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コインチェックの「当社は賠償責任を一切負わない」と定める利用規約は有効なのか

杉浦健二

コインチェック社から約580億円分の仮想通貨NEM(ネム)が外部に不正送信される事故が発生して10日経ちましたが、その後も金融庁による業務改善命令発出やコインチェック被害者弁護団結成など、毎日のようにコインチェック&仮想通貨関連のニュースが駆け巡っております。

コインチェックウェブサイトより https://coincheck.com/ja/

今回気になった記事はこちら。
コインチェックの利用規約をチェックしたら、通常あるはずのアレがなかった(サインのリ・デザイン)

コインチェックの利用規約について複数の角度から分析を行う内容であり大変有益なのでご一読いただくとして、本記事ではウェブサイトの利用規約に「当社は賠償責任を一切負いません」と書かれていても有効なのか(免責規定はどこまで有効なのか)について、コインチェックの利用規約を例に学んでみましょう。

■利用規約とは、ウェブサイトの利用者と運営者が交わすルール

利用規約とは、ウェブサイトの利用者と運営者が交わすルールのことです。
サービス種類や料金の支払方法、著作権がどちらに帰属するか、運営者が負う損害賠償の範囲などが定められており、利用者はあらかじめこれらのルールに同意しないとサービスを利用できません。

ツイッターでもフェイスブックでもメルカリでも、およそウェブサイトを利用する昨今のビジネスでは利用規約が定められています。
ツイッター利用規約
フェイスブック利用規約
メルカリ利用規約

利用規約に書かれているルールを守るとあらかじめ約束した人だけが、サービスを利用できる形式になっています(同意ボタンをクリックする形式で約束をさせるサイトが多い)。
インターネット上のウェブサイトは多数の人が利用するため、いちいち個別に契約書など作ってられません。そこで利用規約というユーザに統一して適用されるいわば契約書のひな形を置き、そこに書かれた内容に同意する人のみにサービスを提供する(同意しない人には利用サービスを提供しない)ことで、ウェブサイトにおける1対多のビジネスが容易にしているわけです。

利用規約の特徴として、個々の利用者ごとの個別の修正には応じない点があります。
利用者ごとの要望に応じていたら大変ですし(自分だけは投稿内容の著作権利用許諾はしたくない、自分だけは損害賠償を制限なく行いたいなど)、運営側がこれらの要望に応じるメリットも無いので、運営側の作った利用規約に応じるか否か、イエスかノーかにしているのですね。
利用規約と良く似たものに、保険会社の保険約款があります。

■利用規約には原則何を書いてもOK(契約自由の原則)

利用規約には、公の秩序や強行法規に反しない限り、どのような内容でも自由に定めてOKです。
このような「誰と」「どんな内容の」契約をするかは自由であるというルールを契約自由の原則といいます。

■例外的に無効になる場合もある(強行法規)

契約自由の原則は、当事者が対等の場合に機能します。
たとえば職場の使用者と労働者、建物の賃貸人と賃借人など、いずれか一方の立場が強い場合、契約内容を自由に決められると、強い方が決めたルールに、弱い方は一方的に従わざるを得なくなります(どちらの立場が強いかは、昨今は微妙ですが)。
そこで国はこのような弱い立場に置かれる者を保護するために、契約自由の例外となる法律を作っています。労働基準法(労働者保護)、借地借家法(賃借人保護)、消費者契約法(消費者保護)などがこの例外にあたり、これらは契約自由の例外として強制的に適用されるので「強行法規」と呼ばれます。
強行法規に対して、契約自由の原則どおり当事者が自由に定められる規定を「任意法規」と呼びます。

任意法規と異なる利用規約や契約をしても、契約自由の原則により有効ですが、強行法規に反した利用規約や契約は無効になります。

■コインチェックの「賠償する責任を一切負わない」との利用規約は有効か

コインチェックの利用規約には以下の内容が定められていました。

コインチェック利用規約
第17条(免 責)
(略)
5 当社は、当社による本サービスの提供の中断、停止、終了、利用不能又は変更、登録ユーザーのメッセージ又は情報の削除又は消失、登録ユーザーの登録の取消、本サービスの利用によるデータの消失又は機器の故障若しくは損傷、その他本サービスに関連して登録ユーザーが被った損害につき、賠償する責任を一切負わないものとします。

一定の場合に損害賠償その他の法的責任を免れるための規定を免責規定といいます。
このような登録ユーザーが被った損害について、いかなる場合であってもコインチェックは賠償責任を一切負わないとする免責規定は有効なのでしょうか。

強行法規である消費者契約法第8条1項には、以下の内容が定められています。

消費者契約法
(事業者の損害賠償の責任を免除する条項の無効)
第八条 次に掲げる消費者契約の条項は、無効とする。
一 事業者の債務不履行により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
二 事業者の債務不履行(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
三 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為により消費者に生じた損害を賠償する責任の全部を免除する条項
四 消費者契約における事業者の債務の履行に際してされた当該事業者の不法行為(当該事業者、その代表者又はその使用する者の故意又は重大な過失によるものに限る。)により消費者に生じた損害を賠償する責任の一部を免除する条項
(略)

つまり消費者と事業者との間でなされるBtoC取引においては、事業者の損害賠償責任の全部を免除する規定は消費者契約法に抵触するものとして無効(同法8条1項1号及び3号)になります。
BtoC取引の場合の免責規定は「事業者に軽過失がある場合に」「賠償責任の一部を制限する」規定のみが消費者契約法上有効となります。BtoC、BtoBでそれぞれ無効になる免責規定の範囲については以下の当事務所過去記事に詳しいです。

利用規約における免責規定は会社を救う(STORIA法律事務所)

コインチェックの利用規約第17条5項(免責規定)は、理由のいかんを問わずコインチェックが利用者に対して負う損害賠償責任の全部を免除する旨を定めているように読めます。
コインチェックの利用規約のうち少なくとも第17条5項は、消費者契約法第8条1項1号及び3号に反するものとして無効となる可能性が高いと思われます。

なお東京地裁平成20年7月16日(金融法務事情1871号51頁)は、FX取引の約款で、事業者が定めたコンピューターシステムの故障や誤作動等で生じた損害からは免責されると定めた免責条項につき、消費者契約法第8条1項1号に照らして、事業者に責任がある場合には適用されないと判断しています。

■なぜコインチェックは消費者契約法上無効となる免責規定を定めたのか

それではなぜコインチェックは、消費者契約法上無効となる免責規定を含んだ利用規約を定めているのでしょうか。
これはひとえに「賠償する責任を一切負わない」と利用規約に書いておくことで、諦めてくれる登録ユーザーもいるかもしれない、という点に尽きると思われます。
争われたり訴訟になったら無効になるかもしれないが、一定数は規約を見た段階で諦めてくれるかもしれない、利用規約に書いてあるから請求しても無理だな、と思ってほしいわけです。

ちなみにコインチェックのように、消費者契約法その他の強行法規に抵触して無効となる可能性がある免責規定を利用規約に「あえて」(または知らずに?)設置しているウェブサービスは他にもあります。
免責規定が消費者契約法第8条に抵触して無効と判断されても罰金などの法的ペナルティがあるわけではなく、民法などの法律に従った処理が行われるためです。

もっとも消費者契約法に抵触する利用規約を定めている企業に対しては「そのような遵法精神しか持ち合わせていない企業」または「消費者契約法すら知らない企業」との評価を免れないでしょうし、やはり消費者契約法を含む強行法規に抵触しない利用規約をきちんと作成しておくことが結局は望ましい、というのが私見であります。(弁護士杉浦健二

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