著作権
SMAPとジャニーズ事務所が交わしている契約書の内容を推測してみた
SMAP独立騒動はSMAPのメンバーが公開謝罪をしたことで、一応の収束に向かいつつあるように見えます。
あのような煮え切らない結末を迎えざるを得なかった理由は、ジャニーズ事務所のメディアに対する強大な影響力が大きいのでしょうが、もう1つ、ジャニーズ事務所がSMAPとの間で交わした契約の内容も影響しているものと思われます。
契約によりSMAPはがんじがらめに拘束されており、独立後の活動に大きな影響が出るからこそ、あのような結末を迎えざるを得なかったのではないか、という推測です。
タレントと所属事務所の間で結ばれているマネジメント契約は、その内容が表に出ることはほとんどありません。
ただ、実は芸能人の事務所独立騒動が法廷に持ち込まれることは結構ありまして、裁判ではマネジメント契約内容や解釈が問題となります。
そのため弁護士などが使っているこのような判例検索システムでこの種の判例を調査してみれば、いくつか出てきます。
・ 鈴木亜美事件
・ 河相我聞事件
今回は、この2つの裁判の判決文に出てくるマネジメント契約を参考にしてSMAPの各メンバーとジャニーズ事務所との間のマネジメント契約はこういう内容ではないかという推測(あくまで推測ですよ。実際にどういう契約なのかは全く知りません)をしてみようと思います。
Contents
■鈴木亜美事件
「アミーゴ」の愛称で有名な鈴木亜美ですが、所属事務所などとのトラブルで、複数の裁判に巻き込まれています(委任契約終了確認等請求事件・東京地裁平成13年7月18日判決、専属実演家契約終了確認等請求事件・東京地裁平成15年3月28日判決)。
いくつかある争点のうち「所属事務所とのマネジメント契約が終了したか」というのが重要な争点となりました。鈴木亜美側は、所属事務所とその社長が脱税事件を起こしたことを理由としてマネジメント契約を解除したところ、その解除の有効性が争われたのです(裁判所は解除は有効であると判断)。
ここでは詳細は割愛しますが、この裁判の判決文の中に鈴木亜美のマネジメント契約がほぼそのまま出てきます。
■河相我聞事件
河相我聞の裁判(損害賠償請求事件(東京地裁平成22年4月28日判決)は、河相我聞が訴えたとか訴えられたという事件ではありません。
かつて、ある会社が「我聞」という名称のラーメン店を開業しました。ラーメン店運営会社は、この名称を使うことについて河相我聞氏の了解は得ており、我聞氏自身もラーメン店で自ら麺を茹でたり,接客に当たるなどしていました。しかし我聞氏の所属事務所が「ラーメン店に『我聞』という名称を使うことは、当事務所が有する我聞氏のパブリシティ権を侵害するものである」としてラーメン店を訴えたという裁判です(所属事務所側が敗訴)。
この事件の判決文にも、我聞氏と所属事務所間の契約内容がほぼそのまま出てきます。
なかなかおもしろい事件ですので、興味がある方は判例検索システムの検索語に「我聞」と打ち込んで検索をしてみてください。初めての経験だと思いますが。
■(推測)SMAPとジャニーズ事務所のマネジメント契約
2つの事件の判決文に出てくるマネジメント契約書(我聞事件では「専属実演家契約」という名称です)を元に、SMAPの各メンバーとジャニーズ事務所が結んでいるマネジメント契約はこういう内容ではないかという推測をしてみます。
*メンバーのうちの1名を「A」、ジャニーズ事務所を「事務所」と表記します(通常は「甲」「乙」などで表記されますが、分かりやすくするためです)
第1条 契約の目的
事務所及びAは,互いに対等独立の当事者として,相互の協力と業務の提携により,Aの実演家としての才能,資質及び技能の向上並びに業績,名声の増大を図り,ひいては事務所の業績の増大を実現し,もって相互の利益の増進と発展に寄与するものとします。
契約書の冒頭には、契約の目的を記載することがあります。
ここでは、所属事務所がタレントの才能や名声を伸ばし、その結果所属事務所も繁栄するという目的が謳われています。
この目的自体は特に不自然ではないのですが、見過ごしてはいけないのは「対等独立」という表現です。どうしてもマネジメント契約では所属事務所が一方的にタレントをガチガチに縛るという構図になりがちなので、その雰囲気を和らげるためにも、このような対等独立との文言が入っているのではないかと推測します。
第2条 専属アーティスト
1 Aは事務所に対し、この契約期間中、この契約の定める条件に従って、日本国内外を問わず全世界において、2条の定める各活動を含むAの全ての活動につき、3条に定める各業務を含むマネジメント業務を行うことを委託し、ジャニーズ事務所はこれを引受けた。
2 Aは,この契約期間中、事務所以外の第三者に対し、名目の如何を問わず、Aの活動に関するマネジメント業務を委託することはできない。
3 Aは、事務所からの事前の書面による承諾を得た場合は別として、有償、無償にかかわらず、Aの活動について第三者と契約を締結し、又は第三者の依頼による活動をすることはできない。
「専属アーティスト」つまりAのマネジメント活動を所属事務所に独占させるという条項です。
所属事務所はタレントを育成するために多額の投資をしますし、結果的にその投資を回収できるくらいビックに成長するタレントはほんの一握りでしょうから、このように所属タレントのマネジメントを独占することは、投下資本の回収という意味からするとある意味当然といえます。
第3条 Aの活動
Aは、事務所又はその指定する者のために、次のものを含む活動を行う。
(ア)レコーディング。
(イ)テレビ、ラジオ番組等放送通信への出演。
(ウ)コマーシャル、舞台、映画、ビデオへの出演。
(エ)コンサート、イベント、催事、講演等への出演。
(オ)書籍新聞等への掲載を目的とするものを含む写真撮影、取材への出演。
(カ)作詞・作曲,編曲,プロデュース等の業務
(キ)執筆等の業務
(ク)Aの実演あるいはAの氏名(芸名,通称等を含む。),写真,肖像,ロゴ及び意匠等を用いた各種の商品の企画、店舗運営等に関する業務
(ケ)その他前各号の業務に付随する一切の業務
ここで列挙したAの活動についてのマネジメント業務をジャニーズ事務所が独占する訳ですから、事務所にとっては列挙する範囲が広ければ広いほど都合がいいわけです。
実は河相我聞事件で事務所側が敗訴したのは「我聞氏が事務所に独占させていたのは『実演』にかかるものだけであり『ラーメン店の経営などの店舗経営』には及ばない」と判断されたためでした。
ジャニーズの契約書では、タレントAとして考え得るあらゆる活動が列挙されていると推測されます。
第4条 マネジメント
事務所は、前条に定めるAのアーティスト活動に関し、Aのスケジュール調整、ブッキング、交渉、営業、プロモーション等を含むマネジメント業務を行う。なお、Aの個々のアーティスト活動の選択、決定についてもジャニーズ事務所が行う。また、Aは、正当な理由なく事務所からのアーティスト活動の依頼を拒否することはできない。
Aのマネジメントに関して、事務所側が行う活動が記載されています。
Aが「こういう仕事をやりたい」と言ったとしても、最終的にどのような仕事をやらせるかの決定権は事務所側に留保されているでしょう。
第5条 権利の帰属
本契約の有効期間中にAの活動により制作された著作物,商品その他のものに関する著作権,商標権,意匠権,パブリシティ権,所有権その他一切の権利は,本契約又は第三者との契約に別段の定めのある場合を除き,すべて事務所に帰属するものとします。
タレントの活動をマネタイズしようと思えば、タレントの活動によって生じた権利を全て事務所側に集約させなければなりません。
たとえばタレントが作詞作曲した曲の著作権、タレントが実演したことによって生じた著作隣接権、タレントが描いた絵画の著作権、タレントのパブリシティ権等々。。。。とにかく全ての権利です。
この条項もマネジメント契約にはマストの条項ですが、タレントの立場から言うと、自らの活動に関わる全ての権利が事務所側に吸い上げられてお金に換算されるということを意味します。
第6条 報酬の受領とその支払い
1 Aは、本契約に定めるAの活動に関わる契約金、出演料その他の報酬ないし対価は全て事務所に対して支払われることに合意する
2 事務所は、Aに対し、本契約に従って事務所よりAに支払われるべき対価として「別紙記載の計算方法」により算出した金額を支払うものとし、当該金額のほかには名自の如何を問わず、Aの事務所に対する請求権は一切発生しないことを確認した。
Aのあらゆる活動を事務所がマネジメントする以上、Aの活動で生じた出演料などの対価はすべて事務所が直接支払いを受ける、ということになります。タレントAは、あくまで事務所に対して、事務所が決めた金額だけを請求できるに過ぎません。
ちなみに、鈴木亜美の場合はこの「別紙記載の計算方法」は以下のように定められていました。
(ア)給与 月20万円
(イ)印税報酬 算出方法は、レコード又はビデオ一枚(巻)につき、〔税込価格-消費税-ジャケット代(税込価格の一〇%とし、CDのいわゆる特別仕様ジャケットについては一五%とする。)〕×〇・四%とする。
・・・・・これだけです。「レコード又はビデオ」にあたらない写真集がいくら売れようと鈴木亜美の手元には1円も入りません。
1999年3月25日に発売された鈴木亜美氏の1枚目のオリジナルアルバム「SA」はオリコンアルバムチャート1位を獲得し、累計出荷枚数は250万枚とされています。
印税報酬を計算してみると
【CD1枚3000円(税抜き)-ジャケット代450円(15%)】×0.4%×250万枚
=2550万円
となります。
CD1枚あたり約10円ですね。
むちゃくちゃ安いと思うのは私だけでしょうか。
第7条 Aの肖像等の宣伝利用
事務所又は事務所が指定する第三者は,Aのプロモーションのために,Aの氏名(芸名,通称,愛称,親称等を含む。),肖像,写真,ロゴ,筆跡及び経歴等を自由に,かつ,無償で利用することができ,Aは,これら業務に積極的に協力するものとする。
第8条 契約の有効期間
1 本契約の有効期間は,平成5年9月1日から平成7年8月31日までの満2か年間とします。
2 事務所又はAが,前項の期間の満了する3か月前までに契約を更新しない旨の書面による通知をしないときは,本契約は自動的に期間満了の翌日から前項の期間と同一期間更新されるものとします。
第9条 契約終了後の競業避止等の義務
理由のいかんを問わず、本契約が終了した後は、Aは「SMAP」ないし「SMAP」に類似する名称を使用して本契約第3条に定める行為を行ってはならない。
労働契約や業務委託契約などにおいては、このような契約終了後の競業避止義務(会社との契約が終了した後は、一定期間は同種の活動を行ってはならないとの特約)を定めることがあります。
今回の場合、事務所側は「本契約が終了した後は、Aは第3条に定める行為(これまで行ってきたタレント活動)を行ってはならない」と定めたいところです。
ただそれでは範囲があまりに広すぎるし、期間も無限定ですので、Aの活動を不当に阻害しすぎるということで無効になってしまう可能性が高いと思います。
そのため「『SMAP』ないし『SMAP』に類似する名称を使用して」という限定が加わっているのではないかと推測します。
このような条項であれば、Aは『SMAP』ないし『SMAP』に類似する名称を使わなければ、自由に芸能活動をすることが出来ますので、おそらくこの条項自体は有効と判断されるでしょう。
■芸能事務所もタレントも楽な商売ではない
以上、実際の裁判で出てきた芸能事務所のマネジメント契約を参考に、SMAPとジャニーズ事務所との間のマネジメント契約を推測してみました。
文中にも書きましたが、プロダクションにとってタレントの育成というのは一種の「賭け」です。稼げるタレントになるまでに多額の投資が必要なのが通常ですし、売り出しに成功したと思ったら結婚やスキャンダルで人気が落ちるなど常に油断ができません。芸能事務所は決して楽な商売ではないわけです。
そのため芸能事務所がタレントの活動を全てコントロールし、かつ事務所側があらゆる権利を取得するという契約内容は不合理と言えないのが正直なところ。芸能人も楽な商売ではないのですね。