ヘルスケア
遠隔診療に新規参入時に押さえる法律のポイント
私事ですが、先日の健康診断で衝撃的な数値が出まして「要検査」ではなく「要治療」という命令が下されました。
病院に行かなければと思うのですが、忙しくてなかなか行けないんですよね。
ましてや、継続的な治療が必要そうな病気だと、ますます通院できないような気がします。
そんな私の気持ちが通じたのでしょうか、遠隔診療・遠隔処方に参入する医療機関や企業が一気に増えてきました。
この分野は、なかなか病院に行けない患者さんの受診機会を増やすという意味で大きな可能性を秘めている一方で、サービス設計を一歩間違えると医療法・薬剤師法違反になってしまうリスクがある領域です。
しかも、規制内容がまだ固まっておらず、次々と通知や事務連絡が出ており、まだ流動的な部分が沢山あります。
私も、いろいろなところから相談を受けていますが、はっきり答えられる部分とそうでない部分があります。
そこで、遠隔診療・遠隔処方の法的なポイントについて、今回と次回にわたってを整理したいと思います(平成28年3月末時点での調査結果です)。
遠隔診療・遠隔処方の法規制に関するまとめと通達類を、全て1つのpdfファイルにまとめたものをご希望の方に無料でお送りしています(2018/04/04追記:本記事執筆時点から遠隔診療に関する法規制がかなり変更になったため、配布を終了いたしました)。
Contents
■ 診察と処方
患者さんが病気にかかって医療機関に行った場合、通常は
1 診察をしてもらい
2 (必要があれば)お薬を処方してもらう
ということになります。
このうち、1の「診察」ついては、その病気について初めてお医者さんにかかる場合(初診)と、2回目以降に診察して貰う場合(再診)に分かれます。
また、2の「処方」については、診察を受けた病院で処方・調剤して貰う場合(院内処方)と、病院で処方箋を貰い、その処方箋を院外の薬局に持参して薬を処方・調剤してもらう場合(院外処方)の2種類があります。
つまり、診察→処方という流れには以下のような組み合わせがあるわけです。
現在話題になっている「遠隔診療」というのは、このうち「診察」部分に関するものですが、後述するように「遠隔診療」については、それが「初診」に関するものか「再診」に関するものかで異なる考え方をしますので、それも場合分けする必要があります。
たとえば「診察については初診・再診共に遠隔診療を行い、薬は院内処方しかしない」というサービスであればこうなります。
次に「診察については初診は対面診療・再診は遠隔診療を行い、薬は院外処方しかしない」というサービスであればこうなります。
すでに実際に提供されているサービスでいうと、株式会社メドレーの「CLINICS」。
このサービスは、実際の導入医療機関の説明ページを見ると「診察については、初診は対面診療・再診は遠隔診療を行い、薬は院内処方・院外処方双方ある」というサービスのようです。
なので、このようなパターンになります。
さらに、「診察」と「処方」とでは、それぞれ違う規制がかかっています。
この構造について理解した上で次に進みましょう。
■ 遠隔診療は医師法20条の問題であり、違反すると医師法違反(刑事罰あり)になってしまうこと
まず、医師による診察については、医師法20条という法律があります。
医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない(医師法20条)。
遠隔診療の問題というのは、「遠隔診療」がこの条文の「診察」に該当するかどうかの問題で、その解釈についていろいろな通知が出ているわけです。
ですので、その医療機関が行っている遠隔診療が医師法20条の「診察」に該当しない、ということになると医師法違反(刑事罰もある)になってしまいます。
医師等の診療行為については、違法か否か、と保険が適用されるかどうか(保険診療か自由診療か)がごっちゃになって議論されることも多いのですが、両者はレベルが違う問題ですので、明確に区別する必要があります。
このうち、第1レベル(違法か否かのレベルの問題)については、医師法等による規制がかかっています。違反すると刑事罰まである厳しい規制です。
たとえば、無診察医療は医師法20条違反により違法です。
次に、第2レベル(保険適用があるかないか(保険診療か自由診療か)のレベルの問題)については、健康保険法、療担規則、診療報酬点数表(厚労省告示)等による規制がかかっています。ただ、このレベルの規制は、違反したら違法ということではなく、単に保険適用がない、というだけです。
たとえば、保健医療機関の所在地と患家の所在地との距離が16㎞を超える往診は、保険診療としては算定が認められませんが(診療報酬点数表C000往診料注4及び平成26年保医発0305.3)もちろん違法ではありません。
ここでは、遠隔診療の問題が第1レベル(違法か否かのレベルの問題)の問題であることに注意してください。
■ 遠隔診療に関する規制の推移
「遠隔診療」が医師法20条の「診察」に該当するかについての解釈指針が初めて出されたのは、平成9年でした。
具体的には、「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」(平成9年12月24日付け健政発第1075号厚生省健康政策局長通知)です。
これを、「平成9年遠隔診療通知」といいます。
▼ 平成9年遠隔診療通知は不明確な点があった
この平成9年遠隔診療通知の全文は上記リンク(このリンクは平成27年8月10日付事務連絡ですが、その事務連絡の中に平成9年遠隔診療通知の全文が含まれています)を見ていただくとして、重要な点を抜粋すると以下のとおりとなります。
1 基本的考え方
診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療は、あくまで直接の対面診療を補完するものとして行うべきものである。
医師法第20条等における「診察」とは、問診、視診、触診、聴診その他手段の如何を問わないが、現代医学から見て、疾病に対して一応の診断を下し得る程度のものをいう。したがって、直接の対面診療による場合と同等ではないにしてもこれに代替し得る程度の患者の心身の状況に関する有用な情報が得られる場合には、遠隔診療を行うことは直ちに医師法第20条等に抵触するものではない。
2 留意事項(1)~(3)
(1) 初診及び急性期の疾患に対しては、原則として直接の対面診療によること。
(2) 直接の対面診療を行うことができる場合や他の医療機関と連携することにより直接の対面診療を行うことができる場合には、これによること。
(3) (1) 及び (2) にかかわらず、次に掲げる場合において、患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えないこと。
ア 直接の対面診療を行うことが困難である場合 (例えば、離島、へき地 の患者の場合など往診又は来診に相当な長時間を要したり、危険を伴うなどの困難があり、遠隔診療によらなければ当面必要な診療を行うことが困難な者に対して行う場合)
イ 直近まで相当期間にわたって診療を継続してきた慢性期疾患の患者など病状が安定している患者に対し、患者の病状急変時等の連絡・対応体制を確保した上で実施することによって患者の療養環境の向上が認められる遠隔診療(例えば別表に掲げるもの)を実施する場合
この「留意事項」が重要です。
【まとめると】
1 遠隔診療を行うことは直ちに医師法20条等に抵触するものではない。
2 ただし、初診・急性期疾患は原則ダメ
3 できるだけ直接の対面診療を行うべき
4 「直接の対面診療を行うことが困難である場合」「安定した症状の患者に対する一定の遠隔診療」については、直接の対面診療と適切に組み合わせれば、初診や急性期疾患の場合でもOK
ということですね。
しかし、この平成9年通知には、たとえば
・ 「離島、へき地の患者」に対してしか遠隔診療は提供できないのか
・ 平成9年遠隔診療通知の「別表」に掲げられている疾病に対してしか遠隔診療は提供できないのか
・ 「初診・急性期疾患は原則ダメ」とあるが、必ず初診は対面診療を行わなければならないのか
というような疑問があり、そこがクリアされない状態が長く続いたため、遠隔診療に参入する医療機関・事業者はなかなか増えませんでした。
▼ 平成27年8月に事務連絡が出され、疑問点がある程度クリアになった
そこで、平成27年8月に平成9年遠隔診療通知を解釈するための事務連絡が出されました(平成27年8月10日厚生労働省医政局長事務連絡)。
内容は以下のとおりです。
1.平成9年遠隔診療通知の「2 留意事項(3)ア」において、「直接の対面診療を行うことが困難である場合」として、「離島、へき地の患者」を挙げているが、平成9年遠隔診療通知に示しているとおり、これらは例示であること。
2.平成9年遠隔診療通知の「別表」に掲げられている遠隔診療の対象及び内容は、平成9年遠隔診療通知の「2 留意事項(3)イ」に示しているとおり、例示であること。
3.平成9年遠隔診療通知の「1 基本的考え方」において、診療は、医師又は歯科医師と患者が直接対面して行われることが基本であるとされているが、平成9年遠隔診療通知の「2 留意事項(3)ア」又は「2 留意事項(3)イ」に示しているとおり、「2 留意事項(1)及び(2)」にかかわらず、患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは、遠隔診療によっても差し支えないこととされており、直接の対面診療を行った上で、遠隔診療を行わなければならないものではないこと。
【まとめると】
1 1において「直接の対面診療を行うことが困難である場合」の「離島、へき地の患者」が例示であることが明記されているため、初診時遠隔診療OKの範囲が拡大されていることになるが、たとえば「忙しくて病院に行くことができない」という患者の都合が「直接の対面診療を行うことが困難である場合」に該当するかどうかは不明。
2 3で「直接の対面診療を行った上で、遠隔診療を行わなければならないものではない」としているため、初診はかならず対面診療によらなければならないということではない。
3 しかし、同時に「直接の対面診療と適切に組み合わせて行われるときは」という留保が付されているため、「初診から再診まですべてを遠隔診療で行うこと」はおそらくNG。
▼ やっぱり「遠隔診療だけで全て完結」はNGだった
その後、厚労省は、平成28年3月18日に、東京都からの疑義照会に回答する形で、対面診療を行わずに遠隔診療だけで診療を完結させる事業についての考え方を示しました(医政医発0318第6号)。
【参考】
医政医発0318第6号
(*厚労省のサイトで見つからなかったので石川県のサイト内のリンクです)
ここで、厚労省は、「対面診療を行わず、遠隔診療だけで診療を完結させることを想定した事業」については、医師法20条に違反する、と明確に回答をしています。
この通知により、対面診療を一切行なわず、遠隔診療のみで完結させる診療が医師法違反になることが明確に示されたことになります。
やっぱり、という印象ですね。
▼ 遠隔診療に関する規制まとめ
以上をまとめると(まとめてばかりですが)、平成28年3月時点での遠隔診療に関する法規制は一応以下のようになると思われます。
1 急性期の疾患に対しては、原則として直接の対面診療によるべき。
2 初診で対面診察すれば、それ以降の再診を遠隔診療で行っても原則OK。
3 初診で対面診察しなくても構わないが、その場合、どこかで必ず対面診療の機会を設ける必要があり、遠隔診療だけで完結させるサービスはNG。
やはり、重要なのは、対象疾病を遠隔診療に適したものに限定することと、必要に応じて対面診療と組み合わせることだと思われます。
遠隔診療とは切っても切り離せない、薬の遠隔処方の記事「薬の遠隔処方で押さえる法律のポイント」も、ぜひ参考にしてください。
遠隔診療・遠隔処方の法規制に関するまとめと通達類を、全て1つのpdfファイルにまとめたものをご希望の方に無料でお送りしています(2018/04/04追記:本記事執筆時点から遠隔診療に関する法規制がかなり変更になったため、配布を終了いたしました)。
(弁護士柿沼太一)