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作品を無断転載された同人作家は何ができるか:BL同人誌事件(知財高裁令和2年10月6日)評釈

アバター画像 坂田晃祐

はじめに

お初にお目にかかります。昨年12月よりSTORIAで弁護士として執務をしております、坂田晃祐(さかたこうすけ)と申します。よろしくお願いいたします。
元々はこの文章も個人的なブログに載せる予定で、所内で原案を公開したのですが、弊所柿沼・杉浦より事務所ブログに載せるよう厳命を受けましたので、こちらで公開させていただきます。ご笑覧いただければ幸いでございます。

さて、去る昨年10月、私の目にこのようなニュースが飛び込んできました。
知財高裁でBL同人作品の無断コピーは著作権侵害という当たり前の判決
当時はニュースを流し見して終わっていたのですが、改めて判決文を読んでみると興味深い判示もあり、また法律専門家だけでなく、二次創作をしている方にとっても重要な裁判例だと感じましたので、解説をしてみることにします。

判決文はこちらから読めます。

※弁護士・同人作家双方にとりわかりやすい文章とするよう心がけました。法的概念についてはできるだけ噛み砕いて説明しようと思いますが、分量の関係で割愛する部分もあります。また、特に著作権にお詳しい先生方にとっては冗長な記載が続くと思いますが、上記趣旨をご理解いただければ幸いです。

※本稿は個別の案件に対するアドバイスを含みません。ご自分の案件についてはお近くの弁護士にご相談いただくことをおすすめいたします。

専門用語集

同人:同じ目的や趣味を持っている人。同好の人。どうにん。
(出典:同人とは – Weblio辞書
このような同好の人が集って作った自家本を「同人誌」あるいは「同人雑誌」と呼ぶ。
(参考:同人雑誌とは – Weblio辞書
現在では、後述するアニメ・漫画の二次創作作品を「同人」と呼称することがあるが、原義からは少しズレた用法である。

二次創作:本稿では、主としてアニメ・漫画作品の設定・キャラクター等を借用して新たな作品を作成することを指す。たいていの場合、権利者(元となったアニメ・漫画作品の著作権者)からの許諾を得ずに作成されている。必ずしも原作たるアニメ・漫画作品のストーリーに沿うものが作成されるわけではない1例えば、二次創作作品において、あるキャラクターが原作では全く言っていない台詞を喋っているとします。このとき、二次創作作品の作家は適当にキャラクターに喋らせているわけではなく、「原作で出てないだけで絶対言ってる」という固い信念のもと、キャラクターに当該台詞を喋らせています。

BL:ボーイズラブ。男性同士の恋愛を題材にした作品。

すなわち、本稿にいう「BL同人誌」とは、
「男性同士の恋愛を題材にした、アニメ・漫画作品の二次創作作品。基本的に権利者の許諾を得ていない。必ずしも原作たるアニメ・漫画作品のストーリーに沿うものではないが、基本的には原作への理解に根ざしたものである」ものです。

事案の概要

本件は、BL同人作家である原告が、自己の著作物2法律上は、同人作家であっても、自分が作った同人誌については、著作権を有しています(原作の権利者の許諾を得ていなくても著作権は成立します)。このような、ある著作物を元にして新たに創作された著作物を、二次的著作物(著作権法2条1項11号)といいます。であるBL同人誌14冊を無断で自社運営サイト3被告が運営していたサイトは10以上ありましたが、いずれも無料ですべての漫画を閲覧でき、広告を掲載して収入を得られるといったものでした。に掲載していた会社代表者らに対し、損害賠償請求を行った事案4ちなみに、本件の原告(同人作家側)代理人は、電羊法律事務所の平野敬先生のようです(本件についてのねとらぼ記事参照)。平野先生はCoinhive事件の弁護人等、IT・コンテンツ分野で顕著な活躍をされておられます。Twitterも大変面白いです。です。

「会社?」と思うかもしれませんが、この会社は組織的に同人誌の違法アップロードを繰り返して収益を得ていたようです。原審判決5東京地裁令和2年2月14日判決。でも同様の認定がされ、原告が証拠として提出した以下のニュース記事が引用されています。

「同人誌ならグレーだから訴えられない」「駿河屋で買って自社で裁断」 被害続く“違法同人誌サイト”、法人運営の悪質手口を関係者に聞いた

争点①そもそも、同人作家は損害賠償できるか

同人作品の作者(同人作家)は、基本的にはアニメ・漫画の権利者に許可を取らずに同人作品を作成しています。とすると、同人作品は、原作アニメ・漫画の著作権を侵害しているような「気がします」
また、本件の同人作品は、いわゆる成人向け作品がほとんどでした。「えっちなのはいけないと思います」6『まほろまてぃっく』に登場する戦闘用アンドロイド「安藤まほろ」の名?台詞。と先人は言いましたが、このような成人向け作品を(原作者に無断で)書いて大丈夫なんでしょうか。

当事者は、以下のように主張しました。

被告の主張の要約

本件の同人作品は、いずれも原作アニメ・漫画の著作権を侵害しており、かつ原作者の意図を無視してわいせつ7被告らは、本件同人作品が刑法上の「わいせつ物」にあたるという主張もしています。しかし、被告らは自社HP上に本件同人作品をのっけているわけで、この主張は自爆なんじゃないかと思うのですが…警察来たらどうするつもりだったんでしょうか?にストーリーを変化させたものである。このような違法な行為をしている原告が、同人作品の著作権が侵害されたことを理由に損害賠償請求をすることは、権利の濫用(民法1条3項)として許されない。

権利があるからといって、無制限にその権利を行使できるわけではありません。権利を行使させると大きな不都合があるような場合や、権利を行使させるべきではないといえる特別の事情がある場合には、権利の行使は制限されます。これが「権利の濫用」という概念です。

被告は、「そもそも違法な行為をしてる原告が、自分の権利が害されたからって損害賠償できるのはおかしい」という主張をしているわけです8他人の同人誌を勝手に掲載して金儲けしておいて何を言うか、盗っ人猛々しい、とお怒りの方も多いかと思いますが、実は国内にも結論として類似の説があります。例えば、中山信弘教授は、原作者に無断で二次創作をした者は、そもそも自らも適法に原作を利用できないのであるから、自己の二次創作作品が無断で利用されたとしても損害が発生していないのではないかという問題提起をしています(中山信弘『著作権法 第3版』179頁)。

原告の主張の要約

①抽象的なキャラクターは著作物に該当しないから、単に元となった原作作品をあげるだけでは、本件同人作品が著作権侵害にあたるとはいえない。
②仮に本件同人作品が原作の著作権を侵害しているとしても、原告は法的救済を求めることができる9権利の濫用である、という被告主張に対する反論です。

ある程度著作権法にお詳しい方でなければ「なんのこっちゃ」となると思いますので、原告の主張を簡単に説明します。同人作家の人は頑張ってついてきてください。

キャラクターという概念は著作権法で保護されない

まず、「抽象的なキャラクターが著作物に該当しない」ことについては、最高裁判例10ポパイネクタイ事件最高裁判決。最高裁平成9年7月17日判決・民集51巻6号2714頁が存在します。

同判決では、著作権法上、著作物の定義が「思想又は感情を創作的に表現したもの」11著作権法2条1項1号であることに触れ、「具体的な漫画を離れ、右登場人物のいわゆるキャラクターをもって著作物ということはできない。」としました。

例えば、「ONE PIECEのルフィ」という言葉を聞いた我々は、麦わら帽子とか、赤チョッキとか、手足がびろーんとしている様子とか、「海賊王におれはなるっ!」とかを思い浮かべるわけですが、これらはあくまで抽象的な概念であって、具体的な表現ではありません。

「具体的な表現」というのは、尾田栄一郎先生が描いた漫画のコマにあらわれているルフィの絵柄であり、アニメスタッフが描いた一コマにあらわれているルフィの絵柄であるわけです。そして、著作権法は、抽象的な概念ではなく、具体的な絵柄を著作物として保護しているわけです。

「著作権を侵害している」という言葉の厳密な意味

上記のように、抽象的なキャラクターは著作物として保護されません。しかし、個々の具体的な表現は、著作物として保護されています。

つまり、誰かが無断でキャラクターの絵を販売した場合、キャラクターについての著作権を持っている人(作者・出版社等)は、「具体的な著作物がマネされている」ということを主張する必要があります。

例えば、キャラクターの出所が漫画作品であれば、「第○巻の×頁の△コマ目のキャラクターの絵」ということになります12この点はポパイネクタイ事件最高裁判決及び同判決調査官解説でも明記されています。ちなみに調査官はあの三村量一裁判官(当時。現・三村小松山縣法律事務所パートナー弁護士)です。

ここまできて、初めて原告の主張①の意味がわかります。原告は、「被告は単に原作の名前を挙げているだけで、具体的表現を挙げていないから、本件同人作品が著作権侵害にあたるとは立証されていない」という反論をしているわけですね。

というわけで、どうも具体的表現を指摘する必要があるようです。漫画であればコマ単位でわかりやすいですが、アニメの時ってどれを具体的表現とするんでしょうか?

争点②損害賠償請求できるとして、損害の額はいくらか

被告の主張

①本件同人作品の販売によって原告が得た利益は237万4680円である。本件同人作品は、即売会での販売が大半である同人誌であって、その内容がインターネット上に掲載されたことによる原告の損害が上記金額にほぼ匹敵する金額に上ることはあり得ない。
②したがって、本件においては、著作権法114条の5を適用すべきであり、上記金額の約1割に当たる20万円が一審原告の損害額である。

おそらく、同人に詳しくない人は①が、法律に詳しくない人は②がわからないと思われますので、分けてみていきましょう。

①についてー同人誌がやり取りされるタイミング

同人誌というのは、一般的には即売会13ある会場を貸し切り、同人誌を頒布するイベント。「コミックマーケット」「コミックシティ」「コミティア」等が著名。余談ですが、本記事執筆時点(2021年5月11日)では、東京都等に緊急事態宣言が発令されたことに伴ってこうしたイベントも延期・中止の憂き目にあっております。一刻も早い感染収束を祈っております。でやりとりがされます。後に通販・ダウンロード販売の委託14こうした委託を請け負っているショップとして、「とらのあな」「メロンブックス」「booth」等があります。がされることもありますが、同人作品が頒布されるタイミングは基本的には当該即売会での一回限りです15地裁判決では、本件同人作品は即売会による販売が全体の1/3を占めること、作品の販売後数ヶ月経過してから月間販売数が急激に減少することが指摘されています。

つまり、被告は「即売会後に同人誌が売れることなんてそんなにないんだから、即売会後にインターネット上に本件同人作品が掲載されたとしても、掲載後に原告が得るはずであった利益が、即売会での利益(237万4680円)を上回ることなんてないよね」と言っているわけです。

②についてー著作権法114条の5

114条の5は、以下のような規定です。

著作権、出版権又は著作隣接権の侵害に係る訴訟において、損害が生じたことが認められる場合において、損害額を立証するために必要な事実を立証することが当該事実の性質上極めて困難であるときは、裁判所は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき、相当な損害額を認定することができる。

著作権侵害による損害賠償請求をするとき、損害が生じたことは明らかですが、損害の額(損害の金銭的評価、と言い換えてもよいかもしれません)を算定することが困難な場合がしばしばあります。このとき、著作権法114条の5は、「額が特定できないときは、裁判所がえいや!で額を決めてもいいですよ」と定めているわけです。

被告は、「今回は損害賠償の額が特定できないので、裁判所にえいや!で決めてほしいです。また、即売会後に同人誌が売れることなんてそもそも稀なんだから、原告が得るべき賠償額は、せいぜい即売会で得た利益の10%ぐらいじゃないですか?」と言っている、ということになります。

原告の主張

地裁判決は、①被告が運営していたサイトには、無料閲覧目的(購入してまでは閲覧しない)の来訪者が相当数存在し、PV数全てが原告の潜在的顧客であるとはいえない、②そもそも、本件同人作品の販売方法の性質上、発売数カ月後に月間販売数が急激に減少する傾向にあったとして、著作権法114条1項但書を適用し、各漫画のPV数に本件同人作品の単価を乗じた額の1割を損害として認定したが、不当である。
①について、被告がサイトはいずれもBL同人誌のみを掲載するものであり、当該サイトのPV数は全て原告の潜在的顧客である。また、無料閲覧目的の来訪者が相当数存在するという事実は、証拠により何ら裏付けられていない。
②について、本件同人作品は、たしかに発売数カ月後に月間販売数が急激に減少する傾向にあるが、これは被告サイトにより本件同人作品を購入するはずであった消費者の購入意欲が減退したからである。
したがって、被告が本件同人作品の閲覧によりサイトから得た利益全てを損害額とすべきである(著作権法114条1項本文)。

著作権法114条1項本文(原則)について

著作権者等が故意又は過失により自己の著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為によつて作成された物を譲渡し、又はその侵害の行為を組成する公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行つたときは、その譲渡した物の数量又はその公衆送信が公衆によつて受信されることにより作成された著作物若しくは実演等の複製物(以下この項において「受信複製物」という。)の数量(以下この項において「譲渡等数量」という。)に、著作権者等がその侵害の行為がなければ販売することができた物(受信複製物を含む。)の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、著作権者等の当該物に係る販売その他の行為を行う能力に応じた額を超えない限度において、著作権者等が受けた損害の額とすることができる。

長すぎるので(だいぶ)噛み砕いて説明します。司法試験受験生の時から思っていましたが、よく使う割にわかりにくい条文です。

まず、著作権者は、自分の著作物を複製したり(複製権、著作権法21条)、インターネットにアップロードして他人に閲覧させたりする権利(公衆送信権及び送信可能化権、著作権法23条)を持っています。

この権利を侵害された人は、[著作権侵害者が複製した・ネット上で複製された自分の著作物の数]×[著作物の単価あたりの利益]を損害賠償の額とすることができます、というのが著作権法114条1項本文です。

つまり、「侵害者が違法に複製したものを、もしも権利者が自分で複製して売っていれば、これぐらいの利益があったはずだ」という考えが、114条1項の基礎にあります。

原告は、「ネット上で複製された自分の著作物の数」=「被告運営サイトのPV数」として、損害賠償請求をしていました。

著作権法114条1項但書(例外)について

114条1項には但書が付されています。

ただし、譲渡等数量の全部又は一部に相当する数量を著作権者等が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。

上記のとおり、「侵害者が違法に複製したものを、もしも権利者が自分で売っていれば、これぐらいの利益があったはずだ」という考えが、114条1項の基礎です。

だとすると、著作権者が自分で複製したとしても、販売することはできなかったであろう分については、著作権者の取り分にするのはおかしいことになります。114条1項但書は、そのような場合を想定したものです。

そして、地裁判決は、①被告が運営していたサイトには、無料閲覧目的(購入してまでは閲覧しない)の来訪者が相当数存在し、PV数全てが原告の潜在的顧客であるとはいえない16まあ、漫○村とか見てる人たちが全員お金出して漫画を買うわけじゃなさそうな気はなんとなくします。、②そもそも、本件同人作品の販売方法の性質上、発売数カ月後に月間販売数が急激に減少する傾向にあったことを理由に、PV数の9割について、原告は販売できなかったと認定しているわけです。

裁判所の判断

争点①について

アニメ(特に連続アニメ)作品における具体的表現の特定

知財高裁は、争点①のうち、本件同人作品が原作の著作権を侵害しているかについて、まず以下のような規範(判断基準)を立てました。

漫画の「キャラクター」は,一般的には,漫画の具体的表現から昇華した登場人物の人格ともいうべき抽象的概念であって,具体的表現そのものではなく,それ自体が思想又は感情を創作的に表現したものとはいえないから,著作物に当たらない(最高裁判所平成4年(オ)第1443号,同9年7月17日第一小法廷判決,民集51巻6号2714頁)。したがって,本件各漫画のキャラクターが原著作物のそれと同一あるいは類似であるからといって,これによって著作権侵害の問題が生じるものではない。
また,原著作物は,シリーズもののアニメに当たるものと考えられるところ,このようなシリーズもののアニメの後続部分は,先行するアニメと基本的な発想,設定のほか,主人公を初めとする主要な登場人物の容貌,性格等の特徴を同じくし,これに新たな筋書きを付するとともに,新たな登場人物を追加するなどして作成されるのが通常であって,このような場合には,後続のアニメは,先行するアニメを翻案したものであって,先行するアニメを原著作物とする二次的著作物と解される。
そして,このような二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分について生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないと解するのが相当である(上記最高裁判所平成9年7月17日判決参照)。
そうすると,シリーズもののアニメに対する著作権侵害を主張する場合には,そのアニメのどのシーンの著作権侵害を主張するのかを特定するとともに,そのシーンがアニメの続行部分に当たる場合には,その続行部分において新たに付与された創作的部分を特定する必要があるものというべきである(なお,一審被告らは,東京地裁昭和51年5月26日判決(判例タイムズ336号201頁)に基づいて,登場人物等に関しては,登場シーンを特定する必要はないという趣旨の主張をするが,上記最高裁判所判決に照らし,採用することはできない。)。

知財高裁は、まず、キャラクターという概念自体が保護されないというポパイネクタイ事件最高裁判決の論理を確認しています。

そして、

  • シリーズもののアニメのうち、第2話以降は、第1話という元の著作物から派生した二次的著作物であり、2話目以降の創作性(独自の著作物として認められる範囲)は、付加された部分に限られる
  • シリーズもののアニメに対する著作権侵害を主張する場合には、具体的な表現として、アニメのどのシーンにあたるのかを特定する必要がある
  • 具体的なシーンが、連作アニメの第2話以降にあたる場合には、当該部分の独自性を特定する必要がある(なぜなら、続行部分の独自性を真似していないと、続行部分の著作権を侵害しているといえないから)

という規範を立てました。

二次創作作品と原作との表現の類似性について

そして、被告は作品名しか挙げていないため、著作権侵害の立証はなされていない、と判断し、さらに次のように述べました。

原著作物の特定のシーンと本件各漫画のシーンとを対比させた乙10の1~7(もっとも,「アニメ版」として掲げられているシーンについて,第何回のどの部分という具体的特定までがされているわけではない。)の内容を検討してみても,原著作物のシーンと本件各漫画のシーンとでは,主人公等の容姿や服装などといった基本的設定に関わる部分以外に共通ないし類似する部分はほとんど見られず…,また,基本的設定に関わる部分については,それが,基本的設定を定めた回のシーンであるのかどうかは明らかではなく,結局,著作権侵害の主張立証としては不十分であるといわざるを得ない17この注はだいぶ専門的な話になりますが、本部分からすると、本件判決は、アニメキャラクターの基本的な服装・容姿等が真似されている事案については、当該アニメキャラクターの初出作品を特定する必要がある、という立場に立っているとも読めます。もっとも、これが論理必然的に導かれる結論なのかは疑問です。第2話以降が二次的著作物なのであれば、第2話以降の表現の中にも、第1話に表出されているアニメキャラクターの本質的特徴は存在するはずですから、第2話以降の表現を摘示することで、第1話に表出されているアニメキャラクターの具体的表現を示すことはできるように思います(ポパイネクタイ事件の調査官解説においても同旨の指摘があります)。保護期間が問題になっている場合は格別、通常はとりたてて初出回に限る必要はないのではないでしょうか(ポパイネクタイ事件は、保護期間がまさに問題となった事案でした)。また、「初出回」とはいつなのかという問題もあります。例えば、アニメ「ルパン三世」はテレビ第一シリーズの他にパイロット版が2つ存在しますが、初出としてはどの作品であると扱うべきなのでしょうか?

…現在の証拠関係を前提とする限り,仮に原著作物のシーンが特定されたとしても,著作権侵害が問題となり得るのは,主人公等の容姿や服装など基本的設定に関わる部分(複製権侵害)に限られるものといわざるを得ない…。

一応、被告は具体的表現らしきものは証拠提出していたようですが、「主人公等の容姿や服装などといった基本的設定に関わる部分以外に共通ないし類似する部分はほとんど見られ」ないと判断されています。

ところで、「原著作物のシーンと本件各漫画のシーンとでは,主人公等の容姿や服装などといった基本的設定に関わる部分以外に共通ないし類似する部分はほとんど見られず」とはどういうことでしょうか?二次創作なんだから、当然原作に沿ったストーリー展開がされるのではないでしょうか?

実は、二次創作作品だからといって、必ずしも原作通りの世界観・ストーリー展開を共有しているわけではありません。いわゆる「学パロ」を例として考えます。

学パロ (がくぱろ)とは【ピクシブ百科事典】

上記ページのとおり、「学パロ」とは本来は学園モノではない作品のキャラクター設定・基本的外見等を借用し、学園モノのストーリーにした二次創作を指します18余談ですが、最近は公式が学パロをぶちこんでくる傾向にあります(例えば、「進撃!巨人中学校」とか、「中高一貫!!キメツ学園物語」とか)。恐ろしい時代になったものですね。。このように、「原作のストーリーに準拠していない二次創作」という概念は極めてポピュラーなものであり、「学パロ」に限らず往々にして発生します。

加えて、同人作品の中には、主人公等の容姿・服装自体がそもそも原作と類似していないのではないかというものも存在します。私見ですが、本判決を敷衍すると、こうした同人作品は、単なるキャラクター設定の模倣に留まり、著作権侵害が成立しないと解する余地があるように思われます19同趣旨の指摘として、福井健策編、桑野雄一郎・赤松健著『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』56-57頁参照。小学生の頃はまさか赤松先生の著作(≠漫画作品)を仕事で用いることになるとは考えてもおりませんでした。

原告の請求が権利濫用にあたるかについて

そして、争点①のうち、本件同人作品の作者である原告が損害賠償請求ができるか(原告の請求が権利濫用にあたらないか)という点について、以下のように判示しました。

以上によれば,本件各漫画が,原著作物の著作権侵害に当たるとの主張は失当であるし,仮に著作権侵害の問題が生ずる余地があるとしても,それは,主人公等の容姿や服装など基本的設定に関わる部分の複製権侵害に限られるものであって,その他の部分については,二次的著作権が成立し得るものというべきである(なお,本件各漫画の内容に照らしてみれば,主人公等の容姿や服装など基本的設定に関わる部分以外の部分について,オリジナリティを認めることは十分に可能というべきである。)。
そうすると,原著作物に対する著作権侵害が認められない場合はもちろん,認められる場合であっても,一審原告が,オリジナリティがあり,二次的著作権が成立し得る部分に基づき,本件各漫画の著作権侵害を主張し,損害賠償等を求めることが権利の濫用に当たるということはできないものというべきである。

争点②について

知財高裁は、まず「ネット上で複製された原告の著作物の数」として何を参照すべきかについて述べます。

 公衆送信行為による著作権侵害の事案において,法114条1項本文に基づく損害額の推定は,「受信複製物」の数量に,単位数量当たりの利益の額を乗じて行うものとされている。そして,本件のように,著作権侵害行為を組成する公衆送信がインターネット経由でなされた事案の場合,「受信複製物の数量」とは,公衆送信が公衆によって受信されることにより作成された複製物の数量を意味するのであるから(法114条1項本文),単に公衆送信された電磁データを受信者が閲覧した数量ではなく,ダウンロードして作成された複製物の数量を意味するものと解される。

ところが,本件においては,公衆が閲覧した数量であるPV数しか認定することができないのであるから,法114条1項本文にいう「受信複製物の数量」は,上記PV数よりも一定程度少ないと考えなければならない。

つまり、

  • 「ネット上で複製された原告の著作物の数」は、PV数ではなくダウンロード数によるべき20PCに詳しい方なら、「ページを閲覧しただけでも、ブラウザのキャッシュにファイルは複製されているのでは?」という疑問を抱かれると思います。しかし、キャッシュへ蓄積されたファイルは、ユーザーが能動的に複製したものではなく、このようなキャッシュ生成行為は著作権法上適法である(著作権法47条の4第1項1号)ことから、違法複製物の利益を著作権者に帰属させることを趣旨とする著作権法114条1項の解釈としても、キャッシュ生成行為を「複製」とすべきでないと考えられます(小倉秀夫・金井重彦『著作権法コンメンタール(改訂版)Ⅲ』499-500頁参照)。
  • 本件ではPV数しか認定できないが、常識的に考えて、PV数よりもダウンロード数が少ない

と判断しました。

次に、原告の「被告サイト閲覧者は全て原告の潜在的顧客である」という主張を一刀両断します。

また,本件において,一審被告会社は,本件各ウェブサイトに本件各漫画の複製物をアップロードし,無料でこれを閲覧させていたのに対し,一審原告は,有体物である本件各同人誌(書籍)を有料で販売していたものであり,一審被告会社の行為と一審原告の行為との間には,本件各漫画を無料で閲覧させるか,有料で購入させるかという点において決定的な違いがある。そして,無料であれば閲覧するが,書籍を購入してまで本件各漫画を閲覧しようとは考えないという需要者が多数存在するであろうことは容易に推認し得るところである(原判決27頁において認定されているとおり,本件各同人誌の販売総数は,本件各ウェブサイトにおけるPV数の約9分の1程度にとどまっているが,これも,本件各漫画の顧客がウェブサイトに奪われていることを示すというよりは,無料であれば閲覧するが,有料であれば閲覧しないという需要者が非常に多いことを裏付けていると評価すべきである。)。

そして、結論としては原審の判断を維持しました。

そうすると,本件各漫画をダウンロードして作成された複製物の数(法114条1項の計算の前提となる数量)は,PV数よりも相当程度少ないものと予想される上に,ダウンロードして作成された複製物の数の中にも,一審原告が販売することができなかったと認められる数量(法114条1項ただし書に相当する数量)が相当程度含まれることになるのであるから,これらの事情を総合考慮した上,法114条1項の適用対象となる複製物の数量は,PV数の1割にとどまるとした原判決の判断は相当である。

本判決の内容まとめ

  • 同人作品が無断転載された場合であっても、損害賠償請求は認められる。
  • 著作権侵害にあたるかどうかは、原作の具体的表現を真似しているかどうか(原作の具体的表現に似ているかどうか)で決まる。本件では、同人作品のストーリーについては原作と類似していないから、ストーリー面では著作権を侵害していないし、キャラクターの基本的設定(容姿・服装等)面については、被告が基本的設定が定められた回を特定しなかったため、著作権侵害である立証はされていない。
  • 著作権法114条1項の複製物の数量は、漫画のPV数ではなく、ダウンロード数で決される。実際はPV数しかわからないことが通常なので、PV数から一定程度割り引かれてダウンロード数が推定される。

本判決への私見

本判決の結論(同人作品の著作者に損害賠償請求を認めた)は、妥当なものだと感じます。

二次的著作者が損害賠償請求できるかについて、注8で挙げた中山教授の問題提起は、二次的著作者の創作的寄与の程度にかかわらず一律に損害賠償を否定する点で問題があるのではないでしょうか。

また、「そもそも適法に利用できないから、損害が発生していない」という理由付けについて、たとえ原著作物の権利者から損害賠償請求を受ける可能性があるとしても、二次的著作者が二次創作に基づいて利益を得ることは観念できますし、原著作物の権利者が損害賠償請求をするかどうかは原著作物の権利者の選択に委ねるべきである21本邦においてはいわば「権利者の黙認」によって二次創作の文化が発展してきた側面があります(同趣旨の指摘として、福井健策編、桑野雄一郎・赤松健著『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』139-141頁等)。その当否についてはともかく、自己の権利行使をするか否かについては権利者の自由というのが原則のはずです。ことからすると、相当ではないと考えます22刑事罰の面からも、二次創作は、いわゆる著作権侵害非親告罪化の範囲から除外されており(著作権法123条2項各号参照)、権利者の意思を離れて処罰されることはありません。。「差止め・損害賠償の可能性があるから、二次的著作物を無断利用されたとしても損害が発生していない」というのは、いささか論理が飛躍しているという印象を拭えません。

ただ、①同人作品は、原著作物の権利を侵害している場合があり、本件のように裁判例として著名になった結果、原著作物の権利者からの権利行使を受けるリスクもあること、②元々同人界隈に「原著作物の権利者に迷惑をかけず、表で目立って活動しない」という不文律があることを考慮すると、本件を契機に同人作家を原告とする訴訟が増えるかどうかはなんともいえないところです。

とはいえ、私が調べた限り、同人誌の著作権侵害を理由として差止め及び損害賠償を求めた事例はなく、本判決が同種の事例のリーディングケースになると考えられます。残された問題として、複製物の数量の認定(PV数の9割引という数字が正当かどうか)や、別の損害推定規定(例えば、著作権法114条2項)を用いた場合にどうなるか、同人誌の表現の中身によって結論が変わるか23本判決は、同人作品が「著しくわいせつ」な場合については、権利濫用となりうるとも読める判示をしています。この点について詳細に論じた論考として、澤田悠紀「司法におけるわいせつ作品の扱い:BL同人誌著作権侵害事件を契機として」(コピライト, 2021.4[No.720/vol.61], pp33-42)があります。澤田准教授の同人誌に対する熱い思いが伝わってくる玉稿です。等があり、今後も追っていきたいトピックの一つです。

以上、長くなってしまいましたが、本稿が本判決の理解の一助となりましたら幸いでございます。

  • 1
    例えば、二次創作作品において、あるキャラクターが原作では全く言っていない台詞を喋っているとします。このとき、二次創作作品の作家は適当にキャラクターに喋らせているわけではなく、「原作で出てないだけで絶対言ってる」という固い信念のもと、キャラクターに当該台詞を喋らせています。
  • 2
    法律上は、同人作家であっても、自分が作った同人誌については、著作権を有しています(原作の権利者の許諾を得ていなくても著作権は成立します)。このような、ある著作物を元にして新たに創作された著作物を、二次的著作物(著作権法2条1項11号)といいます。
  • 3
    被告が運営していたサイトは10以上ありましたが、いずれも無料ですべての漫画を閲覧でき、広告を掲載して収入を得られるといったものでした。
  • 4
    ちなみに、本件の原告(同人作家側)代理人は、電羊法律事務所の平野敬先生のようです(本件についてのねとらぼ記事参照)。平野先生はCoinhive事件の弁護人等、IT・コンテンツ分野で顕著な活躍をされておられます。Twitterも大変面白いです。
  • 5
    東京地裁令和2年2月14日判決。
  • 6
    『まほろまてぃっく』に登場する戦闘用アンドロイド「安藤まほろ」の名?台詞。
  • 7
    被告らは、本件同人作品が刑法上の「わいせつ物」にあたるという主張もしています。しかし、被告らは自社HP上に本件同人作品をのっけているわけで、この主張は自爆なんじゃないかと思うのですが…警察来たらどうするつもりだったんでしょうか?
  • 8
    他人の同人誌を勝手に掲載して金儲けしておいて何を言うか、盗っ人猛々しい、とお怒りの方も多いかと思いますが、実は国内にも結論として類似の説があります。例えば、中山信弘教授は、原作者に無断で二次創作をした者は、そもそも自らも適法に原作を利用できないのであるから、自己の二次創作作品が無断で利用されたとしても損害が発生していないのではないかという問題提起をしています(中山信弘『著作権法 第3版』179頁)。
  • 9
    権利の濫用である、という被告主張に対する反論です。
  • 10
    ポパイネクタイ事件最高裁判決。最高裁平成9年7月17日判決・民集51巻6号2714頁
  • 11
    著作権法2条1項1号
  • 12
    この点はポパイネクタイ事件最高裁判決及び同判決調査官解説でも明記されています。ちなみに調査官はあの三村量一裁判官(当時。現・三村小松山縣法律事務所パートナー弁護士)です。
  • 13
    ある会場を貸し切り、同人誌を頒布するイベント。「コミックマーケット」「コミックシティ」「コミティア」等が著名。余談ですが、本記事執筆時点(2021年5月11日)では、東京都等に緊急事態宣言が発令されたことに伴ってこうしたイベントも延期・中止の憂き目にあっております。一刻も早い感染収束を祈っております。
  • 14
    こうした委託を請け負っているショップとして、「とらのあな」「メロンブックス」「booth」等があります。
  • 15
    地裁判決では、本件同人作品は即売会による販売が全体の1/3を占めること、作品の販売後数ヶ月経過してから月間販売数が急激に減少することが指摘されています。
  • 16
    まあ、漫○村とか見てる人たちが全員お金出して漫画を買うわけじゃなさそうな気はなんとなくします。
  • 17
    この注はだいぶ専門的な話になりますが、本部分からすると、本件判決は、アニメキャラクターの基本的な服装・容姿等が真似されている事案については、当該アニメキャラクターの初出作品を特定する必要がある、という立場に立っているとも読めます。もっとも、これが論理必然的に導かれる結論なのかは疑問です。第2話以降が二次的著作物なのであれば、第2話以降の表現の中にも、第1話に表出されているアニメキャラクターの本質的特徴は存在するはずですから、第2話以降の表現を摘示することで、第1話に表出されているアニメキャラクターの具体的表現を示すことはできるように思います(ポパイネクタイ事件の調査官解説においても同旨の指摘があります)。保護期間が問題になっている場合は格別、通常はとりたてて初出回に限る必要はないのではないでしょうか(ポパイネクタイ事件は、保護期間がまさに問題となった事案でした)。また、「初出回」とはいつなのかという問題もあります。例えば、アニメ「ルパン三世」はテレビ第一シリーズの他にパイロット版が2つ存在しますが、初出としてはどの作品であると扱うべきなのでしょうか?
  • 18
    余談ですが、最近は公式が学パロをぶちこんでくる傾向にあります(例えば、「進撃!巨人中学校」とか、「中高一貫!!キメツ学園物語」とか)。恐ろしい時代になったものですね。
  • 19
    同趣旨の指摘として、福井健策編、桑野雄一郎・赤松健著『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』56-57頁参照。小学生の頃はまさか赤松先生の著作(≠漫画作品)を仕事で用いることになるとは考えてもおりませんでした。
  • 20
    PCに詳しい方なら、「ページを閲覧しただけでも、ブラウザのキャッシュにファイルは複製されているのでは?」という疑問を抱かれると思います。しかし、キャッシュへ蓄積されたファイルは、ユーザーが能動的に複製したものではなく、このようなキャッシュ生成行為は著作権法上適法である(著作権法47条の4第1項1号)ことから、違法複製物の利益を著作権者に帰属させることを趣旨とする著作権法114条1項の解釈としても、キャッシュ生成行為を「複製」とすべきでないと考えられます(小倉秀夫・金井重彦『著作権法コンメンタール(改訂版)Ⅲ』499-500頁参照)。
  • 21
    本邦においてはいわば「権利者の黙認」によって二次創作の文化が発展してきた側面があります(同趣旨の指摘として、福井健策編、桑野雄一郎・赤松健著『出版・マンガビジネスの著作権(第2版)』139-141頁等)。その当否についてはともかく、自己の権利行使をするか否かについては権利者の自由というのが原則のはずです。
  • 22
    刑事罰の面からも、二次創作は、いわゆる著作権侵害非親告罪化の範囲から除外されており(著作権法123条2項各号参照)、権利者の意思を離れて処罰されることはありません。
  • 23
    本判決は、同人作品が「著しくわいせつ」な場合については、権利濫用となりうるとも読める判示をしています。この点について詳細に論じた論考として、澤田悠紀「司法におけるわいせつ作品の扱い:BL同人誌著作権侵害事件を契機として」(コピライト, 2021.4[No.720/vol.61], pp33-42)があります。澤田准教授の同人誌に対する熱い思いが伝わってくる玉稿です。

弁護士坂田晃祐