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著作権法の柔軟な権利制限規定とオーバーライド問題

アバター画像 杉浦健二

先日寄稿したこちらの外部記事で、著作権法のオーバーライド問題について触れました。

本稿では、この外部記事の続編として、著作権法の柔軟な権利制限規定に関するオーバーライド問題を正面から取り上げます。

柔軟な権利制限規定に関するオーバーライド問題とは

著作権法におけるオーバーライド問題とは、著作権法では一定の場合には著作権者の許諾を得ずして著作物を利用できる旨を定めているところ(著作権法30条から49条。権利制限規定)、権利制限規定によって著作権法上は適法に利用できる場合において、当事者間で著作物の利用を禁止する契約を結んだ場合、そのような契約は有効なのかという問題を指します。

言いかえれば「著作権法では、例外的に他人の著作物を自由に使ってよい場合がいくつか定められているけど、そういう場合であっても、我々の間では使わないでおこうね」と約束した場合に、そもそもそのような約束は有効なのか(約束を破るとペナルティ=債務不履行になると考えるのか)、それともそのような約束をすること自体、著作権法の考え方に沿わず認められるべきでないとして、約束は無効なのか(約束を破っても何のペナルティにもならないと考えるのか)という問題です。

柔軟な権利制限規定とは、イノベーションの創出等を目的として平成30年著作権法改正により新設された、従前の規定に比べて条文の抽象度が高められた権利制限規定(著作権法30条の4、47条の4、47条の5)のことを指します(文化庁サイト)。

たとえば著作権法30条の4は「情報解析の用に供する場合」は一定の要件のもとで他人の著作物を無許諾で利用することができる旨を定めています(同条2号)。具体的には、他人のウェブサイトをクローリングして収集したコンテンツ(画像や文章など)を学習用データとしてAIの学習用モデルを開発する行為は「情報解析の用に供する場合」に該当するものとして、一定の要件のもとで当該ウェブサイト運営者その他コンテンツの著作権者に無断で行うことができます。

一方、柔軟な権利制限規定に基づいて、自身のウェブサイトのコンテンツを他人に無断で利用されたくないウェブサイト運営者側(コンテンツの著作権者側)としては、たとえば以下のような条項(以下「禁止条項」)を、サイト利用規約等で定めておくことが考えられます。

(本ウェブサイト上のコンテンツの利用禁止)
本ウェブサイトにおける画像、文章その他一切のコンテンツは、機械学習その他情報解析のために利用することを禁止するものとします。

ここでの問題は、以下の2つです。
① 禁止条項を含む契約は、いかなる場合に成立するか
② 禁止条項を含む契約が有効に成立したとしても、そもそもそのような契約は有効なのか(権利制限規定を上書きする契約の有効性。オーバーライド問題)

①については冒頭の別記事の2.で取り扱っているためそちらをご参照ください。本記事は②(オーバーライド問題)についての検討を試みるものです。

著作権法オーバーライド問題の歴史は古い

著作権法におけるオーバーライド問題は、以下に引用するとおり、かねてから様々な議論が交わされてきたものと認識しております(太字は筆者による。以降の引用部分について同じ)。

オーバーライドする契約については、契約自由の原則に基づき、原則としては有効であると考えられるものの、実際には、権利制限規定の趣旨、ビジネス上の合理性、ユーザーに与える不利益の程度、及び不正競争又は不当な競争制限を防止する観点等を総合的にみて個別に判断することが必要であると考えられる。

文化審議会著作権分科会「文化審議会著作権分科会報告書」(平成19年1月)18頁

仮に権利制限の一般規定を設ける場合についても、個別権利制限規定と同様の考え方が妥当し、オーバーライドする契約条項の有効性を判断するにあたっては、権利制限の一般規定の趣旨や、制限の程度・様態やその合理性等を総合的に勘案して行った価値判断に基づき、対応されることが必要であるとの意見で一致した。

文化審議会著作権分科会法制問題小委員会・権利制限の一般規定ワーキングチーム「権利制限一般規定ワーキングチーム 報告書」(平成22年1月)P47

著作権の権利制限規定をどう書くか、根本的な考え方を各国の法制度と比較しながら検討する必要がある。具体的には米国のフェアユースのような包括的な権利制限規定の考え方を日本の著作権法に取り入れていくことをどう考えるか。保護はしっかり、書いてないところは自由に、とできれば新しい取組が自由にできる。米国のシステムをそのまま取り入れるのではなく、日本としてやれることを様々議論の俎上に上げていくことが必要。例えば権利制限規定のある一定のコアなものについては、強行法規とすることも制度設計のオプションの一つ。

内閣官房知的財産戦略推進事務局「大量の情報集積・活用型ビジネスと著作権制度について(討議用)」(平成27年12月1日 )P13

なお,利用規約等でリバース・エンジニアリングを禁止するという規約が付されている場合は,リバース・エンジニアリングを行うことは上記のとおり法第30条の4により著作権侵害とならないと解されるが,規約との関係については注意する必要がある。

文化庁著作権課「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定に関する基本的な考え方」(令和元年10月24日)P11

経済産業省「準則」も中立の立場

経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(令和2年8月版)においても、著作権法のオーバーライド問題については、有効説と無効説の両説がある旨を言及するにとどまっています。

(4)著作権法上の権利制限規定がある部分についてユーザーの利用制限を課している契約条項

著作権法第30条から第49条までの規定は、法律で著作権を部分的に制限している(すなわちユーザーに対してその部分の利用を認めている)規定であるが、これらの規定は基本的には任意規定であり、契約で利用を制限することが可能であるとの解釈がある。しかしながら、著作権法上の権利制限規定がある部分についてユーザーの利用を制限している契約の条項は無効であるとの解釈も存在している。

(著作権法上の権利制限規定がある部分についてユーザーの利用制限を課している契約条項は無効であるとの解釈をとった場合、不当条項に該当する可能性がある条項例)
・私的複製やバックアップコピーを完全に禁止する条項
・著作物の利用に係る技術の開発又は実用化のための試験のための利用を一切禁止する条項
・リバースエンジニアリングを一切禁止する条項

経済産業省「電子商取引及び情報財取引等に関する準則」(令和2年8月)250頁

EU「デジタル単一市場における著作権指令」におけるオーバーライド条項に関する考え方

それでは、柔軟な権利制限規定をオーバーライドする契約の有効性は、どのような観点から検討するべきでしょうか。

ここで参考になりそうなのが、2019 年に成立した EU「デジタル単一市場における著作権指令」です(原文はこちら日本語訳はCRICサイトを参照(※1)
EU「デジタル単一市場における著作権指令」では、EU加盟国に対して、研究機関や文化遺産機関が学術研究目的で行うテキスト・データマイニング(★)のために行う著作物等の複製や抽出に対する権利制限規定を定めることを義務づけており(本指令3条)、この権利制限規定に反するすべての契約条項(つまりオーバーライド条項)は執行不能である旨を定めています(本指令7条)

★テキスト・データマイニング…情報を導き出すため、デジタル形式のテキストおよびデータを分析することを目的とするあらゆる自動分析技術(本指令2条2号)

一方で、上記(研究機関や文化遺産機関による学術研究目的)以外のテキスト・データマイニングのために行う著作物等の複製や抽出についても、著作者が適切な方法で明確に権利を留保していない限りは、権利制限規定の対象とする定めを義務づけていますが(本指令4条)、学術研究目的の場合と異なり、この権利制限規定に反する契約条項(オーバーライド条項)が執行不能である旨は定められていません(本指令7条には4条が含まれていない)。

以上より、 EU「デジタル単一市場における著作権指令」においては
研究機関や文化遺産機関が学術研究目的で行うテキスト・データマイニングを禁止する契約条項(オーバーライド条項)は執行不能(本指令7条、3条)
▼ 上記目的以外、たとえば営利、商用利用目的で行うテキスト・データマイニングを禁止する契約条項は執行不能と定められていないため(本指令7条、4条)、このような契約条項(オーバーライド条項)も有効と判断される可能性がある
と整理できます。

【考察】柔軟な権利制限規定をオーバーライドする契約は有効と考えられるのではないか

ここまでの議論をまとめると、以下のように考えられます。

▼ 著作権法の権利制限規定をオーバーライドする契約の有効性については、一律に有効または無効と考えるのではなく、その権利制限規定が定められた目的によって、個々の権利制限規定ごとに検討されるべき。

▼ 権利制限規定が定められた目的が、教育や学術研究といった公益目的にある場合は、当該権利制限規定の性質は強行規定としてこれをオーバーライドする契約は無効と考える方向に傾く。一方、当該権利制限規定にそのような公益目的がない場合は、私的自治の原則(契約自由の原則)にしたがって、任意規定ととらえ、これをオーバーライドする契約も有効と考える方向に傾く。

 

このように、権利制限規定が定められた目的によって、当該権利制限規定が強行規定か任意規定か(オーバーライド条項が無効か有効か)を検討することになるものと考えられるところ、私見では、柔軟な権利制限規定は任意規定であり、これをオーバーライドする条項も原則として有効になると考えています。以下に理由を述べます。

1 教育や学術研究などの「強い公益目的」があるとまではいえない

たしかに柔軟な権利制限規定は、イノベーション創出のため、新技術を活用した新たな著作物の利用にも柔軟に対応できるようにするという情報通信技術の進展による社会経済の発展に資するためといった公益目的に基づいて定められた規定です。

しかし上記の目的は、あくまで経済政策的な範疇のものであり、教育や学術研究といった「強い公益目的」に比すると、その公益性は一歩後退するといえるのではないでしょうか。

もちろん経済政策も重要な公益目的ではあるものの、当事者間で完全な合意が認められる場合において、この合意を私的自治に反して無効にするまでの「強い公益目的」が認められるかというと、少なからぬ疑問を感じます。

先に触れたEU「デジタル単一市場における著作権指令」においても、研究機関や文化遺産機関が学術研究目的で行うテキスト・データマイニングを禁止するオーバーライド条項は執行不能としている一方で(本指令7条、3条)、学術研究目的以外のテキスト・データマイニングを禁止するオーバーライド条項は執行不能とは定めておらず(本指令7条、4条)、研究機関等による学術研究目的かそれ以外かで、異なる取扱いをしています。

2 柔軟な権利制限規定が強行規定だとすれば、かえって著作物以外の方が保護されてしまう

もっとも、1の理由はあくまでEU指令における考え方に過ぎず、日本の著作権法はEU指令とは別の考え方である(イノベーション創出も学術研究と同程度に強い公益目的である)と考えることはできますし、1の理由はオーバーライド有効説を採用する決定的な理由にはならないかもしれません。

しかし柔軟な権利制限規定においてオーバーライド無効説をとると、以下のような不都合が生じると考えられます。すなわち、仮に柔軟な権利制限規定のひとつである著作権法30条の4が強行規定だとすれば、「本ウェブサイトにおける画像、文章その他一切のコンテンツは、機械学習その他情報解析のために利用することを禁止するものとします」といった禁止条項を含む契約が有効に成立したとしても、この契約は無効と考えることになります。

しかし、著作物にあたらないコンテンツ(たとえば単なるデータ)に関して利用を禁止する契約(データの利用権を定める契約)が有効に機能することは争いがないところ、著作物の利用を禁止する契約を締結しても無効になるとすれば、「著作物でなければ契約で利用を禁止できるのに、著作物であれば契約で利用を禁止してもそのような契約は無効である」となってしまい、著作物でない方がかえって保護されるという不合理が生じることになります(※2)

以上の2点から、柔軟な権利制限規定(上記のケースでは著作権法30条の4)は任意規定であり、これをオーバーライドする契約も有効と捉えるのが自然ではないかと考えています。

なおオーバーライド条項有効説に立つ場合であっても、オーバーライドする契約に反した場合は、あくまで当該契約に違反したという債務不履行が問題となるに過ぎず、著作権侵害となるわけではない点には注意を要します(オーバーライドする契約に違反したとしても、それはあくまで契約違反なのであって、著作権法の権利制限規定に違反するわけではない)。

オーバーライド有効説に立つ場合でも、不当条項と判断されるリスクは残る

以上のとおり、現時点では柔軟な権利制限規定をオーバーライドする契約も原則として有効になると考えています。

そのため、本記事冒頭でも触れた以下のような禁止条項も、当事者間において禁止条項を含む契約が有効に成立している限り、ウェブサイト運営者側は禁止条項に基づいて禁止を主張できると考えますが、オンライン上の利用規約などの場合は、むしろこの「契約が有効に成立しているか」が重要であり、また定型約款に該当する場合はみなし合意(民法548条の2第1項)が成立しているかどうかが、オーバーライド条項の有効性とは別にセンシティブな問題を孕むと感じています(冒頭の外部記事ではその点に言及したつもりです)。

(本ウェブサイト上のコンテンツの利用禁止)
本ウェブサイトにおける画像、文章その他一切のコンテンツは、機械学習その他情報解析のために利用することを禁止するものとします。

また、柔軟な権利制限規定をオーバーライドする契約を有効と考える場合であっても、定型約款の場合、信義則に反して相手方の利益を一方的に害すると認められるような不当条項については、合意をしなかったものとみなされます(民法548条の2第2項)。そのため、有効説に立つ場合でも常にオーバーライド条項の有効を主張できるわけではなく、相手方(コンテンツを利用しようとする者)の利益を一方的に害すると判断されるようなケースであれば、不当条項に該当するとして禁止を主張できない可能性がある点には留意しておくべきです(※3)

以上が私見ですが、オーバーライド条項無効説に立たれる有力な見解(※4)もあるため、この点は是非皆さまと議論をさせていただけたらと思っております。(弁護士杉浦健二

※1 EU「デジタル単一市場における著作権指令」は2019年6月6日に発効しており、EU加盟国は2021年6月7日までに本指令実施のために必要となる国内法を整備して施行しなければならないとされています。
※2 福岡真之介先生編著「AIの法律」P88に同旨。
※3
 相手方が消費者である場合は、消費者契約法10条等も問題になると一応考えられますが、柔軟な権利制限規定に基づいて著作物を利活用しようとする者は通常は事業者にあたる可能性が高く、消費者契約法は適用されるケースは多くないと考えられます。
※4 オーバーライド条項無効説にたつ有力な見解として、松田政行先生「柔軟な権利制限規定によるパラダイムの転換・実務検討・書籍検索サービスの著作物の利用ガイドライン」コピライトNo718, P22。

 

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