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民法 裁判例

最高裁「花押遺言は無効」判決にみる花押の有効性と、それでもなお花押が使える理由

杉浦健二 杉浦健二

平成28年6月3日、最高裁は「花押は押印の要件を満たさず遺言書は無効」と判断しました。
「花押」とは何か、なぜ遺言書は無効とされたのかと、それでもなお「花押」が使えるケースをまとめます。

<遺言書「花押」は無効=初判断、「慣行ない」―最高裁>
戦国武将らが使用していた手書きのサイン「花押」を記した遺言書が有効か争われた訴訟の上告審判決で、最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は3日、「花押は押印の要件を満たさない」と指摘し、無効とする初判断を示した。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160603-00000084-jij-soci

■そもそも花押って何?

「花押(かおう、華押)は、署名の代わりに使用される記号・符号」(wiki)のことで,花のように美しく署名したものという意味があるようです。
印鑑のように押すものじゃなく,あくまでサインである点がポイントですね。
古くは戦国武将から、現代でも歴代の首相や閣僚が用いています。現在の安倍晋三首相の花押はこちら。

<a href="//ja.wikipedia.org/wiki/Wikipedia:Text_of_GNU_Free_Documentation_License" title="GNU Free Documentation License with no disclaimers">GFDL-no-disclaimers</a>, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=1141446

GFDL-no-disclaimers, https://ja.wikipedia.org/w/index.php?curid=1141446

■民法は自筆証書遺言に「印」を必要としている

日本の法律(民法)では,自分で書く「自筆証書遺言」の場合,偽造や変造されるのを防止するなどの目的から,作成にはかなり厳しい要件が課されてます(民法968条1項)。

1 全文を自筆(代筆やワープロはダメ)
2 日付と氏名を自署
3 「印」を押す

この「印」を押すという要件に「花押」は含まれるのかというのが,今回争われた点。

■花押は民法968条1項の「印」として認められなかった

判決文を取得する前なので報道による情報ですが,今回最高裁は

「重要な文書は署名し、押印することで完結させる慣行がわが国にはある」と説明。その上で「花押を書く慣行はなく、印章による押印と同視することはできない」
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160603-00000084-jij-soci

として,花押は民法968条1項の「印」の要件を満たさず遺言書は無効,と判断しました。

そもそも自筆証書遺言に「印」が必要とされた趣旨は
▼本人の遺言を作りたいという明確な意思が,押印という形式的な行為に顕れる
▼押印により,遺言が下書き段階にあるのではなく,完成段階に至っているという意思が読み取れる
点にあると考えられます(下記ツイートに参考文献記載)。

とすれば,花押は
▼本人だけのオリジナル花押である以上,購入する印鑑よりも更に強固な本人の意思が顕れている
▼花押を添えることにより,文書を完成させたという意思が認められる点は通常の押印と変わらない
として,むしろ花押遺言の有効性を認めて良いと大いに感じるわけです。

■100円で買える認め印でも有効なのに。拇印でも有効なのに・・

さらにいえば,自筆証書遺言の「印」は文房具屋で100円で買える認め印でも有効,そして拇印(親指に朱肉等を付けて指紋を押捺すること)でも有効とされています(最判平成元年2月16日・判例タイムズ735号212頁)。
私は海外在住の日本人から遺言を作りたいとの相談を受けた場合、日本でその方の苗字の印鑑(認め印)を買って遺言用に持っていったりする訳ですが,ここまで来ると印鑑が求められる意味って何なんだろう・・と思うわけです。ちなみにあまり知られてませんが,日本に住民票がない海外在住者でも印鑑登録ができるケースがあります(フランスの例タイの例)。STORIA法律事務所は海外相続案件も取り扱っているんですねー。

■押印がなくても有効な遺言書とした最高裁判決もあるのに・・

さらにさらに最高裁はその昔,元外国人で日本に帰化した者について,押印がない遺言書を有効としているのです最高裁昭和49年12月24日判決)。
その理由として「日常の生活もまたヨーロッパの様式に従い、印章を使用するのは官庁に提出する書類等特に先方から押印を要求されるものに限られていた」と作成者本人の慣行等を理由として挙げていますが,じゃあ今回のケースで花押で遺言書作った沖縄の方だって、普段重要な文書を作成するときは花押を用いてたりしたのならば,十分に有効とされる余地があったのではないかと感じます。

最高裁は「印」とは押すものであって書くものではない,と考えた可能性もあります。
とすれば,今回のケースも花押ではなく,花押印(花押風の印鑑。こんなの)だったならば有効と判断された可能性があります。

■それでも花押が使えるケースはある!

今回のケースは,自筆の遺言書において求められる「印」について,花押では足りないと最高裁で判断されました。
しかしながら文書一般について花押を添えても意味がないと判断されたわけではない点はなお注意すべきです。
たとえば契約書や念書などの文書作成時に,作成者が普段から重要な書面には添えることとしていた花押が記載されていたとすれば,その文書が作成者本人の意思に基づき作成されたという何よりの証拠となるでしょうし,どこでも買えたり,ある意味偽造も容易な認め印よりも花押の方がよっぽど「本人の意思」が強く認められると言えます。
花押とは,おしゃれで複雑,模倣困難な自分だけのサイン。遺言書には使えませんが,今回の最高裁判例で,花押を作成する人はむしろ増えるように思います。私もその一人だったりするわけで。

弁護士杉浦健二

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