人工知能(AI)、ビッグデータ法務
2018年AIモデル契約と2021年AIモデル契約を比べるとAI開発契約の「変わらないところ」と「進化しているところ」がよくわかった
Contents
1 はじめに
特許庁と経産省がとりまとめた「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0_AI編」(名前長い)が2021年3月29日にひっそり?公表されました。
【参考】
研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0_AI編
世間的にはあまり話題になっていないように思いますが、AI開発に関するモデル契約として、実務的に非常に重要な点を多く含んでいますので、AI開発に関わる事業者の方は是非ご一読をお願いしたいと思います。
なお、ご存じの方も多いと思いますが、経産省は2018年6月にも「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」を公表しており、そのガイドラインの中にはモデル契約書も含まれていました。
【参考】
「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」(2018年6月公表)
名前が長いので、2018年に発表されたモデル契約書を「2018AIモデル契約」、2021年に発表されたモデル契約書を「2021AIモデル契約」と以下呼びますが、私は、2018年AIモデル契約策定に関しては検討委員として、2021年AIモデル策定に関しては事務局メンバーとしていずれも深く関与してきました。
そこで、本稿では以下の2つのトピックについて解説をしたいと思います。
1 2021年AIモデル契約の位置づけ
2 2018年AIモデル契約と2021年AIモデル契約の共通点と相違点
1の「2021年AIモデル契約の位置づけ」については、同モデル契約がオープンイノベーション戦略における具体的ツールであることを理解することが重要です。
また2の「2018年AIモデル契約と2021年AIモデル契約の共通点と相違点」については、両者を比較することで、「AIソフトウェア開発において変わらない点」と、「技術や契約実務の進化に伴って変わってきた点」が浮かび上がってきます。
なお、本記事は2つのAIガイドラインを題材にした私個人の見解であって、「ガイドラインの概要」や「ガイドラインのエッセンス」ではないですし、ましてやガイドラインの公的な解釈ではないことを、あらかじめお断りいたします。正確な両ガイドラインの内容は是非ガイドライン本文を参照して頂ければと思います。
ちなみに、以前執筆した2018年AIモデル契約に関する解説記事はこちら。
2 2021AIモデル契約の位置づけ
2021年AIモデル契約は、特許庁・経産省によってとりまとめられた2種類の『モデル契約書ver1.0』のうちの1つですが、この『モデル契約書ver1.0』は、経産省・特許庁・公正取引委員会によるオープンイノベーションに関する取り組みの一部分でして、同時期に発表された、経産省・公正取引委員会による「スタートアップとの事業連携に関する指針」、経産省による「スタートアップとの事業連携に関する指針(別添)」と相互に関連しています。
全体像を整理してみましょう。
こんな感じです。
以下順番に説明していきます。
(1) 「スタートアップとの事業連携に関する指針(別添)」
まず、「スタートアップとの事業連携に関する指針(別添)」です。
これは「別添」とありますが、実は、「指針」や「モデル契約」に共通する背景認識や価値観について記述したものであり、上記3つの中で最も重要なものと言っても良いかもしれません。
同指針(別添)は全5頁と非常に短いですが、昨今の技術開発におけるオープンイノベーションの重要性を前提に「オープンイノベーションにおいて共有されるべき価値観」「オープンイノベーションを前提とした経営リーダーシップと知財・法務に求められる変容」「オープンイノベーションの契約交渉に際して備えるべき考え方や姿勢」について簡潔にして要を得た記述がなされています。
この指針(別添)に記載されている価値観や基本姿勢が、各契約についての問題点と方向性を分析した「指針」や具体的ツールとしての『モデル契約書ver1.0』のベースとなっています。
もちろん、この「指針(別添)」に記載されている方向性が絶対的な真実だというわけではありません。
技術領域や、自社が保有している技術の成熟度、他社の技術発展のスピードなどの条件によっては、必ずしもオープンイノベーションがベストな戦略とはならず、技術を囲い込んで自社のみで成長していく戦略が有効であることもあるでしょう。
一方で、オープンイノベーション戦略を採用するのであれば、理解しておくべき価値観や基本姿勢があることも、また間違いないことだと思います。
この「指針(別添)」は、それらの価値観や基本姿勢について述べたものです。
(2) 「スタートアップとの事業連携に関する指針」
次に、「スタートアップとの事業連携に関する指針」は、先ほどの「指針(別添)」をベースにして、NDA、PoC(技術検証)契約、共同研究契約、ライセンス契約について解説したものです。
ここでは、個々の契約の具体的な条項ではなく、各契約についてその概要を説明した上で、「独占禁止法上の考え方及び独占禁止法上問題となり得る事例」と「問題の背景及び解決の方向性」について整理されています。
「独占禁止法上の考え方及び独占禁止法上問題となり得る事例」の部分は公正取引委員会が記載を担当し、要は「こういうことことやったら怒られるよ」ということが記載されています。
もっとも「怒られなければよい」「怒られるようなことをやらなければ良い」と言うことではないわけであって、「ではなぜそういう問題事例が発生するのか、どうやったらその問題点を解決できるのか」が同様に重要になります。
それが、経産省が記載を担当している「問題の背景及び解決の方向性」のパートです。
ここでは、各契約ごとに、解決の方向性についてのノウハウがかなり細かく紹介されています。たとえばNDAに関しては「契約交渉が本格化する前に、自社が有する情報のうち、何を秘密情報とする必要があるかを整理」「秘密情報の使用目的・対象・範囲を明確にしたNDAの締結」「NDA違反の立証のための秘密情報の具体的な特定」「損害賠償責任の規定」などです。
(3) 『モデル契約書ver1.0』2種
(1)の「指針(別添)」、(2)の「指針」をベースに、具体的なツールとして作成されたのが2種類の『モデル契約書ver1.0』です。
1つが2020年6月に公表された「新素材編」、もう1つが今回2021年3月に公表された「AI編」です。
いずれも、かなり具体的なシナリオを前提にしたモデル契約です。
もっとも、ここまでの説明でおわかりになると思いますが、この2種類のモデル契約はあくまで「オープンイノベーション戦略を採用するという意思決定をした場合」に合理的な内容なのであって、そもそもクローズドな戦略を採用する場合には必ずしも最適なものとは言えません。
今回の記事では「AI編」について紹介をしますが、別の機会に「新素材編」についてもご紹介したいと思います。
では、以下2つのAIモデル契約の「共通点」と「相違点」の分析に行きましょう!
3 2つのAIモデル契約の共通点
2つのモデル契約の共通点は、ざっくり言うと「AIソフトウェアの開発・利用に関してよく問題となる論点にフォーカスした契約書になっている」という点です。
具体的には以下のとおりです。
(1) 開発プロセスと契約が分割されている
まず、いずれのモデル契約でも、いきなり本開発に入るのではなく開発ステップを分割し各ステップごとの契約となっています。
具体的には2018年モデル契約では「アセスメント段階の秘密保持契約書」「PoC段階の導入検証契約書」「開発段階のソフトウェア開発契約書」に、2021年モデル契約では「秘密保持契約書」「技術検証(PoC)契約書」「共同研究開発契約書」に分割されています。
両契約のタイトルは少しずつ違いますが、実質的には同じ内容の契約です(ただし「開発段階のソフトウェア開発契約書」と「「共同研究開発契約書」」とはその法的性質と内容がかなり違います。詳細は後述)。
いずれのモデル契約でも、このように開発ステップを分割し各ステップごとの契約となっているのは、当たり前ですが偶然ではなく「(特に初期段階では)開発を進めてみないとうまく行くかどうかわからない」というAI開発の特質を反映しているためです。
この「開発を進めてみないとうまく行くかどうかわからない」というのは、開発者側はわかっているけどユーザ側はわからない、という情報の非対称性の話ではなく、(ユーザとの程度の差はあれ)開発者側も「わからない」という意味です。
このような特性を持ったAIソフトウェア開発においては、「うまくいかなければ次のステップに進むのを止めれば良い」という意味で、開発プロセスと契約を分割することが契約当事者双方にとってのリスクヘッジになります。
そのため、2つのAIモデル契約においては、いずれも開発ステップを分割し各ステップごとの契約となっているのです。
(2) 開発者が完成義務を負わないこと及び成果・結果の非保証
また、開発者側が一定の性能を持った成果物の完成義務を負わないこと、及び特定の成果・結果を保証しないこと、についても両契約の共通点です。
これも(1)と同様、AIソフトウェアの特質を反映しています。
すなわち、AIソフトウェアは、ある一定の偏りを持った有限の訓練用データを利用して生成されたものに過ぎません。
したがって、「訓練用データと同じ偏りを持つテストデータを入力した際に一定の結果を返す」という点は保証できることもあるのですが、当該ソフトウェアが、実環境において実際に利用された際に、あらゆる入力に対して「正しい」結果を返すことは誰にも保証できないのです。
この点(言い換えればAIソフトウエアの限界)を契約当事者がきちんと認識し、契約に落とし込んでおかないと非常に大きなトラブルになります。
そこで、両契約共に開発者が完成義務を負わないこと及び成果・結果の非保証を明確に定めています(2018年AIモデル契約(開発)7条2項及び2021年AIモデル契約(共同開発)6条2項)。
(3) 開発者に善管注意義務があることの明記
一方、開発者が開発過程において善管注意義務を負うことを明確化している点も共通しています。
先ほど(2)において「開発者が完成義務を負わないこと及び成果・結果の非保証」について説明をしましたが、これは当然のことながら、あらゆる場合において開発者が責任を負わないことを意味するものではありません。
2018年AIモデル契約(準委任契約)、2021AIモデル契約(共同研究開発契約)いずれにおいても開発者は善管注意義務を負っていますので、当該善管注意義務に違反して相手方に損害を与えた場合は当然賠償義務を負うことになります。
その点について両契約とも明示的に定めていまして、2018年AIモデル契約(開発)7条1項では「1 ベンダは、情報処理技術に関する業界の一般的な専門知識に基づき、善良な管理者の注意をもって、本件業務を行う義務を負う。」と定め、2021年AIモデル契約(共同開発)6条1項でも同様の義務を定めています。
(4) 成果物に関する知的財産権の帰属と利用条件を分けて合意している
さらに、成果物に関する知的財産権(特許を受ける権利や著作権)の帰属と、当該知的財産権の利用条件を分けて規定している点も共通しています。
AIソフトウェア開発においては成果物に関する知的財産権が当事者のいずれに帰属するかで交渉が難航することも多いのですが、両者のビジネス構造はそもそも異なります。そのため「知的財産権の『帰属』にこだわって長い時間をかけて契約締結交渉をするよりも、自社のビジネスを実現するための『利用条件』さえ合理的に設定できればよいのではないか」という発想が生まれてきます。
その点を明確化したのが2018年AIモデル契約(及びその解説)でして、いわば「権利帰属にこだわらず利用条件で「実」をとる」という発想です。
具体的には、2018年AIモデル契約(開発)では、権利帰属に関する条項(第16条・第17条)と利用条件に関する条項(第18条)が分離されています。また、2021年AIモデル契約(共同開発)においても、権利帰属に関する条項(第17条・第18条)と利用条件に関する条項(第19条)が分離されています。
(5)成果物に関する知的財産の帰属について著作権と特許権等を分けて規定している。
また、成果物に関する知的財産の帰属に関し著作権と特許権等が別々の条項で規定されている点も共通点です(2018年AIモデル契約(開発)においては、第16条(著作権)と第17条(特許権等)、2021年AIモデル契約(共同開発)においては第17条(著作権)と第18条(特許権等))。
これは、開発を開始する段階において発生することが確実で、かつその帰属について予め明確化しておきたいというニーズが強い「著作権」と、発生するかどうかが不確定である「特許を受ける権利」については別の規律を及ぼしたいという意向が双方において強いためです。
(6) その他
また、損害賠償額の上限(2018年AIモデル契約(開発)第22条、2021年AIモデル契約(共同開発)第21条)やOSSの利用に関する責任分界(2018年AIモデル契約(開発)第23条、2021年AIモデル契約(共同開発)第22条)もほぼ同趣旨の規定が設置されています。
(7) まとめ
以上の共通点をまとめたのが以下の表です。
4 相違点
一方、両契約の相違点としては、総論的なところでいうと以下の3点です。
1 開発契約の法的性質が異なる。
2 具体的なシナリオを前提としたモデル契約である。
3 2021年AIモデル契約では利用契約(の一種であるSaaS契約)が追加されている。
(1) 開発契約の法的性質の相違
2018年AIモデル契約(開発)においては、開発契約の法的性質は、ユーザが開発者に開発行為を委託し、開発者のみがユーザに対して善管注意義務を負う準委任契約です。ユーザの基本的な義務は委託料の支払義務であり、実際の開発行為は開発者が行うことを前提としています。
一方、2021年AIモデル契約(共同開発)は、事業会社の開発者に対する開発委託契約ではなく、共同研究開発契約です。具体的には、開発目標に対して両当事者が共同してそれぞれの役割を果たす契約であり、スタートアップだけでなく事業会社も相手当事者に対して自らの役割を果たなければならず、かつその役割遂行に際して善管注意義務義務を負っているという対等な内容の契約です。法的な性質としては無名契約に該当します。
このような法的性質の相違は、先述したように2021年モデル契約がオープンイノベーション戦略のためのツールであることに起因しています。
(2)具体的なシナリオを前提としたモデル契約である点
2018年AIモデル契約は「具体的には、ユーザが提供するデータを元に開発者が学習用データセットを生成した上で学習済みモデルを生成する」という極めてシンプルな事例を元に作成された契約です。
一方、2021年AIモデル契約は「動画・静止画から人物の姿勢をマーカーレスで推定する高度なAI技術を持つスタートアップX社と、介護施設向けリハビリ機器を製造販売する機器メーカーY社が共同して、AI技術を用いた介護施設における被介護者見守用カメラシステムを開発し、同カメラシステムを用いたビジネスを行う」というかなり具体的なシナリオに基づいたモデル契約になっています。
これは、具体的なシナリオを前提とすることで、モデル契約の利用の仕方をイメージして貰いやすくするためです。
なお、AIソフトウェアの生成に限らず、新規開発を伴うビジネスは時系列的には「新規開発→ビジネス展開」という順序で進みますが、「新規開発一般に妥当する開発契約」や「『正しい』AIソフトウェア開発契約」があるわけではなく、あくまで、「その先の具体的ビジネス展開を見据えた場合に、当該ビジネス展開を可能にするための開発契約」があるに過ぎません。
そのため、検討会においてシナリオを議論した際には、「あるべき共同開発契約はどのようなものか」という議論(つまり「開発→ビジネス展開」という順番での検討)ではなく「ビジネス展開→開発」という順番で検討をしました。
「AIソフトウェアを用いたビジネスとしてどのようなビジネスを設定するか」をまず議論し、その後「そのようなビジネスを展開するために、開発に関してどのような契約内容が合理的か」を議論したのです。
(3)2021年AIモデル契約では利用契約(の一種であるSaaS契約)が追加されている点
AIソフトウェアの開発契約においては、知的財産権の帰属と利用条件を分離して規定するのが合理的ではないかという点は先ほどお伝えしました。この点については2018年AIモデル契約も2021年AIモデル契約も共通しているのですが、2018年AIモデル契約(開発)においては「より複雑な利用条件を設定する場合は、別途ライセンス契約を作成することも考えられる。」とだけ記載しており(P118)、モデル利用契約は作成されていませんでした。
一方、2021年AIモデル契約においては、利用契約の1種であるSaaS契約のモデル契約も準備されています。
AIソフトウェアの利用契約の法的性質は、利用対象となる成果物の法的性質や利用態様などによって様々ですが、2021年AIモデル契約に含まれている利用契約はSaaS形式のAIビジネス特有の内容を豊富に含んでいます。
この点は、2021年AIモデル契約の目玉の一つだと個人的には思っているのですが、記事が長くなりすぎるため、別記事で解説します。
次に、個々の契約(NDA、PoC、開発)ごとの相違点を見ていきましょう。
(4) NDA
▼ 秘密情報の利用目的の精緻化・具体化
NDAにおいては、開示された秘密情報の被開示者における「利用目的」を必ず定めます。この「利用目的」は、秘密情報の被開示者における当該情報の使用可能範囲を画する重要な概念ですので、できるだけ具体的に定めることが重要となります。
そのため、2018年モデル契約と比較して、2021年モデル契約においては、「目的」の定義がより精緻化・具体化されています。
▼ 協業の検討を検討開始した事実の公表
スタートアップの場合、事業会社と協業検討を開始した時点において、当該事実を公表したいというニーズがあることが多いです。そのため、2021年AIモデル契約においては、秘密保持義務の例外として、相手方の承諾なく「甲乙間で、甲が保有するAI技術を、乙の介護事業における見守り業務に導入するための導入可能性の検討を開始した事実」を公表できるとの規定を設けています。
2018年AIモデル契約では特段このような条項はありません。
▼ 次段階の契約締結に向けての努力義務・通知義務
AIソフトウェア開発に限らず、段階的に開発フェーズや契約を進めていく場合、先行する開発段階・契約において所期の目的を達成しているにも拘わらず、一方当事者の社内的な理由で次段階の契約になかなか移行できないということが、ままあります。
もちろん、双方のリスクヘッジのために開発・契約を分割することにしているわけですから、次段階への移行が法的に義務づけられるわけではないのですが、移行するか否か曖昧なまま時間だけが過ぎてしまうと、特に限られた時間しか持っていないスタートアップにとって大きなダメージとなります。
そのため、2021年AIモデル契約においては、次段階(PoCまたは共同研究開発段階)への移行に関する努力義務と、次段階に移行するか否かの通知義務を課しています。
2018年AIモデル契約では特段このような条項はありません。
▼ 秘密情報に基づき新たに発生した知的財産権の取扱
NDA段階において、秘密情報に基づき新たに発生した知的財産権の取扱について契約条項として明記するかは、開示される秘密情報の内容や双方の技術力によってケースバイケースです。開示される秘密情報の内容によってはそもそも知的財産権が発生することが考えられないケースもありますし、いったんNDA段階で知的財産権の取扱について何らかの合意をすると、次段階の契約においてその取扱を変更するのに苦労することもあります。
特にAIソフトウェア開発におけるNDA段階は、ユーザが保有しているデータのうち少量を開発者が受領し、開発者が保有している技術を用いてAIソフトウェアの開発が可能なのかを試行する段階ですが、そのような段階で何らかの知的財産権が発生することは考えにくいように思います。
(5) POC
▼ 次段階の契約締結に向けての通知義務
NDAと同様、2021年AIモデル契約(PoC)においては、次段階の契約締結に向けての努力義務・通知義務等を課しています。2018年AIモデル契約(PoC)でもオプション条項として努力義務の条項は存在していましたが、2021年AIモデル契約(PoC)においては努力義務の条項が契約書本体の条項として設置されている点、及び努力義務と合わせて通知義務も条項として設置している点が異なります。
さらに、2021年AIモデル契約(PoC)においては、更にオプション条項として、共同研究開発契約を締結した場合にはPoC契約における委託料を一部免除するという条項を設けることで、同じように次段階の契約締結に向けての動機付けを持たせる設計としています。
▼ PoC段階で注意すべき事項
また、契約条項そのものではありませんが、2021年AIモデル契約(PoC)においては、PoC契約において特に注意すべき事項についてもコメントしています。
具体的には「PoC段階においてスタートアップが生成した学習済みモデルのプロトタイプのソースコードの引き渡しを事業会社が要請した場合の対応」です。この点については、そのような要請はPoCの目的を超えるものであること、及び応じた場合にソースコードの他目的利用や漏洩を招くリスクがあることから、スタートアップとしては避けるのが望ましいとしています。
(6) 共同研究開発契約書
▼ 事業会社側の役割及び善管注意義務
まず、両契約の大きな相違点は、先ほど総論部分で少し述べたように、2021年AIモデル契約(共同開発)においては、事業会社側もスタートアップと同様善管注意義務を負うことが明確化されている点です。
これは、スタートアップのみが作業を担うのではなく、事業会社もスタートアップに対し、データや学習済みモデルの精度向上のためのノウハウを提供するなどの自らの役割を果たし、相互が協力して精度の高い学習済みモデルを共同開発することが前提となっているためです。双方がそのような役割を果たす以上、スタートアップが当該役割を果たすにあたって善管注意義務を負うのと同様、事業会社も自らの役割を履行するに際しての善管注意義務を負うことになるため、事業会社の善管注意義務が契約上明確に定められているのです。
一方、2018年AIモデル契約(開発)は、いわゆる開発委託契約(準委任型)ですので、事業会社が善管注意義務を負うことは明確には定められていません。
▼ 成果物の提供方法(納品方法)の明確化
次に、成果物の提供方法(納品方法)が明確化された点です。
2018年AIモデル契約(開発)においては、成果物が特定されていなかったため、成果物の提供方法(納品方法)については、別紙に記載する形式となっていました。
もっとも、実は成果物の提供方法(納品方法)は、特にスタートアップ側に成果物の知的財産権を留保した場合、非常に重要なポイントです。
なぜなら、成果物をどのような方法で提供するかによって、成果物に関する知的財産権を事実上保護できる強度が異なるためです。
すなわち、成果物の提供方法としては、APIを通じて出力の内容のみを提供するケース、暗号化・難読化したコードを提供するケース、バイナリコードを提供するケース、ソースコードを提供するケースなど様々ですが、そのいずれを採用するかによって、スタートアップに帰属した知的財産権の流出や契約違反のリスクが異なります。スタートアップとしては、その点に十分に留意したうえで成果物の提供方法を事業会社と慎重に協議すべきということになります。
以上の視点を踏まえ、2021年AIモデル契約(共同開発)においては、成果物の提供方法を、各成果物に対応する形で明確化しています。
具体的には以下のとおりです。
① 学習済みモデル(知的財産権:スタートアップ帰属)
「確認期間中、スタートアップのサーバ上でAPI提供可能な状態に置く」方法での提供
② 連携システムおよび連携システムに関連するドキュメント(知的財産権:事業会社)
連携システムについては「ソースコードを事業会社のサーバにインストールして提供」し、ドキュメントについては「PDFファイルを提供」する旨定めている。
▼ 学習用データセットの取扱の明確化
2021年AIモデル契約(共同開発)では学習用データセットの取扱も明確化されました。
同モデル契約では「学習用データセット」は成果物ではありませんが、事業会社からスタートアップに提供された生データの派生物ですので、その取扱については両当事者の関心事となります。
そこで、同契約においては学習用データセットについて、以下のような内容の条項を設けています。
①スタートアップは事業会社に学習用データセットの事業会社への開示義務なし。
②ただし、スタートアップは当該学習用データセットを開発目的以外に利用したり第三者に開示してはならない。
まず、①については、学習用データセットは、生データについてスタートアップのノウハウを利用して加工したものであり、スタートアップ側からすれば当該ノウハウを秘匿する必要性が高いためです。
一方で、学習用データセットは事業会社から提供を受けたデータの派生物であることから、スタートアップが無限定に利用できるとすることもバランスを欠きます。そのため②の条項を設けています。
もっとも、ケースによっては両当事者の交渉により②の利用目的の制限を外すこともあるでしょう。その場合に備えたオプション条項も2021年AIモデル契約(共同開発)に用意されています。
なお、学習用データセットに関する知的財産権の帰属ですが、これはそもそも当該学習用データセットに関して知的財産権(著作権)が発生するのか、が問題となります。学習用データセットは一種のデータベースですので、データベースの著作物(著作権法第12条の2)に該当するかということです。
この点、学習用データセットがデータベースの著作物に該当するか否かは、同学習用データセットが「情報の選択又は体系的な構成によって創作性を有する」か否かによって決せられることになりますが、その点については具体的な学習用データセット作成作業の内容や、同データセットの内容に左右されます。
▼ 第三者の知的財産権侵害の場合の責任条項
成果物を利用することによって第三者の知的財産権を侵害した場合の責任について、2018年AIモデル契約(開発)においては、開発者が知的財産権非侵害保証を行う場合と行わない場合それぞれに対応した条項を設けていました。
一方、2021年AIモデル契約(共同開発)においては、第三者の知的財産権侵害の場合の責任条項については特段設けられていませんが、2021年AIモデル契約(利用契約)第12条2項において、スタートアップが知的財産権非侵害保証を行わないことを明記しています。
これは、スタートアップが第三者の知的財産権非侵害保証を行うことのリスクが非常に高いためです。ケースによってはそのような保証を行うこともありうるとは思いますが、その場合であっても「知る限り」という留保をとどめたり、著作権侵害の非保証に限って保証をすべきと考えます。
▼ その他
また、それ以外にも、2018年AIモデル契約(開発)にはないが2021年AIモデル契約(共同開発)で設けられている規定として、成果の公表に関する規定(2021年AIモデル契約(共同開発)15条)や、スタートアップに経済的不安が生じた場合にスタートアップに帰属した著作権について事業会社側が譲渡を求めることが出来る旨の規定((2021年AIモデル契約(共同開発)17条)があります。
5 まとめ
以上、本記事では2021年3月29日に「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書ver1.0_AI編」(名前長いので「2021年AIモデル契約」と略)が公表されたことを受け、2021年AIモデル契約がオープンイノベーション戦略において占める位置をまず説明した上で、2018年6月に公表された2018年AIモデル契約と2021年AIモデル契約の共通点と相違点について解説をしました。
2018年モデル契約が公表されてから3年弱が経過したした時点で公表された2021年AIモデル契約。
両者を比較することで、「AIソフトウェア開発において変わらない点」と、「技術や契約実務の進化に伴って変わってきた点」について理解頂けるのではないかと思います。
本当は、2021年AIモデル契約の白眉である「利用契約」について詳細に解説をしようと思っていたのですが、とりあえず力尽きたので、また別の機会に。
(弁護士柿沼太一)
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