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リアル下町ロケット!島野製作所がアップルを訴えた裁判で、なぜ島野は中間判決で勝てたのか
アップルの下請会社だった島野製作所(東京都荒川区)がアップル社を訴えた裁判で、今週新たな動きがありました。
総額100億円アップル社を訴えた 日本の中小企業島野製作所「下請け」だからって、ナメるなよ 絶対に負けられない戦いがある
裁判となった経緯は上の記事に詳しいですが、簡単にまとめると以下のとおり。
【島野がアップルを訴えるまでの経緯】
アップルは島野製作所に、約10年前からアップル製ノートパソコンの部品(ポゴピン)を発注するようになる
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アップルからの増産要求を受けて島野は設備投資を行う。しかしアップルは突如取引を急減させる
アップル「取引再開して欲しいなら値下げ要求に応じろ」「納品済みの部品も値下げ価格で購入したことにする。差額の1億6000万円をリベートとして支払え」
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島野製作所怒る。アップル製品の販売差止めのほか,約100億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴*現時点で判決文が明らかでないため、本投稿は報道内容に基づき作成しています。事実と異なる点があれば判決文を確認次第修正いたします
Contents
■企業規模では雲泥の差がある島野製作所とアップル
島野製作所(東京都荒川区)は、従業員350名・資本金9000万円で中国やタイにも工場を有し、アップルの下請けを務めるほど高い技術力を誇るメーカー。
とはいえ時価総額世界一(2015年)のアップルとは企業規模の点では雲泥の差といえます。以下は島野製作所のウェブサイト。
島野製作所がアップルに対して訴訟提起した際のプレスリリースがこちら。
「当社は、アップルのサプライヤーとして、約9年間、アップルと継続的取引を行って参りました。しかしながら、これまでの取引において、看過できない行為があったため、訴訟を提起したものであります。今後の裁判を通じて、アップルに対し、当該行為の責任を追及していく所存です。」
島野製作所の強い憤りと決意を感じさせるプレスリリースです。
■米国でなく東京地裁で審理されることに
本件では、島野製作所と米アップルの裁判について米国の裁判所と日本の裁判所どちらで審理を進めるべきかが争点となりました。
島野と米アップルが交わした契約書には
『契約内容との関係の有無にかかわらず、あらゆる紛争はカリフォルニア州の裁判所が管轄する』
との記載があったためです。
米アップルは「紛争は米カリフォルニア州の裁判所で解決する、と書かれた契約書にサインしてるのだから当然アメリカで裁判すべき」と主張。
この主張に対して東京地裁は2月15日、中間判決を行いました。中間判決とは事件の争点のうち一部についてのみ出される判決で、訴訟を整理して最後になされる終局判決を容易にするために行われるものです。
(報道より要約)
中間判決「両社の合意は『契約内容との関係の有無にかかわらず、あらゆる紛争はカリフォルニア州の裁判所が管轄する』としか限定していない。合意は広範に過ぎ無効」→今後、米国ではなく東京地裁で裁判されることに島野製作所「裁判官、当社顧問弁護士に敬意を払いたい。ようやく一歩を踏み出した。法廷の中で当社の主張を続けていきたい」
アップル「コメントできない」
なにこの下町ロケット感。。
島野製作所が時価総額世界一のアップルに裁判の初戦で快勝したニュースはいかにも日本人好みの痛快なストーリーであり、私自身も大いに盛り上がっています。
内容はこちらの記事に詳しいです。
アップルに日本の下請けが一矢 東京地裁中間判決「米国での審理」退ける(SankeiBiz)
■なぜ「裁判管轄」がこれほど争われたのか
裁判管轄とは、訴訟となった場合、どこの裁判所が事件の審理を進めるかのこと。
例えば日本国内でも神戸の会社と東京の会社が裁判をする場合、裁判管轄が神戸地方裁判所にあるか東京地方裁判所にあるかで、裁判所に出向く手間や交通費は大きく変わるわけです。
これが日本と米国(海外)で争われた場合であれば、相手国の管轄裁判所へ出向く渡航費用などのコストは莫大。極端な場合、裁判コストが請求額を上回るケースすらあり、裁判すること自体を断念せざるを得なくなります。
裁判管轄がいずれの国の裁判所となるかは、裁判を進めるうえで極めて重要なファクターなわけです。
■ではなぜ中間判決で島野製作所は勝てたのか?
本件のような国際裁判管轄については「民事訴訟法」が定めています。
民事訴訟法 第3条の7
(管轄権に関する合意)
1項 当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる。
2項 前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない。
第1項で「当事者は、合意により、いずれの国の裁判所に訴えを提起することができるかについて定めることができる」とあるので管轄をいずれの国にするかは双方の合意で決められるわけです。だからこそアップル社は「管轄は事前にカリフォルニア州の裁判所とする契約書にサインしていた」と合意の存在を主張したのでした。
しかし今回は第2項が問題になったものと考えられます。
第2項は「前項の合意は、一定の法律関係に基づく訴えに関し、かつ、書面でしなければ、その効力を生じない」と「一定の法律関係に基づく訴えに関し」という限定を付しています。
報道によれば、事前に作成された契約書には
契約内容との関係の有無にかかわらず、あらゆる紛争はカリフォルニア州の裁判所が管轄する
と記載されていたのこと。契約内容との関係の有無にかかわらず、無限定にあらゆる紛争をすべてカリフォルニア州裁判所の管轄としていた点で「一定の法律関係に基づく訴えに関し」てのみ認められる国際合意管轄の要件(民事訴訟法第3条の7第2項)を満たさなかった、と判断された可能性があります。
■今回の中間判決の影響は?
(1)島野とアップルの裁判はまだ始まったばかり
本判決はあくまで「裁判管轄は東京地裁」とだけ判断した中間判決であり、いわば入口の議論です。中身の議論(アップルに独占禁止法違反の事実が認められるかなど)はこれからであり、東京地裁の終局判決においてアップルが勝訴する可能性はもちろん残っています。終局判決後に東京高裁に控訴される可能性もあります。
(2)日本国内の裁判管轄への影響も
今回の中間判決は「国際」裁判管轄についての判断ですが、その趣旨を推察するに、中間判決の射程は「日本国内の」企業同士にも及ぶ可能性があります。
たとえば契約書に
第〇条 甲と乙は、甲乙間で生じたあらゆる紛争においてすべて神戸地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。
というような無限定な合意管轄条項を入れても無効となる可能性が高いものと言えます。*
ちなみにSTORIAが作成する契約書には、裁判管轄については従前から以下のような「本契約について」と限定した合意条項を入れているので安心ですね。
第〇条 甲と乙は、本契約に関して紛争が生じた場合には、〇〇地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。
きちんとした契約書のひな形であれば、ほとんどは上記のような限定があるものと思われますが、海外取引ある会社のみならず国内取引のみの会社も念のために確認されてみてはいかがでしょうか。合意管轄条項は契約書の最後のページにあることが多いです。
「めったに揉めないんだから裁判管轄なんて気にしたことない」というのはリスク大。揉めたときのために作るのが契約書。揉めたら毎回遠方の裁判所まで出向くことを強いられる可能性がある以上、契約書では合意管轄の裁判所についても要注意なのでした。
島野製作所とアップルの裁判は裁判管轄以外にも論点が多いので、これからも注視してまいります。
(弁護士杉浦健二)
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*国内の裁判所同士の合意管轄についても、民訴法第3条の7第2項と同様の規定があります(第11条2項)