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スタートアップ

【スタートアップ資本政策連載・第2回】何のために法人化するのか

アバター画像 坂田晃祐

*本記事は「【連載】ストーリーを通じて学ぶスタートアップのための資本政策と資金調達手法」の第2回目の記事です。

第2回「何のために法人化するのか」では、まずスタートアップが法人化する意味について説明します。事業を行う形態にはさまざまなものがあり、個人事業主として事業を行っている方は沢山います。もっとも、スタートアップの場合、ある段階において、ほとんど全てが法人化します。それはなぜなのでしょうか。

ここからは、ある架空のスタートアップを題材に考えてみます。

会社名:EmoTech

技術領域:このスタートアップでは、ソフトウェア及びハードウェアを駆使して、人々の感情を読み取り、適切なサポートやアドバイスを提供するサービスを開発しています。特にメンタルヘルスに焦点を当て、ストレスや不安を軽減し、人々の生活の質を向上させることを目的としています。創業チームの大山・川崎・佐々木はA大学の同級生で気心が知れた間柄です。

登場人物:

大山 智:CEO兼リーダー。ビジョンを持ち、熱意に満ちたカリスマ的リーダー。経営戦略とチームの結束力に優れる。

川崎 真理子:CTO。大山・佐々木のA大学の同級生。A大学において高い実績を誇るハードウェア関連の研究室出身。優れた技術力を持ち、ハードウェア設計やプログラミングの専門家。冷静で現実的な視点を持つ。

佐々木 雄一:COO。大山・川崎の大学の同級生。事業開発とマーケティングのエキスパート。人当たりが良く、チームのムードメーカー。

藤本 健一:EmoTech創業以前から大山たちの先輩起業家としてアドバイスをしていた人物。自身もいくつかのスタートアップを成功させており、起業経験豊富な人物である。

何のために法人化するのか

藤本「スタートアップを創業するということは、株式会社を設立することになると思うけど、準備は進んでる?」

大山「会社って、絶対に設立しなければいけないんですか?手続が面倒そうだし、お金もかかるイメージがあって…」

藤本「確かに、会社の設立には一定の時間・金銭コストがかかる。でも、今後の事業展開を見据えると、基本的には会社を設立しておくべきだ。なぜかというと…」

リスクの低減・遮断

藤本「たとえば、もし事業がうまくいかず、借金だけが膨らんでいったらどうなる?会社がなければ、その借金は誰が払う?」

大山「…CEOである僕、でしょうか…?」

藤本「そう。EmoTechは一般ユーザー向けに広く展開していく予定なんだよね?ビジネス上のコストも大きくなってくるから、個人ではとても払えない額になるよ」

大山「会社があると、そういった事態を防げるんでしょうか?」

藤本「会社と代表取締役その他役員は、法的には別の存在だから、原則、会社の借金を役員が支払う義務はないよ。ただ、契約によっては代表取締役が保証人になることもあるから、それは気をつけてね」

【解説】

会社を設立すると、会社の財産とあなたの財産は分けて管理されます。このため、会社で損失が発生したり、会社の事業によってクライアントに損害を与えた場合であっても、この損失・損害賠償を負担するのは会社であり、あなたのポケットマネーから損失を補填したり、損害を賠償したりする必要はありません。この意味で、会社を設立すると、個人である会社代表者のリスクは低減されることになります。なお、別途保証契約を締結している債務については、保証人(通常は代表取締役となることが多いです)にも支払義務が生じる場合がありますので、注意が必要です。

人材の募集がしやすい

藤本「今後、ぜひジョインしてもらいたいという優秀な人材に会うときが来ると思うけど、会社がないとして、どうやってその人を勧誘する?」

川崎「確かに、会社がないと信用してもらいにくいですし、個人事業主の場合、どういった契約をその人と結ぶのか、イメージがつきにくいですね」

藤本「そう。会社であれば、従業員として雇用するのか、役員になってもらうのか、など、パターンが想定しやすいよね」

【解説】

個人事業主として起業する場合、ある人材と共同で事業を進めようとすると、共同で行う事業の範囲・報酬や、利益・損害の分配・その他の事項について決める必要があります。法人を設立しないと、これらの事項をすべて契約として合意しなければならず、非常に複雑になります。

会社を設立すると、ある人材を会社に招く場合の関係が非常に整理しやすくなります。たとえば、以下のような形式で招くことが可能になります。

  • 株主として加わって貰う。
  • 役員(取締役)として委任契約を締結する
  • 従業員として雇用する
  • 顧問として別途契約を締結する

これらのパターンでは、それぞれ契約内容が法律や慣行である程度決まっているため、優秀な人材を招きやすいという優位性があります。

資金調達の容易性

藤本「特にEmotechのようなスタートアップは、最初は運転資金を外部からの調達に頼ることになるね。佐々木くん、君が投資家だったら、名刺に何の肩書もない、どこに所属しているかもわからない人にお金を出すだろうか」

佐々木「まず出さないですね。せめてどこの会社に所属しているかがわかれば…そうか、だから会社が必要なんですね」

藤本「そう。会社という箱があること自体が1つの信用になることもあるんだ」

藤本「それと、株式会社であれば、単なる借金だけでなく、株式を付与するかわりに出資してもらうこともできるようになる。普通『出資』というとこっちを指すことが多いね」

【解説】

特にスタートアップにおいては、起業後数年間は収益をあげることが困難なケースが多いため、手持ちの資金がよほど潤沢でない限り、外部から調達した資金で会社を運営することになります。

個人事業主の場合、資金調達は基本的には借り入れ(デット)で行うことになります。この場合、元本+利子を返済する必要がありますが、手元キャッシュに乏しいスタートアップにとっては返済が大きな負担になります。また、個人単位の信用には限界があるため、それほど多額の金額を調達することが難しいというデメリットもあります。

他方で、会社を設立する場合、資金調達を株式による出資(エクイティ)で行うことができます。エクイティであれば元本返済義務がないほか、会社の信用を利用して個人の場合よりもより多額の金額を出資してもらうことも可能になります。

許認可上の要請

一部の業種においては、業務を行うために特定の許認可を取得する必要があります。この許認可について、法人のみが取得できるとするものも多くあることから、個人事業主の場合にはそもそもこういった事業が行えないということになります。

法人化のタイミング

大山「会社を設立するタイミングはいつがいいのでしょうか?」

藤本「決まったタイミングはないけど、ビジネスモデルが固まっていることを前提とすると、早めのほうがよいかもしれないね。さっきも言ったとおり、会社を設立することで資金調達もしやすくなるし、ビジネス上の信用も得られるからね」

【解説】

会社を設立するタイミングに正解はありませんが、法律上の観点からは早めに設立することをおすすめします。会社の設立手続には一定の時間がかかりますので、必要な資金調達に間に合わないということも起こり得ます。

法人の種類

会社には、株式会社、合同会社、合資会社、合名会社の4種類がありますが、スタートアップの場合は、基本的に株式会社を設立することになります。なぜ株式会社が選択されるのかについては、次回の記事で解説します。

設立時に考えなければならないこと

大山「株式会社を設立するときに決めなければいけないことは何かありますか?」

藤本「大きく分けると、資本金の額と、株主構成の2つかな。」

佐々木「僕たちが平等に1/3ずつ持つというのでは駄目なんでしょうか」

川崎「それと、会社に協力してくれそうな同級生が5人ほどいるのですが、最初はなかなか給料を払えないと思うので、この人たちに5%ずつ株式を渡すというのはどうでしょうか」

藤本「うーん、佐々木さんの案も川崎さんの案も、後々のことを考えるとおすすめはできないね。なぜかというと…」

資本金の額の決定

資本金とは、株式会社では出資者(株主となる者)から募った資金であり、会社を運営するにあたって元手となる資金です。借入金と違い、資本金には元本返済義務がなく、また使途に制限もないことから、運転資金、設備投資や研究開発等など目的は自由に使うことができます。また、資本金の払戻には厳格な手続が要求されていることから、資本金の額は会社の安定性や信用度の目安にもなっています。

会社を設立するにあたり、資本金は、初期投資に加えて、約半年分の運転資金を見込んで設定するのが目安とされています。例えば、会社が事業を始めるにあたって研究開発に使用する機械等の設備を購入する必要がある場合であれば当該設備の購入代金とラボの賃料、研究者等の人件費、その他通常の事業を行うために必要な費用の約6か月分を加えた金額を資本金とします。

株主構成

創業者として、当初は会社の重要事項の決定できるだけの保有割合を維持することが重要になります。一般的には、創業当時の創業者は株主総会特別決議を可決できる2/3(約66.7%)を超えて保有していることが望ましいといえます。創業者が複数いる場合には、仲間割れにより会社の方針が決定できない(デッドロック)状態となるリスクに備えるために、創業者のうちの一人が最低でも発行株式の過半数を保有することが望ましいです。

さらに、最も気を付けなければいけないことは、株主の数をいたずらに増やさない(株式を多数に分散させない)ことです。株主が多数存在すると、株主から同意を取得する必要がある様々な手続が煩雑になってしまい、会社運営に支障をきたすようになります。

特に、スタートアップにおいては、将来的にVC等の外部投資家から投資を受ける必要があり、外部株主が参加してくるため、会社にとって資金が必要となる時期とその金額や創業者の株式保有割合の変化等を見越したうえで、当初の保有割合を決定することが推奨されます。

なお、Emotechのようないわゆる研究開発型スタートアップでは、大学に所属する研究者が創業株主となるケースがありますが、この場合には大学との利益相反の問題(研究成果は通常大学に帰属しており、事業利用するには大学からライセンスを受ける必要があるが、当該研究者は大学所属としての立場とスタートアップ株主としての立場の板挟みになる)があります。この場合には、研究者が属する各大学の利益相反規定に基づき、承諾等の必要な手続をする必要があります。

大山「株主構成はどうしようか?」

川崎「大山くんが2/3以上持つということでいいと思う。私と佐々木くんは同じ割合でいいんじゃないかな」

佐々木「賛成。大山くんがこの会社のCEOだしね。80%を大山くんが持つことにしたらどうかな」

大山「みんな、ありがとう。藤本さん、この株主構成でやってみようと思います」

大山:80%

川崎:10%

佐々木:10%

藤本「うん、いいんじゃない」

こうして、株式会社「Emotech」を設立することになった大山・川崎・佐々木の3人ですが、株式についてはまだなじみがないようです。次回は、株式会社における株式とは何か、スタートアップにとっての株式会社のメリット等について解説します。

弁護士坂田晃祐