された場合に、各スタートアップが実際にどのように打ち返しているかの具体的対応方法が紹介されており、かなり参考になる。

■ スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書(2020.11.27、公正取引委員会)

【リンク】

公表ページ
調査報告書本体

【ポイント】

1 スタートアップと連携事業者(スタートアップとの事業連携を目的とした事業者)との各種取引(NDA、PoC、共同研究開発、ライセンス、及び出資契約についてのトラブル事例についてP38~P56で紹介されている。基本的にスタートアップ側の言い分がベースになっているものであり、その点は差し引いて読む必要があるし、ここまで酷い事例は最近少なくなっている印象もある。もっとも、具体的なトラブル事例が豊富に掲載されており、「こういうことが起こる可能性がある」ということを知っておくだけでも大きなアドバンテージとなる。
2 1のトラブル事例に関して、独占禁止法違反の可能性があるパターンをその理由と共に列挙(P70~85)。サマリーとしては「(印刷用)報告書概要(要約)(PDF:1,016KB)」のP7~P16が一読しやすい。この内容を知っておくと、事業会社との間の取引条件や出資条件についての契約交渉において同様のパターンが出てきた際に役立つこともあると思われる。もっとも、関係が破綻した後であればともかく、契約締結交渉中に正面から独禁法違反の主張をすることが最善手かどうかはよく考えた方が良い。主張の内容や主張のタイミングには細心の注意が必要
3 この報告書を読むと「どんなことが起こるか」と「独禁法という最終兵器の使い方」について知ることができる。「ではどうやったらこの問題事例を解決できるか」については次の「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針」を参照。

■ スタートアップとの事業連携に関する指針(別添)~オープンイノベーションの契約にかかる基本的な考え方~(2021.3.29、経済産業省)

【リンク】

 指針本体

【ポイント】

 わずか5頁の報告書であり具体的な調査やモデル文例等が掲載されているわけではないが、スタートアップと事業会社の間のオープンイノベーションの中核部分である価値軸について説明したものであり必読。

■ スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針(2022.3.31、公正取引委員会・経済産業省)

【リンク】

公表ページ
指針本体

【ポイント】

・ 「スタートアップとの事業連携に関する指針(2021.3.29、公正取引委員会・経済産業省)」に、出資契約における問題事例と解決の方向性を追加して改訂したものである。
 この「指針(2021.3.29)」は、先ほど紹介した「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書(2020.11.27、公正取引委員会)」を受けて作成されたものであり、「実態調査報告書((2020.11.27)」→「事業連携に関する指針(2021.3.29」→「事業連携及び出資に関する指針(2022.3.31」の順に関連付けて作成されたものである。
 これらの関係性については概要資料の以下の図がわかりやすい。

【ポイント】

1 スタートアップとの事業連携に関する指針部分

 スタートアップと連携事業者との取引契約(NDA、PoC契約、共同研究契約及びライセンス契約)並びに出資者との出資契約について、(1)問題事例とその事例に対する独占禁止法上の考え方を整理するとともに、(2)それらについて問題の背景及び解決の方向性を示している。(1)は「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」とほぼ同内容であり(2)がこの指針の独自性の部分である。
 もっとも、(2)のメイン部分である「解決の方向性」部分には、具体的にどのような部分に留意して交渉し、契約書に落とし込むかが記載されているが、そのほとんどは2020年6月30日に公表された「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書(新素材編)ver1.0の各条項の解説部分がベースとなっている。
 つまり、2020年11月27日公表の「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書」が「問題事例」と「独禁法上という最終兵器の使い方」を明らかにし、2020年6月30日公表の「モデル契約書(新素材編)ver1.0」が「連携企業との契約交渉の仕方・具体的契約条項」を明らかにした。本指針は、その「問題事例」「独禁法上という最終兵器の使い方」「連携企業との契約交渉の仕方・具体的契約条項」を1つにまとめたものということになる。

2 スタートアップへの出資に関する指針部分

(1) 出資契約における問題事例と解決の方向性がP36以下に記載されているが、特に、よく起こりがちな株式買取請求権に関する問題(「買取請求権を背景とした不利益な要請」「著しく高額な価額での買取請求が可能な買取請求権の設定」「行使条件を満たさない買取請求権の行使」「個人への買取請求が可能な買取請求権」)については、「解決の方向性」がかなり具体的に記載されており役に立つ。
(2)以下の点を明記しているのが特徴的である。
 ・ 買取請求権の規定については、出資者とスタートアップ側が十分な協議の上、その行使条件については重大な表明保証違反や重大な契約違反に明確に限定すべきであり、また、行使を示唆しての不当な圧力を阻止するべきである(P45)。
 ・ 発行会社と経営株主の連帯責任を求める出資契約の条項については、グローバルな観点からはあまり例が無い、融資に関しては「法人と個人が明確に分離されている場合などに、経営者の個人保証を求めない」ことが融資慣行として浸透・定着している、発行会社との連帯責任を求める商慣行は、起業や企業経営へのインセンティブを阻害する、という点に鑑み、契約違反時の買取請求権は発行会社のみに限定し、経営株主等の個人を除いていくことが望ましい(P47)。

■ 研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver2.0(新素材編)(2022.3、特許庁・経産省)

【リンク】

公表ページ
各契約書

【ポイント】

・ 研究開発型スタートアップと事業会社間の連携に関するモデル契約集であり、NDA、PoC契約書、共同研究契約書、ライセンス契約書で構成されている。
・ 極めて具体的なシナリオを前提としていること、最新の実務慣行に沿った契約条項であること、契約書の各条項の詳細解説が付されていることが特徴である。
・ 研究開発型スタートアップにとっては必読。

■ コンバーティブル投資手段 活用ガイドライン(2020.12、経済産業省)

【リンク】

公表ページ
ガイドライン本体

【ポイント】

・ 出資関係に関するガイドラインである。
・ 出資関係のうち、特にコンバーティブル投資手段(株式発行ではなく新株予約権の発行による投資。当初は転換価額を決定せず、転換価額の算定式と転換条件(転換の発動条件)を決定して新株予約権を発行するもの)にフォーカスしたものである。
・ コンバーティブル投資手段のメリットは「厳格な企業価値評価の先延ばしが可能」「迅速な資金供給が可能」「柔軟なインセンティブが可能」。米国では利用が進んでいるが、日本では認知度が低く普及が進んでいない。そのため、事例分析を基に、阻害要因となっている実務処理の解説や、適切な利用に向けた交渉ポイント・実態調査に基づく相場水準等を解説している。
・ 様々な種類のコンバーティブル投資手段の比較表がわかりやすい(P33)
・ 大学発ベンチャーが大学に対してライセンスフィーを新株予約権で支払うことを主たる想定シーンとした資料ではないが、新株予約権がどのようなものかのイメージを掴む一助になる。

■ 「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」(2022.3.31、経産省)

【リンク】

公表ページ
本体

【ポイント】

・ 2018年3月に「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」が公表されたが、その後2022年3月に「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針(2022.3.31、公正取引委員会・経済産業省)」が公表されたのを受け、当該指針との整合性を確保するため、当該指針と同じ2022年3月31日に改訂された。したがって、この「留意事項」(2022年3月版)の内容は基本的には2018年3月時点のものである。
・ 2018年3月版と2022年3月版の差分は、2018年3月版では創業株主等個人への株式買取請求についての背景や考え方を記載していたが、2022年3月版では当該部分がカットされ「契約違反時の買取請求権は発行会社に対するもののみに限定し、経営株主等の個人に対するものは除いていくことが望ましい。」と明記された部分である(P32)
・ ベンチャー投資における投資契約等の構成、種類株式と投資契約等の関係、タームシートの内容について具体的かつわかりやすく記載した資料であり、重要性は高い。ただ、株式や資金調達の基礎を理解していないと読むのはちょっときついと思われるのと、基本的に2018年3月時点の実務を前提とした内容なのでその点には注意が必要である。
・ 「Ⅰ.投資契約」、「Ⅱ.株主間契約」、「Ⅲ.財産分配契約」の 3 種類の契約書を利用する場合におけるタームシートを、詳細な解説付で紹介しており、投資家から提案されたタームシートをスタートアップが読み解く際に役に立つ。

■ さくらツール(2016,2017 文部科学省)

【リンク】

公表ページ
さくらツール(個別型)総論
さくらツール(個別型)モデル契約一覧

【ポイント】

(1) さくらツールには、さくらツール(個別型)(2018年公表)と、さくらツール(コンソーシアム型)(2019年公表)があるが、研究開発型スタートアップの場合、まずは大学との間の1対1の契約であることが多いため、さくらツール(個別型)の方を参照すれば足りる。

大学からスタートアップへの技術移転を巡る障壁除去(2022年3月3日内閣府 知的財産戦略推進事務局)P25より。

(2) 後ほど紹介するとおり、研究開発型スタートアップと大学との間のモデル契約書として、オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(大学編)(2022.3 経産省・特許庁)がある。この「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(大学編)」と比較しての、さくらツールの特徴は以下のとおり。

 ・ 知財の帰属(企業or大学)、大学単独帰属の知財の企業による利用(非独占的利用・独占的利用等)、企業帰属の知財の大学による利用等で細かく場合分けをしており、考えられる全パターンを網羅している。
 ・ どの雛形を使うべきかについての考慮要素の説明がある
 ・ 英文契約雛形(しかもワード版!)がある

 したがって、研究開発型スタートアップは、まずオープンイノベーション促進のためのモデル契約書(大学編)を把握し、その上で不明点があれば、さくらツールを参照するという使い方が良いと思われる。

■ 大学による大学発ベンチャーの株式・新株予約権取得等に関する手引き~知的財産権のライセンスに伴う新株予約権の取得を中心に~(2019.5、経済産業省)

【リンク】

公表ページ
手引き本体

【ポイント】

・ 大学が大学発ベンチャーの株式・新株予約権を取得する場面はいくつかあるが、その中でも「大学が大学発スタートアップに対して知的財産権の譲渡やライセンスを行う際にスタートアップから新株予約権を取得する場面」にフォーカスした手引。
・ 読者層としては大学サイドが想定されているが、研究開発型スタートアップにとっても非常に参考になる。また、仮に交渉相手の大学がライセンスフィーとしての新株予約権取得に消極的・経験がない場合にはこの手引きの内容を使って説得することも考えられる。
・ よくある相談として、スタートアップが「新株予約権でライセンスフィーを支払いたい」と大学に伝えたところ、大学から「VCから投資を受けてキャッシュはあるのだからそのお金でライセンスフィーを支払って欲しい」と言われた、というものがある。この点については、この手引きに以下のとおりの記述があり、交渉に使える。
 

「株式又は新株予約権の取得及び保有に係るガイドライン」においては、株式・新株予約権を取得する対象について、「支援を行う国立大学法人等の研究成果を活用した事業の有望性が高い法人発ベンチャーであって、当該国立大学法人等による支援に対し、現金による支払を免除又は軽減することが当該ベンチャーの経営の加速のために特に必要と考えられる場合が対象になる」とされています。上記「現金による支払を免除又は軽減することが当該ベンチャーの経営の加速のために特に必要と考えられる場合」である基準については、ベンチャー企業の成り立ちや将来的な事業計画、また大学との関わりは多様であり、株式・新株予約権の取得の妥当性を画一的な基準で判断することは困難です。そのため、株式・新株予約権の取得可否の判断は、対象とする企業がその時点で保有しているキャッシュの多寡だけではなく、ライセンスに伴って現金による支払を免除又は軽減することがその企業の事業計画を勘案すると必要かどうか、また、企業側が希望しているかどうかという視点で検討することが適切であると言えます(太字は柿沼、手引きP19)

・ スタートアップにとっては新株予約権の発行(割当)条件(何個の新株予約権を発行(割当)すべきか、発行価額、行使価額等))の交渉が重要であるため、この部分(P24~P28)は熟読すべき。

■ 産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン【追補版】(2020.6.30、経済産業省・文部科学省)及びガイドラインを理解するためのFAQ(2022.3.18)

【リンク】

公表ページ
ガイドライン【追補版】本体
ガイドラインを理解するためのFAQ

【ポイント】

(1) 大学と企業との間の連携について、「大学等におけるボトルネックの解消に向けた処方箋」と、「産業界 /企業における課題と処方箋」に分けて解説したもの。
 「産業界 /企業における課題と処方箋」は主として大企業を対象とした内容であるため、スタートアップが参考にすべき部分は、「大学等におけるボトルネックの解消に向けた処方箋」のうち、大学と企業との間の共同研究における共同研究経費についての考え方の部分(P9~P27)である。
 この部分をまとめると以下のとおりである。
・ 大学と企業との間の共同研究における共同研究経費は、これまで「コストの積算」という考え方に基づいて算定されていたが、それは大学等が持つ「知」への価値付の評価方法としては不十分である。
 ・ そのため、「常勤教員の共同研究への関与時間に対する報酬(タイムチャージ)を料金に計上する。その際、実費弁償の考え方ではなく、「研究者の価値」等を考慮した高い水準の単価設定を行う(P12~18)」「共同研究により一定の成果を得たことについて評価し、成功報酬として支払う条項を設けるなど、成功報酬型の契約を導入する(P19)」「③  知的財産権のライセンス等や CIP の活用を通じて、ベンチャーの株式・新株予約権を取得する(P19)」「間接コストの比率の適正化や「戦略的産学連携経費」の導入を積極的に検討する(P22)」などの処方箋が記載されている。
(2) このような処方箋が記載されていることからわかるとおり、有り体に言えば大学側としては「企業との共同研究における研究費が安すぎる。これでは大学等が持つ「知」の価値付として十分ではない」という大きな不満を持っている。この点は、大学とスタートアップの関係というよりも大学と大企業との関係で問題となっている事柄だが、研究開発型スタートアップとしては、大学のそのような考え方や、共同研究経費の「適正化」の動きがあることを十分認識しつつ大学と契約交渉をする必要がある。

■ 大学ファクトブック2022(2022.3.18、経産省・文部科学省)

【リンク】

大学ファクトブック 

【ポイント】

・ 各大学(国公立大学及び私立大学)の、民間との共同研究件数・受託研究件数、特許出願・活用実績、戦略的産学連携経費の有無等がコンパクトにまとめられているので、連携先の各大学に関する基礎情報を知るのによい。

■ オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(大学編)(2022.3 経産省・特許庁)

公表ページ
契約書本体

【ポイント】

1 構成は以下のとおり。
(1) 大学・大学発スタートアップ間の契約
  ① ライセンス契約書
  ② 共同研究開発契約書
(2) 大学・事業会社間の契約
  ① 共同研究開発契約書
  ② コンソーシアム契約書
2 研究開発型スタートアップは、まずは「(1) 大学・大学発スタートアップ間の契約」を押さえて頂きたい。
(1)「① ライセンス契約書」は、大学教授の発明をベースに大学が出願・権利化した特許権について、大学発ベンチャーが譲受、あるいは独占ライセンスを受けるべく大学と交渉するシナリオである。「モデル契約Ver2.0(新素材編)」のライセンス契約は、「企業間のライセンス契約」かつ「VBがライセンサー」というシナリオだったが、こちらは「企業・大学間のライセンス契約」かつ「VBがライセンシー」というシナリオである。基本的には「モデル契約Ver2.0(新素材編)」をベースとしつつ、両者の相違に基づく契約内容の差分(専用実施権の設定、ライセンス料のSOでの支払、改良発明の扱い等)を意識するとわかりやすいと思われる。
(2)「② 共同研究開発契約書」は、対象特許権について無事大学とVBとの間でライセンス契約が締結された「後」に、対象特許発明を利用した製品の実用化に向けての大学とVBとの間の共同研究が行われるというシナリオである。「企業間の共同研究契約」である「モデル契約Ver2.0(新素材編)」の共同研究開発契約においては、知的財産権の帰属及び利用条件については、以下の合意内容を前提とした契約になっている。
 

・ 単独発明による成果物にかかる知的財産権は当該発明を行った当事者に単独帰属
 ・ 共同研究開発の成果物にかかる知的財産権はVBに単独帰属させた上で、事業会社に対して、一定期間・一定の領域において独占ライセンス(無償)

一方、「大学・VB間の共同研究契約」である本モデル契約においては、知的財産権の帰属及び利用条件については、以下の合意内容を前提とした契約になっている
 

・ 単独発明による成果物にかかる知的財産権は当該発明を行った当事者に単独帰属
 ・ 単独発明に該当しない発明等は共有。ただしVBは共有知財を自己実施及びライセンス可能だが大学は自己実施及びライセンス不可。
 ・ 共有知財の大学持分をVBはSOを対価として買取可能。

 モデル契約Ver2.0(新素材編)の共同研究開発契約とはかなり異なる条件だが、なぜそのような条件が合理的なのか、と具体的にどのような条項にすべきかについてはモデル契約(大学編)該当部分(P17~P23)を参照されたい。

■ スタートアップ・大学を中心とする知財エコシステムの強化に向けた施策の方向性(2022.4.28、内閣府知的財産戦略推進事務局)

【リンク】

公表ページ
報告書本体

【ポイント】

(1) 特許取得が必ずしも必須ではないIT・AI系スタートアップと異なり、特許をはじめとする知財戦略が非常に重要な意味を持つ「ディープテックやバイオメディカル分野のスタートアップ」と、技術シーズの源泉である「大学」にフォーカスした報告書である。以下、スタートアップにとっての重要ポイントをピックアップする。
(2) スタートアップが大学から知財の移転・ライセンスを受ける際にその対価として株式・新株予約権を活用しやすい環境整備
 大学等による株式・新株予約権の取得・保有に係る制限については、各種法令・ガイドラインが一定程度整備されているところだが、実際には大学の現場においては「株・新株予約権を取得できる対象(大学(法人)発ベンチャーの該当範囲等)が不明確」「大企業からの出資を受けていることをもって資力があると捉えられ、現金による対価支払いを求めるケースがある」などの問題点がある。そこで、スタートアップが大学から知財の移転・ライセンスを受ける際にその対価として株式・新株予約権を活用しやすい環境整備(各法令の見直しやガイドラインの作成など)をすべきである。
(3) 新株予約権の発行枠の問題
 日本においては、VCがスタートアップに出資する場合、希釈化防止条項の例外規定として、人材獲得のための新株予約権(ストックオプション)の発行枠について 10-15%を上限とする旨が規定される傾向があるとされる。スタートアップが大学からの知財移転のための新株予約権(ワラント)を発行する場合に当該上限が適用されてしまうと、スタートアップが大学等から機動的に知財の移転を受ける機会を失わせる可能性がある。そこで、スタートアップが大学からの知財移転のための新株予約権(ワラント)を発行することを希釈化防止条項の例外としつつ、「知財移転のための新株予約権(ワラント)のうち取締役全員の承諾を得たもの」と定款に規定するやり方が考えられる(VCがスタートアップに取締役を派遣している場合)。
(4) 大学の知財の強化
 スタートアップが大学から知財の譲渡・ライセンスを受ける場合、対象となる大学の知財が「事業化を見据えた強い権利」である必要がある。もっとも、大学の研究者による研究成果については、論文を発表する前の早いタイミングで特許出願をすることが必要となるため、事業化を見据えた質の高い明細書を作成することは困難である。こうした現状を打破するため、大学の研究成果について特許出願をする段階から、将来事業を遂行するスタートアップが当該出願に積極的に関与し、強い権利取得に向けて協力すべきである。

■ 小まとめ

 これまで説明してきたように、政府系の報告書やガイドラインは相互に一定の関係性を持ってることが多いです。一部の報告書等について、その関係性を簡易的に整理してみました。(上から下に向けて説明してきますが、必ずしも作成・公表の時系列順にはなっていません。)

 まず、スタートアップと連携事業者との取引・出資契約に関する問題事例と独禁法上の考え方を示したのが「スタートアップの取引慣行に関する実態調査報告書(2020.11.27)」です。
 それを受けて「スタートアップとの事業連携に関する指針(2021.3.31)が作成されました。さらに同「指針(2021.3.31)」が改訂され「スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針(2022.3.31)」が作成されました。
 この「指針(2022.3.31)」は取引(共同開発・ライセンス等)部分と出資部分で構成されていますので、図では分けて表示しています。
 さらに、「指針(2022.3.31)」の「別添」である「スタートアップとの事業連携に関する指針(別添)~オープンイノベーションの契約にかかる基本的な考え方~(2021.3.29)」においてオープンイノベーションの価値軸が説明されました。
 そして、「指針(2022.3.31)」の取引(共同開発・ライセンス等)部分をモデル契約にブレークダウンしたのが 一番下・左2つの「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver2.0(新素材編)(2022.3)」「オープンイノベーション促進のためのモデル契約書(大学編)(2022.3)」です。
 一方、「指針(2022.3.31)」の出資部分に関しては、モデル契約は公表されていないものの「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項(2022.3.31)」においてタームシートの条項例と解説が記載されています。
 「スタートアップ・大学を中心とする知財エコシステムの強化に向けた施策の方向性(2022.4.28、内閣府知的財産戦略推進事務局)」において言及されている「大学知財ガバナンスガイドライン(仮称)」も、この図の中に位置づけられることになると思います。

技術分野別ガイドライン等

■ ものづくりスタートアップのための契約ガイドライン&契約書フォーマット(2018~2022,経済産業省)

 ハードウェア系スタートアップ(もっとも、ハードのみを開発するスタートアップは存在しないであろうから、実際には「ソフトとハードを組み合わせたサービス・製品を武器とするスタートアップ」ということになる)のためのガイドライン・モデル契約である。ハードウェア系スタートアップには、設計・製造業者等の間の取引等、ソフトウェアスタートアップとは異なる「壁」があることから、その壁の乗り越え方について豊富なガイドライン・資料・モデル契約を紹介している。
 特に下記1~3はハードウェア系スタートアップにとって必読といえよう。

1 契約ガイドライン&契約書フォーマット(2018)

 ハードウェア系スタートアップが設計・製造業者との間で連携しながらモノづくりを進めるステップの全体像を紹介し、ステップごとの落とし穴とそれを回避するための契約内容について紹介したもの。

2 ケーススタディ(2018、2019)

 ハードウェア系スタートアップによる製品開発・量産化の過程を詳細に調査し、スタートアップが製造業との連携の場面において直面した課題や転機、そこから得た学びを整理したもの。2018年版と2019年版がある。

3 「ソフト・ハード融合」領域におけるスタートアップのための社会実装ガイドライン(本冊)及び連携のポイント(別冊)(いずれも2021.3)

 1のガイドラインが「モノづくり」部分(要求・要件定義、原理試作、量産設計・量産試作、(初期)量産)にフォーカスしたものであったのに対し、「モノづくり」後の「社会実装部分」(顧客実装、仕様変更・次世代機開発、販路開拓・拡販、ルール対応・メイキング)にフォーカスしたガイドラインである。1のガイドラインと同様、プロセスの概要、事前の検討内容、「あるある問題」と「対策・予防策」、具体事例を紹介しており参考になる。

4 ソフト・ハード融合スタートアップと共創パートナーの連携ケーススタディ(2022.3)

 3のガイドラインの続編の位置づけである。
 P15以降に、スタートアップと共創パートナーとの関係構築の実例について、かなり具体的に紹介されており参考になる。たとえば「スタートアップと地方自治体の協力による地域実証」「スタートアップと大企業との協力による実証・協業」「スタートアップと大学との間の共同研究」「スタートアップと海外市場を熟知する事業者との連携」など。内容的には、もはやソフト・ハード融合スタートアップに限定されない、スタートアップと共創パートナーとの連携全般に関する内容となっている。

■ 「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(経済産業省、2018.6、201.12)

「データ共用型(プラットフォーム型)契約モデル規約に関する作業部会有志報告書」(2020.3、経済産業省)

「農業分野における AI・データに関する契約ガイドライン」(2020.3、農林水産省)

■ 研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver2.0(AI編)(2022.3、特許庁・経産省)

最後に

 今回まとめてみて感じたのは、政府による充実した調査・有識者による最先端の議論がなされ、それが完成度の高い報告書・ガイドライン・モデル契約等として集約され公表されていることと、研究開発型スタートアップ・大学発スタートアップにとって、それらの各報告書・ガイドライン・モデル契約等のうち重要部分をきちんと押さえておくことは大きなアドバンテージとなるということです。
 今回の記事がその一助となれば幸いです。
 本記事は、今後も定期的に更新する予定です。

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