ヘルスケア
薬の遠隔処方で押さえる法律のポイント
前回の記事では「遠隔診療に新規参入時に押さえる法律のポイント」として、遠隔診療に関する法的な規制について説明しました。
遠隔診療サービスは、遠隔診療だけで完結するのではなく、薬の処方も行う前提で設計されていることがほとんどです。
診察と処方とでは、それぞれ異なる規制がされていますので、遠隔診療サービスに参入する場合、遠隔診療だけでなく、薬の処方についても規制をクリアしなければなりません。
今回は
・ 薬の処方の分類とそれぞれについての法的規制
・ 規制を前提としてどのようなパターンの遠隔処方サービスが可能か
について書いてみようと思います(平成28年3月末時点での調査結果を前提としています)。
前回同様、規制が複雑かつ流動的な分野ですので、内容について法的な保証まではできかねますので、ご容赦ください。
Contents
■ 薬の処方の分類とそれぞれについての法的規制
薬の処方には、「院外処方」と「院内処方」があります。
「院外処方」は、診察した医師が処方箋を作成して患者さんに交付し、患者さんがその処方箋を調剤薬局に持参して薬を調剤してもらう、というものです。
一方、「院内処方」は、診察した医師自身が薬を調剤して患者さんに交付するというものです。
▼ 院外処方
院外処方及びそれに基づく調剤には、医師と薬剤師双方が関わります。
図で説明しましょう。
まず、医師法20条により、医師は「診察」をしなければ処方箋を出せません。これは院外処方であろうが院内処方であろうが同じです。
【医師法20条】
医師は、自ら診察しないで治療をし、若しくは診断書若しくは処方せんを交付し、自ら出産に立ち会わないで出生証明書若しくは死産証書を交付し、又は自ら検案をしないで検案書を交付してはならない。但し、診療中の患者が受診後二十四時間以内に死亡した場合に交付する死亡診断書については、この限りでない。
次に、患者さんが処方箋をもって調剤薬局に行きます。
これは、薬剤師法19条で販売目的での調剤行為は、原則として薬剤師しか出来ないとされているからです。
【薬剤師法19条】
薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方せんにより自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方せんにより自ら調剤するときは、この限りでない。
一 患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合
二 略
その上で、薬剤師さんは調剤した薬を薬局で患者さんに手渡すわけですが、その際には対面での情報提供・服薬指導が義務づけられています(薬剤師法25条の2)。
【薬剤師法25条の2】
薬剤師は、調剤した薬剤の適正な使用のため、販売又は授与の目的で調剤したときは、患者又は現にその看護に当たつている者に対し、必要な情報を提供し、及び必要な薬学的知見に基づく指導を行わなければならない。
▼ 院内処方
次に院内処方です。
こちらは薬剤師は関与せず、医師のみで完結します。
こちらも図で説明しましょう。
まず、「診察」をしなければ処方箋を出せないのは院外処方であろうが院内処方であろうが同じです。
次に、医師が自ら出した処方箋に基づいて調剤をしますが、これは、薬剤師法19条但書の規定を使っての調剤です(下線部は筆者)。
【薬剤師法19条】
薬剤師でない者は、販売又は授与の目的で調剤してはならない。ただし、医師若しくは歯科医師が次に掲げる場合において自己の処方せんにより自ら調剤するとき、又は獣医師が自己の処方せんにより自ら調剤するときは、この限りでない。
一 患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合
二 略
このように、原則として薬剤師しか販売目的の調剤は出来ませんが、「患者又は現にその看護に当たつている者が特にその医師又は歯科医師から薬剤の交付を受けることを希望する旨を申し出た場合」であれば、医師自身が自ら調剤することが出来る、とされているのですね。
この規定を使って医師自身が調剤をした後は、その薬を患者さんに窓口で交付するわけですが、ここでも薬剤師による調剤と異なる点があります。
院外処方のところで説明したように、薬剤師が販売又は授与の目的で調剤したときは、対面での情報提供義務・指導義務がありますが、医師による調剤の場合には、そのような情報提供義務が定められていないのです。
したがって、院内処方の場合は、薬の交付時に対面での情報提供がなくても問題ないということになります(これは、院内処方の場合は、診療時に処方薬についての情報提供や服薬指導が医師自身によってなされている、ということが前提になっているためだと思います)
■ 規制を前提としてどのようなパターンの遠隔診療サービスが可能か
次に、このような処方・調剤に関する法的な規制を前提として、どのようなパターンの遠隔診療サービスが可能か考えてみましょう。
大きく分けると「院内処方をベースにしたサービス」と「院外処方をベースにしたサービス」です。
▼ 院内処方をベースにしたサービス
これは、「医師による対面+遠隔診療」と「医師による院内処方」を組み合わせたサービスです。
院内処方においては、上記のように薬を交付する際の対面での情報提供が不要です。
ですので、処方した薬を交付する際に患者と対面する必要がなく、医師(医療機関)だけでサービスが完結する点が、この「院内処方をベースにしたサービス」の最大のポイントです。
そして、安全な医療のためには
・ 対象疾病を遠隔診療に適した疾病に限定する。
・ 処方薬の種類や数量も慎重に検討する
・ 正確な院内処方・調剤ができるような人的・物的体制を整える
というところが必ず必要になると思われます。
▼ 院外処方をベースにしたサービス
「院外処方をベースにしたサービス」は、医師と薬剤師(薬局)が共同して行うサービスと、薬剤師(薬局)のみで提供するサービスがあります。
どちらのサービスをやるにしても、院外処方に関する法的な規制を理解していないといけません。
実は院外処方に関する規制は徐々に緩和されてきており、その過程で厚生労働省から沢山の通知や事務連絡が出されています。
現在提供されているサービスは、それらの通知等を利用したサービスですので、通知の内容をざっとではあれ、知っておくことは新しいサービスを思いつくヒントになります。
▼ 院外処方の際の原則
まず、院外処方の原則を押さえましょう。
診察した医師が処方箋を作成して患者さんに交付し、患者さんがその処方箋を調剤薬局に持参して薬を調剤してもらう、というものです。
▼ 処方箋をファックスで送ることが可能に
まず最初の規制緩和は、薬局での待ち時間短縮のために、患者さんがあらかじめ薬局に処方箋をファックスで送ってもよい、ということでした(「処方箋受け入れ準備態勢の整備のためのファクシミリの利用について」(H1.11.15薬企46・保険発105))
ささやかといえばささやかな緩和ですね。
▼ 処方薬を薬剤師が患者さんのところに持参することが可能に
次に可能になったのは、「処方薬を薬剤師が患者さんのところに持参すること」です「ファクシミリを利用した処方箋受入体制と患家での受け渡し」(H10.12.25事務連絡・医薬企第九〇号)。
この事務連絡により、一定の場合には、処方薬を薬剤師が患者さんのところに持参することが可能になりました。「遠隔診療に基づき薬剤が処方された場合」もこの「一定の場合」に入っています。
しかも、1回目に薬剤師が患者さんのところに行って対面で情報提供すれば、同じ薬剤であれば、一定の要件を満たせば2回目以降は薬剤師以外の薬局の従業員が薬剤を持参することも可能になりました。この場合、薬剤師は電話などで情報提供することになります。
▼ 処方箋を患者さんがファックス以外の方法で送ることが可能に
そして、平成26年には、患者さんが薬剤師に処方箋をファックス以外の方法で伝送することが出来るようになりました(「電子メール等による処方内容の電送等」(H26薬食総発0205.1))。
これにより、たとえば患者さんが処方箋をスマホのカメラで撮影してアプリで薬局に送信することが可能になったわけです。
ここで、ようやく「患者さんが処方箋をアプリで薬局に送信、それを受けて薬剤師が薬を患者さんの家に持参する」ということが可能になりました。
この遠隔処方の部分だけを切り出したサービスもあります。
たとえば、株式会社ミナカラが提供する「ミナカラ」。
これは、処方箋を撮影して注文すると薬剤師が自宅まで処方薬を届けてくれるというサービスのようです。
また、クオール株式会社も「処方せん送信」という、どストレートな名前のアプリを提供しています。
このアプリは、処方箋をアプリで送信すると、希望する駅の薬局で薬を受け取れるというサービスです。
駅に協力薬局がたくさんあるクオールならではのサービスですね。
▼ 遠隔情報提供も可能に!なるのか?
これまでの院外処方に関する規制緩和の中でも、すくなくとも初回は「薬剤師による対面の情報提供」が必須でした。
しかし、この部分についても規制を緩和し、最初からテレビ電話などを活用した遠隔での情報提供でよい、という流れも出て来ています(ただし特区内に限る)
【参考】
「テレビ電話を活用した薬剤師による服薬指導の対面原則の特例」(国家戦略特区における追加の規制改革事項等について(平成28年3月2日・国家戦略特別区域諮問会議))
内容は全く固まっていないようなので、まだどうなるかわかりませんが、この点についても規制緩和がされれば、完全な遠隔処方が実現することになります。
■ まとめ
▼ 遠隔診療に引き続いて遠隔処方を行う場合、院内処方を利用したサービスと院外処方を利用したサービスがある。
▼ 院内処方をベースにしたサービスであれば病院内で完結するが、「対象疾病を遠隔診療に適した疾病に限定する」「処方薬の種類や数量も慎重に検討する」「正確な院内処方・調剤ができるような人的・物的体制を整える」が重要。
▼ 院外処方をベースにしたサービスは、処方部分だけ切り出したサービスも複数ある。院外処方に関する規制緩和の流れを知っておくことが大事。
遠隔診療・遠隔処方の法規制に関するまとめと通達類を、全て1つのpdfファイルにまとめたものをご希望の方に無料でお送りしています(2018/04/04追記:本記事執筆時点から遠隔診療に関する法規制がかなり変更になったため、配布を終了いたしました)
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(弁護士柿沼太一)