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LINE立入検査をきっかけに学ぶ資金決済法
資金決済法違反の疑いによりLINEに関東財務局が立ち入り検査を行ったとの報道がされています。
【ゲームの「鍵」、通貨の疑い】
無料通信アプリ大手「LINE(ライン)」(東京都渋谷区)が運営するスマートフォン用ゲームで使う一部のアイテム(道具)が資金決済法で規制されるゲーム上の「通貨」に当たると社内で指摘があったのに、同社は仕様を変更し規制対象と見なされないよう内部処理していたことが分かった。同法を所管する関東財務局は必要な届け出をせず法令に抵触する疑いがあるとして、同社に立ち入り検査するとともに役員らから事情聴取し、金融庁と対応を協議している。
毎日新聞2016年4月6日電子版より
これに対してLINEは公式コメントで報道を否定しています。
ゲーム内では「コイン」「オーブ」「ジュエル」などの通貨が有償で発行されることが多いのですが、このようなゲーム内通貨について資金決済法が適用されることを知っている方は多いでしょう。
しかし、この記事を見て「え?ゲーム内で利用される『鍵』に資金決済法が適用されるの?」と思った方もいるのではないでしょうか。
実は「コイン」「オーブ」のように通貨っぽい名称を付けようがつけまいが、一定の要件を満たすアイテムについては資金決済法が適用されるのです。
また、ゲームに限らず、ユーザーにポイントを有償で発行するWEBサービスは多数あります。
このような、「有償で発行され、サービス利用料金の支払いに使えるもの」については、必ず「資金決済法」を検討しなければなりません。
そこで、今回はこの件を題材に、資金決済法について説明をしたいと思います。
この記事を書くために実際にユーザー登録し、LINEPOPを3時間ほどプレイしてみました。
面白いです。はまります。
もちろん、ルビーも購入しましたし、そのルビーで宝箱の鍵も購入しました。この購入に要した費用はぜひ経費として税務署に認めて欲しいです。
Contents
■ 資金決済法とは
まず、今回の件は、LINEのオンラインゲーム「LINE POP(ラインポップ)」において、ゲーム内のアイテム「宝箱の鍵」が、資金決済法上の「前払式支払手段」に該当するにも関わらず届出を怠っていたのではないか、という問題です。
ここで「資金決済法」という法律が出てきましたが、この法律は2010年4月1日に施行された比較的新しい法律です。
主な内容は
(1) 前払式支払手段
(2) 資金移動
(3) 資金精算
の3つです。
(3)の資金精算については、為替取引にかかる債権債務の精算のための事業ですので、今回は無関係。
(2)の資金移動についても、ベンチャーなどがプラットフォームビジネスや決済ビジネスを行う場合には頻繁に問題になるのですが、今回のLINEの件で問題になっているのは(1)の前払式支払手段です。
この「前払式支払手段」とは次項で詳しく説明しますが、要するに「ユーザーがお金を支払って購入し、それを商品やサービスの購入の際に利用することができるもの」です。
たとえば、商品券やカタログギフト券、磁気型やIC型のプリペイドカード、インターネット上で使えるプリペイドカード等がこれに該当します。
今回は、ゲーム内のアイテム「宝箱の鍵」がこの「前払式支払手段」に該当するかどうかが問題になったわけです。
■ 「前払式支払手段」に関する規制はどうなっているのか
まず、どのようなものが「前払式支払手段」に該当するのか、そして「前払式支払手段」に該当した場合、どのような規制にかかるのかについて簡単に解説します。
▼ どのようなものが「前払式支払手段」に該当するのか
以下の3つの要件を満たすものが「前払式支払手段」に該当するとされています。
今回もアイテム「宝箱の鍵」がこの要件を満たすものかどうかが問題になっているのです。
1 金額等の財産的価値が記載・保存されること(価値の保存)
2 対価を得て発行されること(対価発行)
3 代金の支払等に使用されること(権利行使)
ちょっとややこしいのですが、実際に前払式支払手段の発行から利用までを考えてみると簡単に理解できます。
オンラインゲームにおいて、有料でゲーム内通貨を発行した場合を考えてみましょう。このゲーム内通貨は、ゲームの利用料金の支払いやアイテムの購入に使えるものとします。
この図を見てください。
1 まず利用者が事業者に対して金銭を支払います。ゲーム内通貨であれば通貨の代金を支払うと言うことです。
2 それに対して、事業者がゲーム内通貨を発行します。実際には「物」が発行されるわけではなく、事業者のサーバーに記録されるだけですがそれも「発行」に含まれます。
3 次に、利用者がゲーム内でアイテムを購入します。
4 そのアイテム代金の支払い手段として、利用者は自分が保有しているゲーム内通貨を利用します。
この一連の流れを満たすものが「前払式支払手段」ということになります。
先ほどの3つの要件、「価値保存」「対価発行」「権利行使」をこの図に当てはめるとこうなります。
ですので、逆に言うと、これらの「価値保存」「対価発行」「権利行使」のどれかを欠くものは「前払式支払手段」に該当しないことになり、規制を受けないことになります。
LINEが公式見解の中で「ゲーム内で販売されるアイテムが資金決済法における前払式支払手段に該当するか否かについては、(中略)資金決済法上の3要件(①価値の保存、②対価発行、③権利行使性)を全て満たしているか否かを基準として、各アイテム等の外観・使用場面等を総合考慮して判断しております。」としているのはこのためです。
▼ 「前払式支払手段」に該当するとどうなるのか
次に「前払式支払手段」に該当するとした場合の主たる規制です。
3つあります。
1 管轄する財務(支)局長等への届出(自家型かつ未使用残高が1000万円を超えた場合)または登録(第三者型の場合)
2 表示義務
3 発行保証金の供託(未使用残高が基準額を超えた場合)
1は行政庁への届出や登録です。
2の表示義務というのは、一定の事項を必ず表示しなければならないというもの。
たとえば、LINEも、システム内で利用できる通貨「LINE COIN」や「LINEマンガ コイン」についてはこのような表示を行っています。
3の発行保証金の供託については、未使用残高が基準額(現行では1000万円)を超えた場合に、発行保証金として「未使用残高額の2分の1」を供託しなければならない、というものです。
ただし、この保証金の供託については、発行保証金全額を供託する以外にも「銀行との間で発行保証金保全契約を結ぶ」「信託会社との間で発行保証金信託契約を結ぶ」という方法もあります。
この方法の場合は、発行保証金全額を供託する必要はありません(ただし保証料を銀行などに支払う必要はありますが)。
なので、毎日新聞の記事の中に「当時の未使用残高は約230億円。長期間使っていない利用者分を除いても数十億円の供託を求められる可能性があったという。」とあるのは不正確で、仮に「宝の鍵」が「前払式支払手段」に該当したとしても、LINEは供託金を積むのではなく、銀行との間で保全契約を結ぶ方法をとると思います。
■ ゲーム内のアイテム「宝箱の鍵」は「前払式支払手段」に該当するか
さて、ようやく本題「ゲーム内のアイテム「宝箱の鍵」は「前払式支払手段」に該当するか」について検討しましょう。
3時間にわたる入念なプレイ調査の結果、現在は「宝箱の鍵」とは以下のような仕様であることが判明しました。
1 ゲーム内でユーザーは「ルビー」と呼ばれる通貨を購入する。
2 ユーザーは、ゲームプレイ中に「宝箱」を獲得できるが、「宝箱の鍵」がなければ開けることが出来ない。
3 「宝箱の鍵」はルビーで購入することも出来るが、友達招待やミッションを通じて無料で獲得することもできる。
4 「宝箱の鍵」は「宝箱を開ける」用途にのみ利用できる。
5 「宝箱の鍵」を使って「宝箱」を開けると、ゲーム内で利用できるアイテムやルビーを入手することが出来る。
▼「ルビー」は「前払式支払手段」に該当する
まず、ゲーム内通貨である「ルビー」は「前払式支払手段」に該当します。
理由は以下の図のとおりで、「ルビー」については「前払式支払手段」の3要件を全て満たすためです。
なので、LINEは「前払式支払手段(第三者型)発行者」として関東財務局に登録しています(関東財務局第00607号)し、ルビーの購入画面には「資金決済法に基づく表示」のリンクが貼ってあり、そのリンクをタップすると必要な表示がされるようになっているのです。
▼「宝箱の鍵」は「前払式支払手段」に該当するか
まず、現在の仕様(内容は先ほど書いたとおりです)の「宝箱の鍵」について、前払式支払手段の3つの要件(「価値保存」「対価発行」「権利行使」)を満たすか考えてみましょう。
1 金額等の財産的価値が記載・保存されること(価値の保存)
宝箱の鍵の数量はサーバー上に記録されていますので、「価値の保存」の要件は満たします。
2 対価を得て発行されること(対価発行)
まず、無料発行される宝箱の鍵については「対価発行」の要件を満たしませんので「前払式支払手段」に該当しません。
次に、現在の仕様では、宝箱の鍵を直接お金で購入することは出来ないようです。
では「対価を得て発行される」とはいえないか、というとそうではありません。「対価」とは必ずしも現金に限られず、財産的価値があるもの全てを含みます。そして、「ルビー」は先ほど検討したように「前払式支払手段」に該当しますから財産的価値があります。
したがって、「ルビーで宝箱の鍵を購入する」ということは、「財産的価値があるもので宝箱の鍵を購入する」ということを意味し、対価発行の要件を満たすと考えられます。
3 代金の支払等に使用されること(権利行使)
もっとも難しいのが、この「権利行使」の要件です。
この要件について、法律の条文を正確に引用すると
その発行する者(中略)から物品を購入し、若しくは借り受け、又は役務の提供を受ける場合に、これらの代価の弁済のために提示、交付、通知その他の方法により使用することができるもの
とされています。
「商品券を使ってデパ地下で総菜を買う」「電車用ICカードを利用して電車賃を支払う」というのがこの典型例です。
それぞれ「総菜という物品を購入する場合に、その代価の弁済のために使用」「電車への乗車という役務の提供を受ける場合に、その代価の弁済のために使用」しているという関係にたちます。
毎日新聞の報道では、変更前の仕様では「宝箱の鍵」は、「宝箱を開ける」用途以外に、使用数に応じてゲームを先に進めたり、使えるキャラクターを増やしたりすることができた、ということです。
そうすると「宝箱の鍵」は、「使用数に応じてゲームを先に進めたり、使えるキャラクターを増やす」という役務の提供を受ける対価として使用されていた(つまり、ルビーと同じ使われ方です)ということになりますので、「権利行使」の要件を満たし前払式支払手段に該当する可能性が高いものと思われます。
次に、変更後の現在の仕様について考えてみましょう。
現在は「宝箱の鍵」は、「宝箱を開ける」という用途のためにしか使えないようになっています。その点で、変更前の仕様に比べて、役務提供の対価支払手段としての意味合いは薄まっています。
しかし、宝箱を開けるためには「宝箱の鍵」を使わなければなりません。
つまり、いくら宝箱が沢山あっても「宝箱の鍵」がなければ宝箱内のアイテムやルビーを入手することはできず、鍵があって初めてそれらのアイテムを手に入れることができるのです。
こう考えると、やはり現在の仕様でも、「宝箱の鍵」は、ゲーム進行を容易にするアイテムやルビーを入手するという役務の提供を受ける対価として利用されている、つまり権利行使の要件を満たしており、前払式支払手段に該当する可能性がある、ということになるのではないでしょうか。
▼ かなり判断が難しい問題であることは間違いない
現時点での私の結論は以上の通りですが、よく考えてみると、とても難しい問題です。
たとえばオンラインRPGゲームにおいて「ものすごく強い剣」をゲーム内通貨(これは「前払式支払手段」に該当するものとします)で購入する場合を考えてみます。
この剣を購入すれば敵を簡単に倒すことができ、ゲームを非常に容易に進めることが出来るとしましょう。
しかし、この「ものすごく強い剣」は前払式支払手段には該当しないと思います。
というのは、「ものすごく強い剣」を購入した時点ですでにゲーム内通貨は最終消費(アプリ提供者からすれば物品・役務の提供が終了)されていると考えることができますし、「ものすごく強い剣」を使うことで何らかの「具体的な役務の提供」を受けるわけではないからです。
確かにゲーム進行は容易になるでしょうが、ゲーム進行が容易になる「程度」は、剣の強さだけで決まってしまう訳ではなく、主人公のレベルや敵の強さなどの状況によってかなり変わるのが通常です。
この点で、宝箱の鍵を使いさえすれば必ずアイテムやルビーが入手でき、かつそのアイテムの効能効果が特定されている今回のケースとは違うように思うのです。
▼ただし、発行保証金の供託金額が増えるわけではない
このように、私は現在の仕様の下でも「宝箱の鍵」は前払式支払手段に該当する可能性があると思いますが、そのように解釈したとしても、発行保証金の供託金額が増えるわけではありません。
というのは「宝箱の鍵」は「ルビー」で購入することになっているため、ルビーで宝箱の鍵を購入すれば、その分ルビーの未使用残高は減少し、その一方で宝箱の鍵の未使用残高が増加、結局合計額は変わらない、という関係にあるからです。
逆に「宝箱の鍵」が前払式支払手段に該当しないという解釈をとった場合には、「宝箱の鍵」が購入された分、未使用残高は減少することになりますので保証金の額も減少する、と言うことになります。
■ まとめ
このように、LINEゲーム内のアイテム「宝箱の鍵」は「前払式支払手段」に該当する可能性があると考えています。
ただ、先ほど述べたようにかなり難しい解釈が含まれている問題ですので、私の意見が絶対に正しい、と言い切るまでの自信は正直言ってありません。
「ゲーム内で販売されるアイテムが資金決済法における前払式支払手段に該当するか否かについては、法令上も行政実務上も判断基準が明確でない」というのは、確かにLINEの公式見解が言うとおりなのです。
いずれにしても、事業者としては以下の点を必ず押さえておいてください。
・ 資金決済法という法律がある。
・ アプリ内(ゲームに限らない)でユーザーから対価を得てポイント、アイテム、通貨を発行する場合は資金決済法の適用を検討する必要がある。
・ 資金決済法が適用されると、届出や表示義務、発行保証金の供託等の義務が発生する。
当事務所では、資金決済法関係のご相談にも応じていますので、お気軽にどうぞ。
(弁護士柿沼太一)