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フリーランスに最低報酬額導入との政府方針。フリーランスと発注会社側、それぞれの注意点とは

杉浦健二

2018年2月20日の日経新聞1面によれば、政府は、フリーランスに支払われる報酬額に、業務ごとに最低基準額を設ける検討に入ったとのことです。

フリーランスに最低報酬 政府検討、多様な働き方促す
政府は企業に属さない技術者やデザイナーなどいわゆる「フリーランス」を労働法の対象として保護する検討に入った。仕事を発注する企業側との契約内容を明確にし、報酬に関しては業務ごとに最低額を設ける方向だ。不安定な収入を政策で下支えする。公正取引委員会も人材の過剰な囲い込みを防ぐ対応に乗り出しており、多様な働き方を後押しする。
(日本経済新聞電子版2018/2/19 23:39/2018/2/20朝刊1面)

フリーランスに支払われる報酬額に最低基準額が設けられることになれば、フリーランス(個人事業主)側とフリーランスに業務を発注する会社側、それぞれにどのような影響が生じるでしょうか。

■フリーランス(個人事業主)は労働法規による保護の対象外

「フリーランス」は様々な意味で用いられますが、ここでは特定の企業や団体と雇用契約を結ばずに、個人で業務を直接受注する形態で働く方(個人事業主)のことを指すものとします*。
いわば雇用契約によらない働き方であり、プログラマーやウェブデザイナー、ライターやイラストレーター等のクリエイター、翻訳通訳業などがフリーランスの典型例です。

*小規模企業白書では、フリーランスを「小規模事業者の中でも、特に、常時雇用する従業員がおらず、事業者本人が技能を提供することで成り立つ事業を営み、自分で営んでいる事業が「フリーランス」であると認識している事業者」と定義しています(2015年版小規模企業白書)。

フリーランスは、仕事を個人で受注します(発注先と「業務委託契約」を交わすケースが多いです)。フリーランスは企業や団体と雇用契約を結んでいないため、フリーランスには労働基準法などの労働法規が適用されません。
雇用契約では、労働時間(1日8時間の法定労働時間)や時間外労働(残業代)、有給休暇や労働災害の補償などについて労働者としての保護がなされますが、フリーランスではこれらはすべて適用外となります。残業しても残業代は出ません。有給休暇はなく休んだ分だけ収入が減ります。

雇用契約を結ぶ労働者であれば、常用、臨時、パートタイマー、アルバイト、嘱託などの形態を問わず、最低賃金法が適用されます。仮に最低賃金額より低い賃金を支払っていた場合は、企業は原則として最低賃金額との差額を支払う義務が生じます(使用者と労働者間で最低賃金額以下で合意していても無効)。これに対してフリーランスは最低賃金法にいう「労働者」にあたらないため、最低賃金法が適用されません。フリーランスは自分が納得さえすれば、いくらでも低い報酬額で仕事を請け負うことができます(いずれも現行法。ただし次に述べるとおり下請法の規制があります)。

■フリーランスは下請法で保護されている

もっともフリーランスは法的に保護されていないかというとそうではなく、下請法(下請代金支払遅延等防止法)で保護されています。
プログラマーやクリエイターなどのフリーランスが下請事業者として業務を受託する場合は下請法で保護されるのですが、フリーランスとの関係で下請法をごくごく簡略化して説明すると以下のとおりとなります。

資本金1千万円を超える法人が、フリーランス(個人事業者)に対して、プログラムの作成や、映画やテレビ番組、アニメ、設計図やポスターのデザイン、商品デザイン作成などの業務を委託する場合(これらをあわせて「情報成果物作成委託」といいます)、発注する法人は
▼発注時に発注業務の内容、代金額、支払期限などを明確に記載した書面を交付する義務
▼成果物の受領後60日以内に代金を支払う義務(60日以内に支払わないと14.6%の遅延損害金が発生
などが生じる)

上記の説明は概要を理解のために詳細を割愛したものです。また下請法はフリーランスだけではなく、資本金が一定額以下である法人が下請事業者として業務を受注する場合にも適用されますので,より正確かつ詳細な理解をするためには以下のガイドライン等をご参照ください。

【下請法関連ガイドラインやパンフレット】
ポイント解説下請法(公正取引委員会・中小企業庁)
情報サービスソフトウェア産業における下請適正取引等の推進のためのガイドライン(経済産業省)
コンテンツ取引と下請法(公正取引委員会)
下請取引適正化推進講習会テキスト(公正取引委員会・中小企業庁)

■「労働者性」が認められればフリーランスでも労働法規が適用される

企業側としては、自社で雇用するよりもフリーランスに外注(業務委託)した方が、労働法規の適用がなく、残業代を支払う義務や厳格な解雇規制もないため、業務委託契約を選択したい要請が働きます。

しかしたとえ雇用契約を結ばずにフリーランスに業務委託契約で外注する扱いとしていても、実際に働くフリーランスに「労働者性」が認められれば、実体は雇用契約と判断され労働基準法等の労働法規が適用される場合があります。
「労働者性」の有無は、契約の名称や形式にかかわらず、実態が使用従属関係の下での労務の提供が行われていると評価できるか否かにより判断すべきとされています(使用従属性の有無。厚生労働省労働基準法研究会報告「労働基準法の『労働者』の判断基準について」昭和60年12月19日より)。

労働者性の判断については多くの裁判例が集積されていますが、概して以下の事実があれば労働者であると判断されやすくなります。

<労働者性の判断基準>
・仕事の依頼や業務従事の指示等に対する諾否の自由がない
・発注先から業務遂行上の指揮監督がある
・勤務場所や勤務時間について拘束あり
・報酬が、時間給、日給、月給等時間を単位として計算されている
・業務に必要なツール(PC等)が業務発注する会社側で用意されている
・報酬額や支払日が、業務発注する会社の従業員と同じ
・業務発注を受ける会社の仕事しかしていない(専属性あり)
・業務発注を受ける会社の就業規則や福利厚生制度の適用を受けている
⇒これらの事実があるとフリーランスでも労働者であると判断され、労働法規の適用を受ける可能性が生じる

契約上はフリーランス(外注)であるにもかかわらず、実態は労働者であると判断された場合、仕事発注先である会社はフリーランスを自社の従業員と同じく労働者として取り扱う必要が生じ、労働基準法や最低賃金法に基づいた賃金の支払い(残業代支払や最低賃金)その他の規制(1日8時間の法定労働時間や有給休暇)に服します。

私はIT企業などから労務相談を受ける機会が多くありますが、IT企業では、フリーランスへの外注(業務委託)や自社の従業員、他社からの派遣社員が職場で混在しているケースが少なくありません。それぞれどの契約形態なのか(雇用契約・業務委託契約・派遣契約)、実体にあわせた契約書を作成できているかは常に見直しておく必要があります。

■今後はフリーランスでも最低報酬額の規制が及ぶとの政府方針

今回の日経新聞の記事によれば、フリーランスに「労働者性」が認められるかどうかにかかわらず、フリーランスにも最低報酬額の基準を導入する検討に入ったとのことでした。
クラウドソーシング大手のランサーズの推計では、フリーランスは2017年で国内に1122万人いるとのこと(前記日経新聞記事)。ランサーズやクラウドワークス等を主戦場とするフリーランスの方、そして業務を発注する会社側としては、最低報酬制度が導入されれば大きな影響が生じることは必至です。

今回の報道によれば「報酬に関しては業務ごとに最低額を設ける方向」とのことでした。ただウェブデザイン、プログラミングからイラスト・ロゴの作成まで、フリーランスの業務は多種多様であり、「業務ごとの最低額」を定めるのは相当にデリケートかつ困難な作業だと思われます。
最低報酬額が導入されれば、相場より安い報酬額で仕事を受けるスタイルだったフリーランスは今後は低価格を強みとできず、仕事を受注しづらくなるかもしれません。低価格で勝負するビジネスモデルは今後より存続困難となる可能性があります。
逆に発注する企業側に対しては「最低報酬額さえ払っていればよい」という免罪符を与えることにもなりかねず、最低報酬額が「委託料の相場価格」として独り歩きするリスクもあり、そうなれば結局損をするのはフリーランス側となります。
最低報酬額制度の導入がフリーランスにとって福音となるか足枷となるかは、具体的な最低基準額や適用対象業務を含めた今後の制度設計にかかってくると思われます。(弁護士杉浦健二

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