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人工知能(AI)、ビッグデータ法務

史上初めてAI開発契約の効力が争われた(模擬)裁判で裁判官を務めた話

柿沼太一

■ はじめに

ユーザーが保有しているデータをAIベンダに提供し、AIベンダの技術力・ノウハウを利用して学習済みモデルを生成してユーザに納品するというAI開発は現在盛んに行われています。
当事務所でもAI開発案件を多数法務サポートしておりますが、私の知る限り、AI開発のトラブルが裁判まで発展したケースはありませんでした。
今回は、おそらく史上初めてAI開発契約の効力が争われた裁判をご紹介したいと思います。
といっても、2019年10月28日に東京弁護士会主催で行われたAIシンポジウムの企画の一環として行われた模擬裁判のお話です。
もちろん、弁護士会が主催する以上、模擬裁判と言ってもお遊びではありません。
裁判長役には知財の世界では知らない者のいない超ビッグネーム三村量一先生を迎え、テーマは、「AI開発契約であるにもかかわらず、従前のシステム開発の契約書を利用して契約を締結した場合、どのようなことがリスク事項になり得るのか、また、訴訟において、どのような点に注意をする必要があるのか」というものでして、まさに今後頻発しそうな紛争類型です。
私は模擬裁判における陪席裁判官役を務めましたので当日の内容についてご報告をいたします。
なお、本稿は、事案の理解のために適宜改変・省略をしておりますが、不正確な部分があれば文責はすべて柿沼にあります。また、意見・コメントについては柿沼の個人的な意見・見解です。

■ 事案の概要

*なお、「学習用データセット」や「学習済みモデル」の各種用語の定義は、経済産業省の「AI・データ契約ガイドライン」に準拠したものとなっていますので、そちらをご参照ください。

1 X社は食品の製造メーカー、Y社はAI開発を行っているベンダである。

2 X社がY社に対してAIを含む不良品検出システムの開発を発注した。具体的には食品工場における製造ラインの最終検査工程において、製品の画像から自動的に不良品を検出するシステムである。

3 Y社は、以下の工程を経て、本件不良品検出システムを開発した。
(1)X社から提供を受けた製品のサンプル画像1万枚を加工して本件学習用データセットを作成。
(2)本件学習用データセットを用いて、ディープラーニングの手法を取り入れた本件学習用プログラムで学習させ、製品の画像から自動的に不良品を検出する本件学習済みモデルを開発。
(3)本件学習済みモデルを組み込んだ本件不良品検出システムを開発。
(4)Y社はX社に対し、本件学習済みモデルを組み込んだ本件不良品検出システムを納品した。なお、開発過程において作成された本件学習用データセット、本件学習用プログラム、本件ハイパーパラメータなどは納品されていない。また、本件学習済みモデルを組み込んだ本件不良品検出システムは、ソースコードではなくバイナリコードの形式で納品されている。

4 X社は、納品された本件不良品検出システムを運用していたが、その後、納品された本件不良品検出システムについて、さらに精度を上げるために改良すること、また、他の製品の製造ラインにも同種のシステムを組み込むために、納品された本件不良品検出システムを改変することを考えた。ただ、Y社の報酬が高いため、別のベンダに発注をかけようとした。

5 X社は、Y社に対し、以下の要求をしたが、Y社は拒絶した。
(1) Y社が上記3(1)で作成した本件学習用データセットの引き渡し(開示)
(2) Y社が上記3(2)の本件学習済みモデルを作成するときに利用した本件学習用プログラムや本件ハイパーパラメータの引き渡し(開示)
(3) Y社が上記3(3)で開発した本件学習済みモデルのソースコードの引き渡し(開示)

6 X社はY社に対し訴えを提起した。

■ 原告(X社)の主張の概要

本件における原告の主張を極めてざっくりまとめると、「学習済みモデルのバイナリコードの納品を受けているが、それ以外にも、学習用データセット、学習用プログラム、ハイパーパラメータ、学習済みモデルのソースコードを引き渡してほしい。もし引き渡さないのであればそれらの知的財産権が原告に帰属していることを前提に、それらの知的財産権の侵害に基づいて損害賠償請求をする」というものです。
法律的に整理すると以下の通りです。

1 引渡請求

(1) 学習用データセットの引渡請求
(2) 学習用プログラム及びハイパーパラメータの引渡請求
(3) 学習済みモデルのソースコード引渡請求

2 損害賠償請求

(1) 学習用プログラム及びハイパーパラメータに関する著作権及び特許を受ける権利行使の妨害による損害賠償請求
(2) 学習済みモデルのソースコードに関する著作権及び特許を受ける権利行使の妨害による損害賠償請求

それでは、この事案において原告・被告の間で締結された開発契約はどのようなものだったのでしょうか。
原告・被告は、2009年にに経産省が作成・公表したITシステム開発のモデル契約どおりの契約を締結していました。
【参考リンク】
経済産業省商務情報政策局情報処理振興課「~情報システム・モデル取引・契約書~(受託開発(一部企画を含む)、保守運用)〈第一版〉」

契約書のうち関係する条項のみを抜粋し、さらに適宜簡略化したのが以下の通りです。

■ 契約条項

(納入物の納入)
第26条 乙は甲に対し、個別契約で定める期日までに、個別契約所定の納入物を検収依頼書(兼納品書)とともに納入する。
2. 甲は、納入があった場合、次条の検査仕様書に基づき、第28条(本件ソフトウェアの検収)の定めに従い検査を行う。
3. 乙は、納入物の納入に際し、甲に対して必要な協力を要請できるものとし、甲は乙から協力を要請された場合には、すみやかにこれに応じるものとする。
4. 納入物の滅失、毀損等の危険負担は、納入前については乙が、納入後については甲が、それぞれこれを負担するものとする。

(資料等の提供及び返還)
第39条 甲は乙に対し、本契約及び各個別契約に定める条件に従い、当該個別業務遂行に必要な資料等の開示、貸与等の提供を行う。
2~4 中略
5. 甲から提供を受けた資料等(次条第2項による複製物及び改変物を含む。)が本件業務遂行上不要となったときは、乙は遅滞なくこれらを甲に返還又は甲の指示に従った処置を行うものとする。
6. 略

(資料等の管理)
第40条 乙は甲から提供された本件業務に関する資料等を善良な管理者の注意をもって管理、保管し、かつ、本件業務以外の用途に使用してはならない。
2. 乙は甲から提供された本件業務に関する資料等を本件業務遂行上必要な範囲内で複製又は改変できる。

(秘密情報の取扱い)
第41条 甲及び乙は、本件業務遂行のため相手方より提供を受けた技術上又は営業上その他業務上の情報のうち、相手方が書面により秘密である旨指定して開示した情報、又 は口頭により秘密である旨を示して開示した情報で開示後10日以内に書面により内容 を特定した情報(以下あわせて「秘密情報」という。)を第三者に漏洩してはならない。但し、次の各号のいずれか一つに該当する情報についてはこの限りではない。また、甲及び乙は秘密情報のうち法令の定めに基づき開示すべき情報を、当該法令の定め に基づく開示先に対し開示することができるものとする。
(略)
2~4 中略
5. 秘密情報の提供及び返却等については、第39条(資料等の提供及び返還)を準用する。
6. 以下略

(納入物の特許権等)
第44条 本件業務遂行の過程で生じた発明その他の知的財産又はノウハウ等(以下あわせて「発明等」という。)に係る特許権その他の知的財産権(特許その他の知的財産権 を受ける権利を含む。但し、著作権は除く。)、ノウハウ等に関する権利(以下、特許権 その他の知的財産権、ノウハウ等に関する権利を総称して「特許権等」という。)は、 当該発明等を行った者が属する当事者に帰属するものとする。
2. 甲及び乙が共同で行った発明等から生じた特許権等については、甲乙共有(持分は貢献度に応じて定める。)とする。この場合、甲及び乙は、共有に係る特許権等につき、それぞれ相手方の同意及び相手方への対価の支払いなしに自ら実施し、又は第三者に対し通常実施権を実施許諾することができるものとする。
3~4 略

(納入物の著作権)
第45条 納入物に関する著作権(著作権法第27条及び第28条の権利を含む。以下同じ。)は、乙又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権及び汎用的な利用が可能なプログラムの著作権を除き、甲より乙へ委託料が完済されたときに、乙から甲へ移転する。なお、かかる乙から甲への著作権移転の対価は、委託料に含まれるものとする。
2. 甲は、著作権法第47条の3に従って、前項により乙に著作権が留保された著作物につき、本件ソフトウェアを自己利用するために必要な範囲で、複製、翻案することができるものとし、乙は、かかる利用について著作者人格権を行使しないものとする。また、本件ソフトウェアに特定ソフトウェアが含まれている場合は、本契約及び個別契約に従い第三者に対し利用を許諾することができるものとし、かかる許諾の対価は、委託料に含まれるものとする。

個別契約抜粋
1.作業範囲
X社の食品工場の製品(商品名○○)の製造ラインにおけるAIを利用した不良品検出システム開発、テスト及びドキュメント類作成

2.納入物
・ システム設計書 印刷部数 1部 CD-ROM 1 部
・ ソフトウェアテスト及び結果報告書 印刷部数 1部 CD-ROM 1 部
・ システムテスト仕様書及び結果報告書 印刷部数 1部 CD-ROM 1 部
・ ソースプログラム         CD-ROM 2 部
・ システム運用マニュアル 印刷部数 1部 CD-ROM 1 部
・ ユーザ利用マニュアル 印刷部数 1部 CD-ROM 1 部
(以下略)

Symbols of law: wood gavel, soundblock, scales and three thick old books

■ 原告主張の根拠と被告の反論及びコメント

原告の請求は大きく分けて「引き渡し請求」と「損害賠償請求」に分かれますが、各争点に関する原告の主張と被告の反論、柿沼のコメントは以下の通りです。
なお、コメント部分は模擬裁判やパネルディスカッションでの議論を踏まえての、柿沼の個人的な意見です。

1 引渡請求

(1) 学習用データセットの引渡請求

原告は契約上の2つの条項を手掛かりに、2つの異なる根拠で学習用データセットの引き渡し請求をしました。

ア 学習用データセットは「納入物」に含まれる

 【原告の主張】
 学習用データセットは個別契約書の「納入物」に定められている「ソースプログラム」に含まれるため、引き渡しを求める。
 【被告の主張】
学習用データセットは中間成果物に過ぎず、納入物(=ソースプログラム)には含まれない。

 コメント:
学習用データセットは生データを加工したデータベースの一種なので、「『納入物』として定められているソースプログラムに含まれる」という原告の主張は成り立たないと思われます。模擬裁判でもこの点に関する原告の主張は成り立たない可能性が高いとの意見が大半でした。

イ 学習用データセットは「秘密情報」の「改変物」に含まれる

 【原告の主張】
 ・ X 社が提供した生データ(=製品のサンプル画像1万枚)は、第41条第1項の「秘密情報」である 。
・ 秘密情報の返却に関しては、第41条第5項で第39条が準用されている 。
・ 第39 条第5項では、「甲から提供を受けた資料等 次条第 2 項による複製物及び改変物を含む。 」の返還が定められている。
・ 本件学習用データセットは、 X 社が提供した生データ(=製品のサンプル画像1万枚)を加工して作成されたものであるから、当該生データの「改変物」である。

 【被告の主張】
元データをベンダのノウハウにより大幅に加工してデータベース化しており,全く別物の情報に変更されているため,元データの「改変物」に当たらない。

 コメント
これは(ア)より原告の主張の筋が良いように思います。
まず、原告が被告に提供した生データ自体が「秘密情報」に該当することには争いがありません。したがって「学習用データセット」が「秘密情報」を「改変」したものなのかが争点となり、「改変」がどのような意味なのかが問題となります。
模擬裁判では、裁判長は、まずその点に関する契約書以外の資料がないか、を確認しました(ちなみに、今回の模擬裁判では契約書の文言の解釈だけが問題となりましたが、実際の案件においては契約書だけが作成されているということはほとんどなく、提案書等の資料の授受やメールのやり取り、議事録などがありますので、それらの記載が非常に重要となります。実務的には契約書の記載だけが問題となるわけではない、という意味で重要な視点です。)。
次に裁判長は、著作権法上の「改変」(著作権法第20条)という文言が解釈の手掛かりになるのではないかと指摘をしました。
この点については、学習用データセットについては「改変」に該当する場合があるのではないかと思われます(学習用プログラム、ハイパーパラメータ、学習済みモデルについては生データ(秘密情報)と何らかの意味で類似性や同一性があるとはいいがたいと思いますが)。
つまり、学習用データセット=生データ+加工(クレンジングやアノテーション)+データベース化(学習に適したデータの取捨選択)により生成されます。
したがって、その加工の程度によっては、(著作権法上の「改変」や)本契約書上の「改変」に該当し、原告の請求が成り立つ可能性があるのではないかと思われます。
模擬裁判でも、ベンダがどの程度生データに加工して学習用データセットを生成したかについて裁判所が被告に説明を求めていました。

(2) 学習用プログラム及びハイパーパラメータの引渡請求

原告は、(2)についても、学習用データセットと同様、契約上の2つの条項を手掛かりに、2つの異なる根拠で学習用プログラム及びハイパーパラメータの引き渡し請求をしました。

ア 学習用プログラム・ハイパーパラメータは「納入物」に含まれる

 【原告の主張】
 学習用プログラム・ハイパーパラメータは個別契約書「納入物」に定められている「ソースプログラム」に含まれるため、引き渡しを求める。
 【被告の主張】
学習用プログラム・ハイパーパラメータは被告がもともと保有しているプログラムやノウハウであり、「納入物」としての「ソースプログラム」に含まれない。

コメント:
学習用プログラム・ハイパーパラメータは、被告の主張する通り被告がもともと保有しているプログラムやノウハウですので、「『納入物』として定められているソースプログラムに含まれる」という原告の主張は成り立たないと思われます。

イ 学習用プログラム・ハイパーパラメータは「秘密情報」の「改変物」に含まれる

【原告の主張】
学習用データセットと同様「秘密情報」の「改変物」に含まれ、被告に返却義務がある。
【被告の主張】
提供された元データとは無関係に,被告が自己のノウハウに基づき作成・設定したものであり,元データの「改変物」に当たらない。

コメント
ここも生データが「秘密情報」に該当することは争いがありませんが、学習用データセットと異なり、学習用プログラム及びハイパーパラメータが「改変物」に該当するということはあり得ませんので、原告の請求は成り立たないと思われます。

(3) 学習済みモデルのソースコード引渡請求

さあ、最も熱い論点です。
原告からすれば、学習済みモデルのソースコードを引き渡してもらえれば、別のベンダにそれを渡して精度向上や保守が可能になる一方で、ベンダとしてはノウハウの塊であるソースコードの引き渡しは何としても避けたいところです。
原告は、(3)についても、契約上の2つの条項を手掛かりに、2つの異なる根拠で学習済みモデルのソースコードの引き渡しを請求しました。

ア 学習済みモデルのソースコードは「納入物」に含まれる

【原告の主張】
学習済みモデルのソースコードは個別契約書「納入物」に定められている「ソースプログラム」に含まれるため、引き渡しを求める。
 【被告の主張】
ソースコードは開発の源泉であり,開示してしまうとノウハウや営業秘密が漏れてしまうばかりか、簡単に複製や改変が可能となってしまう。そのため、取引通念上ソースコードは非開示にして納品するものである。したがって,ソースプログラムとは,あくまで完成品としてのプログラムを指すにすぎず,ソースコードは含まれない。

 コメント:
通常「ソースコード」と「ソースプログラム」は通常は同義と解釈されていると思います。
したがって、この点については、契約書の文言だけを見る限りでは、原告の請求が成り立つ可能性が高いのではないかと思われます。
模擬裁判での被告の主張も「ソースプログラム」という言葉については、担当者が契約書のひな形をそのまま利用してしまった、などかなり苦しいものでした。
もっとも、ユーザは当初バイナリコードしか納品を受けておらず、その点について特に不満等を言わなかったにもかかわらず、後日態度を翻してソースコードの引き渡し請求をしてきたことについてどのように考えるか、という問題はあります(ちなみに、納品後どの程度の期間文句を言わずに使っていたか、という事情は明らかではありません)。
模擬裁判においては、その点がかなり重視され、裁判長からは「納品時に文句を言わなかったのに、なぜ一定期間が経過してからソースコードの引き渡しをしてほしいと言い出したのか」という点について、原告に説明するよう要請がありました。
模擬裁判では結論まで出しませんでしたが、この点については、「契約書には「ソースプログラム」と記載されているが、当事者間の合理的な意思解釈として、それはバイナリコードの意味だった」ということが成り立つかどうかだと思います。
契約書に明確に「ソースプログラム」と記載がある以上、私はそのような解釈が成り立つ可能性は乏しいのではないかと思います。
ただし、実際の裁判では、周辺事情、具体的には、納品後原告が異議を述べていなかった期間の長短や、契約締結前にどのようなやり取りがなされたのか(たとえば、原告自身での改変や保守が想定されているなど、ソースコードを開示することが前提となっているようなやりとりがあったか)などによって結論は変わってくると思われます。

イ 学習済みモデルのソースコードは「秘密情報」の「改変物」に含まれる

【原告の主張】
学習用データセットと同様「秘密情報」の「改変物」に含まれ、被告に返却義務あり
【被告の主張】
元データを改変してもソースコードにはならない。ソースコードはベンダのノウハウにより制作されたものであるから,元データの「改変物」に当たらない。

コメント
ここも生データが「秘密情報」に該当することは争いがありませんが、学習済みモデルがその「改変物」に該当するということはあり得ませんので、原告の請求は成り立たないと思われます。

2 損害賠償請求(双方の主張を一部省略しています)

 【原告の主張】
 ベンダが学習済みモデルのソースコードをユーザに引き渡さずまたは開示しないことにより、X 社は学習済みモデルのソースコードに関する著作権及び特許を受ける権利が行使できず損害を被った。そこで、 X 社は Y 社に対し、不法行為により損害賠償を求める。
理由は以下の通り。
(1) 著作権について
・ 「納入物に関する著作権は、乙又は第三者が従前から保有していた著作物の著作権及び汎用的な利用が可能なプログラムの著作権を除き、甲より乙へ委託料が完済されたときに、乙から甲へ移転する。」とされている(第45条第1項)。
・ 本件学習済みモデルは「納入物」の一部である「ソースプログラム」に含まれる。
・ したがって、委託料の支払いがあれば、本件学習済みモデルの著作権は Y 社から X 社に移転する。
(2) 特許を受ける権利について
・ 特許を受ける権利は、単独で当該発明等を行った場合には、その発明者が属する当事者に帰属し、共同で発明した場合には共有となる(第44条第1項、同第2項)。
・ 本件学習済みモデル自体はY 社が作成しているものの、本件学習済みモデルは X 社が提供した生データ(=製品のサンプル画像1万枚)を元にして作成されたものである。また、学習用データセットを作成するときには、 X 社の知見が活用されており、またアイデアで解決すべき課題の設定も X 社が行っている。
・ したがって、本件学習済みモデルは、 X 社と Y 社が共同して発明したものであり、 X 社は特許を受ける権利を共有している。

 【被告の主張】
(1) 著作権について
そもそもソースコードは「ソースプログラム」に含まれないから「納入物」に含まれず、そもそも第45条第1項の適用がない。
仮に、「ソースプログラム」に含まれるとしても、学習済みモデルのソースコードは、その全部または一部を他に転用することが可能であるから、「汎用的な利用が可能なプログラム」に当たり,その著作権は被告に留保される。
(2)特許を受ける権利について
・ ソースコードの制作において,ユーザーの知見は提供されておらず,専ら被告が自己のノウハウに基づき単独で開発したものであるから,特許を受ける権利は被告に帰属する。
・ したがって,ソースコードの特許を受ける権利は被告に帰属する。
・ 原告は事業上の課題を述べただけであり、技術課題は、被告が独自に設定し解決手段も自ら考案した。

コメント
これはとても面白い論点です(ちなみに、著作権や特許を受ける権利がどちらに帰属しているかの問題と、ソースコードなどの引き渡し請求権があるかの問題は別の問題です)。
(1) 著作権について
まず著作権についてです。
この点に関し、学習済みモデルのソースコードは納入物に含まれる可能性が高いのは前述の通りです。とすると、著作権に関する論点においては、学習済みモデルのソースコードが「汎用的な利用が可能なプログラム」に該当するかどうかによって結論が左右されます。
該当すれば著作権はベンダに帰属しますし、該当しなければ著作権はユーザに移転します。
私が調べたところ2007年経産省モデル契約における「汎用的な利用が可能なプログラム」の意味について争われた裁判例は発見することができませんでした。
手掛かりは2007年経産省モデル契約の当該条項の解説部分にあります(95頁)。具体的には以下の通りです。

 B案では、ベンダ単独で作成した著作物の著作権についてユーザに譲渡することとし、原則としてユーザに権利を帰属させる。但し、ベンダが将来のソフトウェア開発に再利用できるように、同種のプログラムに共通に利用することが可能であるプログラムに関する権利(ベンダが従前より権利を有していたもの及び本件業務により新たに取得したものを含む。)及びベンダが従前から保有していたプログラムに関する権利は、ベンダに留保されるものとする。ベンダは、本契約の秘密保持義務に反しない限り、他のソフトウェア開発においても汎用プログラム等を利用することが可能となる。

これは実質的にいうと「汎用的な利用が可能なプログラムに関する著作権をベンダに帰属させることで、ベンダにおける同種案件の開発効率が向上する。それは、開発委託費用の低減につながり、ユーザの利益にもなる。ベンダが秘密保持義務を順守すればユーザに不利益はないはず。」という考えが背後にあるものと思われます。
そうすると、ここでいう「汎用的な利用が可能なプログラム」とは、「一切カスタマイズせずに、そのまま使いまわせるプログラム」とまで狭く解釈する合理性はなく、「若干のカスタマイズをすることで同種案件において使いまわしが可能なプログラム」という意味でとらえるべきではないかと考えます。
そのような意味でとらえますと、学習済みモデルのソースコードについては、同じ学習済みモデルに別データで学習させることにより同種案件で使いまわすことが可能なので、「汎用的な利用が可能なプログラム」に該当するのではないかと考えます。
(2) 特許を受ける権利について
次に特許を受ける権利についてです。
この論点は、結局、当該発明を誰が行ったのかという問題に帰着します。
ベンダが単独で発明を行ったのであればベンダに単独で特許を受ける権利が帰属しますし、ユーザ・ベンダが共同して発明を行った場合には、特許を受ける権利は共有となります。
これは「(共同)発明者の認定」に関する問題でして、よく裁判で争われる論点です。
この点については、平成21年10月8日大阪地裁判決では「発明者」の意義について「発明とは『自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの』をいい(特許法2条1項),特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない(同法70条1項)。したがって発明者(共同発明者)とは,特許請求の範囲の記載から認められる技術的思想について,その創作行為に現実に加担した者ということになる。また,現実に加担することが必要であるから,具体的着想を示さずに,当該創作行為について,単なるアイデアや研究テーマを与えたり,補助,助言,資金の提供,命令を下すなどの行為をしたのみでは,発明者ということはできない」とされています。
したがって、ユーザが発明者になるかはケースバイケースですが、単にデータを提供しただけとか、委託料を支払っただけではユーザが発明者になることはないと思われます。

■ 本件に関するまとめ

・ 学習用データセットの引渡請求について

納品物(「ソースプログラム」)には含まれない。「秘密情報」の「改変物」に該当する可能性はあるが、生データをどの程度加工したかという程度問題となる。

・ 学習用プログラム・ハイパーパラメータの引渡請求について

納品物(「ソースプログラム」)にも「秘密情報」の「改変物」にも含まれない。

・ 学習済みモデルのソースコードについて

納品物(「ソースプログラム」)には含まれ引き渡し請求の対象となると思われる。ただし、バイナリコードを納品した後の状況や開発契約締結交渉のやり取り次第では、認められない可能性もある。

・ 学習済みモデルの著作権や特許を受ける権利について

著作権については、学習済みモデルが納品物(「ソースプログラム」)に含まれるため、原則としてベンダからユーザに移転する。ただし「汎用的な利用が可能なプログラム」に該当すればベンダに著作権が留保されるが、同「汎用的な利用が可能なプログラム」の意味を「若干のカスタマイズをすることで同種案件において使いまわしが可能なプログラム」という意味で捉えると、学習済みモデルのソースコードは、「汎用的な利用が可能なプログラム」に該当するのではないかと思われる。
特許を受ける権利については、ユーザが発明者になるかはケースバイケースだが、単にデータを提供しただけとか、委託料を支払っただけではユーザが発明者になることはない。

■ AI開発における紛争発生を防止するために

できるだけ裁判沙汰なんて起こらない方が良いので、私が普段の業務を通じて感じている、そして今回の模擬裁判に参加して感じた「AI開発において紛争が発生することを防止するための方策」について簡単にまとめてみたいと思います。

 ・ AI開発に際して一般的なITシステム開発契約のひな形や業務委託契約のひな形をそのまま使わないこと。

通常のITシステム開発とAIシステム開発とでは、法的・知財的にかなり異なりますので(もちろん共通する部分もあるのですが)、AIシステム開発の際に、今回のように一般的なITシステム開発契約のひな形をそのまま使うことは危険です。
できるだけ、経産省のAI・データガイドライン付属のモデル契約か、JDLA(日本ディープラーニング協会)のモデル契約をベースに交渉をすることで無用な紛争を避けることができると思われます。

 ・ 開発契約締結交渉の際にユーザ・ベンダ双方ともにAIを利用してどのようなビジネスをするのかのゴールを明確にすること、及びそのゴール達成のために契約条項をどのように設計するかをよく検討し、双方よくコミュニケーションをとること。

→これを言ったら身もふたもないのですが、ハードに契約締結交渉をした場合、後々契約の効力や解釈が問題になることは少ないんですよね。交渉過程で論点がほぼ出尽くし、双方が徹底的に検討したうえで契約が締結されているので。むしろ、双方何もコミュニケーションをせず、単に金額と納期だけ合意し、あとはシステム開発契約だからいつものひな形使っておけば大丈夫だよね、という姿勢(まさに、今回の模擬裁判の事案がそうだったのでしょう)が一番危ないと思います。弊所が法務サポートするAI開発案件はいずれも相当難しい交渉になることが多いのですが、その意味では後日の紛争発生可能性はかなり低い(はず)です。

 ・ (特にユーザ側は)契約書やベンダとのやり取りに出てくる言葉で理解ができない表現があれば、きちんとベンダに確認すること。

→今回は「ソースプログラム」という言葉の意味が問題となりましたが、特にユーザ側の場合、契約書やベンダとのやり取りにおいてわからない言葉が出てくればきちんと確認すべきだし、場合によっては自分でいろいろ調べたり勉強をした方が良いと思います。もちろん、通常のシステム開発同様AI開発契約においてもベンダにプロマネ義務は存在しますが、ユーザ側も自衛手段を講じる必要性は特にAIの場合は高いと思います。

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