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著作権法上の引用要件を満たしているのに、かさねて許諾を得る必要はあるのか
著作権法の引用要件を満たしており、他人の著作物を無断で利用できるにもかかわらず、その他人に事前に「掲載させて頂いてもよろしいでしょうか」と打診するのはやめておいたほうがよい。「ダメ」と言われた場合に身動きがとれなくなるし、掲載を強行すると「ダメと伝えたのに」とかえって紛争になる。
— 杉浦健二@STORIA法律事務所 (@kenjisugiura01) 2019年5月6日
このツイートに様々な反応を頂いたのをきっかけに、「著作権法上の引用要件を明らかに満たしており、他人の著作物を無断で利用できるにもかかわらず、その他人からかさねて許諾を得る意味はあるのか」を改めて検討しました。
厳密には、引用(著作権法第32条1項)のみでなく、私的使用のための複製(同第30条1項)や思想感情の享受を目的としない利用(同第30条の4)その他の権利制限規定(同第30条から第50条)の要件を明らかに満たすために著作物を無断で利用できる場合に、かさねて権利者から利用許諾を得る意味があるのかの問題です。
Contents
(前提)引用要件を満たせば、許諾を得ずに利用できる
大前提として、著作権法上の引用要件を満たす場合、権利者から許諾を得ずに無断で利用することが可能となります。
・権利者の許諾がないと引用は認められない?
・著作権法上の引用要件を満たしている場合でも、権利者への通知も行う必要がある?
・「引用します」と権利者に伝えれば適法になる?
・出典さえ明記すれば適法になる?
これらはすべて誤りです(いずれもツイッター等で目にした見解)。
具体的には著作権法第32条1項が定める引用要件を満たしていれば、権利者の承諾も権利者への通知も要せず、つまり無断で他人の著作物を利用することが可能となります。
著作権法第32条 (引用)
1 公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。
ただし第32条1項の条文のみでは「公正な慣行」「引用の目的上正当な範囲内」の意義が一義的でありません。そこでこれまでの最高裁判例(パロディモンタージュ事件・最判S55.3.28)を含む多くの裁判例を踏まえて、第32条1項に基づく引用が適法となるためには、一般に以下の要件が必要と考えられています(ただし下記※)。
1 本文と引用部分を明瞭に区分する(ブログの場合はblockquoteタグで囲む等)
2 本文(自分の記事)がメインで、引用部分がサブ(主従)の関係にある(質的にも量的にも)
3 引用する必然性がある
4 改変しない
5 出典を明記する(出所明示)
※必然性を要件としない見解や、逆に要件として、必要最小限度の範囲内であること、引用する側の著作物性なども必要とする見解もあります。
※近時の裁判例には、明確区別性(上記1)と主従関係(上記2)の2要件に言及することなく、当該引用が正当な範囲内か、公正な慣行に合致するかを判断したものもあります(東京地方裁判所平成31年4月10日判決(LEX/DB25570276)外部リンク)。
※出所明示は、上演や演奏等のように複製以外の方法による場合は、出所明示の慣行があるときに限って明示を要します(法第48条)。
かさねて権利者から許諾を得ようとするデメリット
権利者から許諾を得ずして利用できる場合に、かさねて権利者から許諾を得ようとした結果、権利者が許諾してくれればもちろん問題ありません。
しかし権利者から「許諾しません」と回答されてしまうと、本来法律上は利用できたはずなのに、権利者の意思を尊重すれば利用を控えざるを得なくなります。
反対に、権利者から示された明確な「ダメ」との意思に反して利用すれば、権利者からは「ダメって言ったのになぜ利用するんだ」と言われてトラブルに発展することが容易に想像できます。
さらに許諾を求められた権利者側としても、
・引用要件を満たしているならば、連絡などよこさずに勝手に使ってくれたらいい(返事すること自体が面倒)。
・「許諾します」と明確に回答すれば、権利者としてお墨付きを与えたことになりかねず「公認」と独り歩きするリスクがある。「何を」「どの範囲で」許諾したのかが正確に伝わらないリスクもある。更にいったん与えた許諾の撤回を求める場合、さらなるトラブルとなりかねない。
・そもそも著作権法上の引用要件を満たしているのかがよく分からない。なのでとりあえず拒否する。
などの理由から、知人からの依頼や、権利者にとって引用されるのに何らかのメリットがある話でもない限り、権利者の立場から明確に「利用を許諾します」と回答するのは大変に難しいのです。
また権利者が明確に使用許諾を拒否し、これに対して許諾を得ようとした者が「分かりました」と回答したような場合、ケースによっては「著作権法上適法に利用できる行為(たとえば引用要件を満たす引用)も行わない旨を当事者間で合意した」とされかねません(※いわゆる「契約による著作権法のオーバーライドの問題」。このような合意が有効かどうかは説が分かれており、経済産業省H30「電子商取引及び情報材取引等に関する準則」P245では有効説と無効説が併記されています)。
以上より、権利者が「許諾します」と回答してくれる可能性が低い状況で、かさねて許諾を取りに行くメリットは皆無であるどころか、リスクが高い行為であると言えます。
それでもあえて権利者から許諾を得ようとする理由
かさねて許諾を得ようとするリスクがこれだけあるにもかかわらず、なぜ権利者からかさねて許諾を得ようとするのでしょうか。
その理由は、ひとえに
・引用したいと考える側が、著作権法上の引用要件を理解していない
・引用要件を満たしているかどうかが分からず不安だから、保険をかけるために、念のために許諾も得ておきたい
点にあると考えます。
たしかに、現在一般的に考えられている引用要件は一義的に明確な基準であるとはいえず、各要件を満たしているかは具体的事案に応じてケースバイケースとならざるを得ません。
そのため「引用要件は法文上で、明確かつ具体的な基準があったほうがよいのでは」という声もあります。ただ引用要件を過度に明確化すると、インターネット等を中心とした利用形態の多様化に法文がついていけずに弾力的な運用がしづらくなるため、引用要件はある程度の「あそび」がある現在の程度が望ましいと個人的には考えています(もちろん具体例を交えたQ&Aやガイドラインの充実はこれからも求められるでしょう)。
引用要件を明らかに満たす場合に、かさねて許諾を取ろうとするのは「無用のマナー」である
以上より、
・引用要件を明らかに満たす場合、利用者は権利者に許諾を取る必要はない。かさねて許諾まで取ろうとするのは、良かれと思ってやったことが結果的に裏目に出るリスクが高く、デメリットが大きい「無用のマナー」である。
・まずは著作権法上の引用要件を理解する。慎重に引用要件を検討したうえで利用したのであれば、その後、権利者からクレームが届いた場合でも冷静な対応が可能となる。
・使用用途など、TPOに応じた判断も重要。たとえば企業のコーポレートサイトではリーガルミスは許されないため、引用要件は厳格に解釈して運用するべき(個人の私的なブログやSNSとは異なる)。比較的に緩やかな黙認がなされているSNSでも、企業公式アカウント等であればやはり厳格に運用するべきである。
・過去の裁判例等を踏まえ、どのような角度から検討しても著作権法上の引用要件(その他の権利制限規定)を満たさないと判断した場合に、権利者に利用許諾を打診する。
との運用を心掛けるのが、無用の紛争を生まない引用実務の勘所ではないかと考える次第でした。(弁護士杉浦健二)
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